閑話、闇の胎動
音も届かず、光も差さない暗闇の底・・・真の奈落にそれは繋がれていた。
神大陸の地下深く。最深部、タルタロスの間。其処に、その囚人は居た。
いや、それは人ですら無いのだから囚人という呼び名は正しくはないのだろう。事実、その牢獄に囚われているその者は、人類でも魔族でも幻獣でもない。
神々はそれを邪神と呼んでいるが、厳密には神霊種ですらない。この者は、そもそも生物という括りに縛られるような存在ではないのだ。なら、一体何なのか?それは一体何者なのか?
その者は遥か古代、それこそ人類が明確に知恵を手にした時から存在する。
悪魔、悪霊、悪神、様々な呼び名で呼ばれる悪性存在。それが、この者の正体だ。要は、この世の悪徳そのものと呼べる概念。悪性の精神生命、宇宙の原罪とも呼ばれる悪性だ。
それは暗い地の底で、静かに嗤った。暗い愉悦の含んだ笑み。狂気の笑みだ。
それに明確な愉悦の感情などはありはしない。苦痛も快楽も、それにとっては等しく平等だ。
しかし、それは確かに愉悦の笑みを浮かべた。解放の時が近い事を感じ取ったが故に。
久し振りの闘争の空気に、それは笑みを浮かべる。久々の嘲笑だ。
・・・さて、解放されたら一体どうしてくれようか?それは暗い牢獄の中で思考を巡らせる。
衝動のままに殺戮に走るも良し。それとも、生きたまま地獄の苦痛を味わわせようか?邪神は愉悦に嗤いながら思考を更に巡らせる。じゃらり、鎖が擦れる音が鳴る。
鎖に繋がれているが故、自由など無い。しかし、そんな事など知った事ではない。それは嗤う。
邪神の復活を知った彼らは一体どんな顔をするのか?絶望に歪んだ顔をするのか?それとも、勇敢にも必死の抵抗を見せ付けるのか?そのどれもが、楽しみでならない。
それにとって、闘争に身を浸す昂りだけが何よりの娯楽だ。故に、それは嗤う。嘲笑する。
・・・かつて、神々ですら恐怖し慄いた邪神を相手に勇敢にも戦った者達が居た。その者達を思う。
果たして、今回はどうなのか?その勇敢さが、今の者達に残っているのか?それとも、平和に腑抜けて牙が抜けてしまったのか?果たして、邪神が復活したらどう来る?
どちらにせよ、復活した邪神のする事など決まっている。邪神は嗤う、暗い愉悦を籠めて。
邪神の王、ヤミが復活する時は近い。その時こそ、それは衝動の命ずるままに暴れるのみだろう。
それを邪神は肌で感じ取った。じゃらりと、鎖が擦れる音がした。愉しみに邪神の身体が震えた。
邪神は静かに嘲笑する。暗い奈落の底、タルタロスの牢獄で。それは静かに嗤った。




