7、神国、炎上
「神王陛下っ、緊急事態ですっ!!!」
直後、部屋の鉄扉が開き、少年が息を切らせて入ってきた。その身体は傷だらけだ。
その異様な姿に、僕達は皆ぎょっとする。少年は神王の姿を確認すると、必死な様子で叫んだ。
「し、神王陛下に申し上げますっ‼地下牢獄の門が破られました!!!賊の目的は邪神の復活かと!!!」
「っ、何だと!!?」
少年のその言葉に、神王と神々は一様に目を大きく見開いた。何故なら、つい先程までその邪神の話をしていた所なのだから。あまりに急すぎるだろう。ありえない。
邪神ヤミ。あれを復活させようなどと企む者など、それこそ終末王しか思いつかない。しかし、行動するにはあまりに急すぎる。これは、既に邪神の復活時期がバレていたとしか思えない。
邪神の復活については、信頼出来る一部の者にしか知らせていない。では、何故?
そんな事、今はどうでも良い。今は邪神の復活を防ぐ事が、先決だ。しかし、神々のほとんどが動揺してしまい動けずにいる。場は混乱状態だ。
・・・僕もリーナも話の展開についていけない。恐らく、今の僕は間の抜けた顔をしているだろう。
しかし、現実はそんな場合じゃあない。そして、その賊の魔手はすぐ其処に近付いていた。
「ぎゃあっ!!!」
血の華が、真っ赤な大輪を咲かせた。
ざしゅっ!!!少年が、背後から襲ってきた魔物の爪に切り裂かれる。狼の魔物、ワーウルフだ。人狼がその爪に付着した血を舐めて獰猛に唸った。そして、敵はそれだけでは無い。
人狼の背後に様々な魔物や神父、シスターの姿があった。一種異様な光景だ。そして、その誰もが口元に狂的な笑みを浮かべている。皆、狂気の笑みを浮かべている。それが、かなり異様だ。
続々と、魔物達が集まってくる。神父やシスターなども集まってくる。
思わず、僕は恐怖すら覚えた。ああ、怖い。これが本当の恐怖か。人間の狂気こそ、本当に怖い。
そう、心の底から感じた。しかし・・・
僕はその恐怖を押し殺す。そして、しっかりと前へと足を進めた。全員の視線が僕に集まる。
にやりと、気持ちの悪い笑みを向けられる。しかし、知った事か。
僕は神父やシスターに向けて、不敵に笑ってやった。恐怖など知った事か、僕はこの恐怖にこそ打ち勝ちたくて力を求めたんだ。負けてなどやるものか。屈したりなんかしてやらない。
神父はそんな僕を見て、魔物をけしかけた。
「行きなさい」
「「「「「グルアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!」」」」」
魔物達が吼える。絶叫が、響く。
魔物の群れが僕に殺到する。しかし、その魔物達は僕に触れる前に木っ端微塵に吹き飛んだ。僕のその手には一振りの木剣が握られている。うん、別に問題は無いな。不敵な笑みを向けた。
戦闘能力に、支障はない。問題は全く無い。
僕がした事は、至極単純だ。魔物の群れに、木剣を無造作に振るっただけ。要は、木剣による剣圧で魔物の群れをもろとも砕いただけだ。ただ、それだけで魔物達が吹き飛んだ訳だが。
さて、呆然と僕を見ている神父やシスターを相手に、僕は不敵に笑って宣言する。
「さあ、此処で投降するならばそれで良し。否ならばお前等を今すぐに無力化させてもらう!!!」
「くっ、舐めるなあ!!!」
神父が吼える。
神父が十字剣を構え、それに他の神父やシスターも続く。各々が剣や槍を武器に僕に向かってくる。
僕は目を鋭く細め、そして・・・カッと目を見開いた。
「そうか、なら吹っ飛べっ!!!」
瞬間、木剣を振るった剣圧で神父やシスターが皆、吹き飛んだ。比喩ではない、人がまるで嵐の前の枯れ枝のように吹き飛んだのである。その光景に、主にリーナが絶句した。
流石にこの光景には神々も驚いたのか、ほぼ全員が愕然と目を見開いている。
特に驚いていないのは神王デウスと一部の神だけだ。主に最高位の神の事だが・・・。
まあ良い。僕は神殿の外へ出ようと足を進めようとした、その時———僕の足を誰かが摑んだ。
誰だ?僕は視線を下に向ける。其処には、一人の少年が居た。
・・・先程、人狼に斬られた少年だ。息も絶え絶えに、少年は僕を見上げている。瞳は虚ろだ。
「待・・・って・・・・・・。僕は、まだ・・・死にたく・・・ない・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「助けて・・・、僕を・・・助けて・・・よぉっ・・・・・・」
「・・・・・・っ」
必死に、少年は僕のズボンの裾を握りながら懇願する。その瞳は、もはや虚ろで何も映していない。
死にたくないと、まだ自分は死にたくないと、少年は必死に懇願する。それは、少年の心の底から出た心からの言葉だった。少年は、まだ生きたいのだ。死にたくないのだ。
・・・僕は、黙って懐に手を突っ込み緑色の液体の入った小瓶を出す。
それは、僕の所持する最後の回復薬だった。取っておいて正解だった。
「助・・・け・・・・・・っ」
「・・・・・・飲め」
「ん、むぐっ・・・」
僕は少年の口に小瓶の口を突っ込み、液体を飲ませた。直後、少年の喉がこくっと鳴る。少年はその目を大きく見開いた。今、少年はとてつもなく苦い緑色の液体を飲んでいる。
非常に飲みにくいだろうが、そんな事知った事か。そのまま少年に、回復薬を飲ませる。
少年は苦しそうに唸る。それを僕は、無理矢理に飲ませる。
しかし、効果は劇的だ。少年の傷は徐々に塞がっていく。やがて、傷が完全に塞がった瞬間、少年の口から小瓶を離した。少年はけほっとむせる。僕はそれを見て、満足して頷いた。
「リーナ、この少年を頼んだ」
「え?あ、う・・・うんっ‼」
リーナの返事を聞き、僕は少年をリーナに託す。
僕は少年をリーナに任せ、部屋を飛び出した。続々と魔物や神父、シスター達が攻め込んでくる。
それを、僕は木剣で意識を刈り取って無力化していく。こいつ等自体はそんなに強くはない。だから僕は速度を落とさないように、敵を次々と無力化していく。死なない程度に、しかし動けない程度に。
相手を無力化して、神殿に侵入した敵を制圧してゆく。そして、そのまま外へと向かう。
やがて、僕は神殿の外へ出た。果たして、其処には・・・
———神国が炎に包まれていた。地獄が、其処にあった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なっ」
その光景に、思わず僕は絶句した。紅蓮の炎が、天まで燃え盛っていた。炎が建物を呑み込み、魔物の群れが神国の民衆を襲っている。その光景は、まさに地獄そのものだった。
断末魔が聞こえる。狂的な嘲笑が聞こえる。はっきり言って、耳障りだ。
そう、これはまさに地獄だ。神国が、真っ赤に染まっていた。炎の赤と、血の赤だ。
断末魔を上げ、絶望の表情で死んでいく者が居る。嘲笑しながら、殺戮に走る者が居る。
炎が、神国を包み込んで炎上する。何もかもが、燃えてゆく。
僕は一瞬、状況を理解出来ずに呆然と立ち尽くした。阿鼻叫喚の地獄絵図が、其処にあった。
また、目の前で一人死んだ。神父の男が、嘲笑しながら子供を庇った男を斬った。
子供の泣き叫ぶ声が聞こえる。親の慟哭が聞こえる。
「・・・何だ、これは?」
思わず、僕は呟いた。呟かずにはいられなかった。何だこれは?
これは一体何の冗談だ?この地獄絵図は一体何だ?これは本当に、現実なのか?
解らない。理解出来ない。理解したくない。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・ぷつんっ。
僕の中で、何かが切れるような音がした。気がした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、そうか」
僕はようやく納得した。僕は、まだ本当の地獄を知らなかったんだ。これこそ、これこそが・・・
本当の地獄だ。僕は、それを理解した。




