5、星の聖剣”虚空”
「来たか、無銘の少年。それに巫女、リーナ=レイニー」
神王は僕とリーナを見て、不敵に笑う。僕達は黙って頭を下げた。此処は神国で、彼は神王だ。礼を尽くさねば流石に拙いだろう。そう判断しての行動だ。
しかし、それを見て神王は若干不満そうに硬いなと漏らした。どうやら、神王は不服らしい。
僕達は苦笑し、神々は溜息を吐いた。
「其処の巫女はともかく、お前は俺が直々に転生させたんだからよ。其処まで硬くならなくてもな」
「いや、此処は神国で貴方は神王でしょう?なら、流石に礼を尽くさねば拙いと思うのですが?」
その言葉に、他の神々も満場で頷いた。神王は机に突っ伏して落ち込む。本気で落ち込んだようだ。
この神王、意外とメンタル弱いな?王としてどうよ、それ?流石に僕は呆れた視線を向けた。その視線に神王は苦笑を漏らした。他の神々は揃って溜息を吐く。中には呆れた視線を向ける者も居た。
うん、どうやらこの神王、普段から周囲にかなりの苦労を掛けているらしい。全く、流石の僕でも同情を禁じ得ないよ。僕の視線がジトっとした物に変わる。神王はごまかすように笑った。
おい、ごまかすなよ。神王さん?僕はジト目で神王を睨む。
僕の神王に対する敬意が、急速に失せてゆく。
その姿に、神々は揃って頭を抱えた。苦労しているなあ。その空気に耐え切れず、神王は露骨に話題を逸らしに掛かるのだった。・・・はぁっ。
「そ、それはともかくっ、紹介しよう。俺の右の赤い髪の奴が太陽神のアマツだ。左に居る白髪の奴が月神のトコヨという。俺とこいつ等、そして副王のソウイルの四柱が最高位だ」
「アマツだ、太陽神をしている」
「トコヨと言います、月神です」
アマツにトコヨ、二柱の神が名乗った。赤髪の太陽神がアマツ、白髪の月神がトコヨ。理解した。
太陽神に月神、星を司る神霊種。聞いた事がある、神霊種は信仰によってその性質が固定されると。
それは即ち、神としての役割だ。星を司る神霊種は主に、星を安定して運行する役割がある。つまり彼らは太陽と月の運行を司る星神だ。神霊種がそれぞれ担う役割の事を、職能というらしい。
職業にまつわる能力で職能だ。ちなみに神王の職能は多岐に渡る。
その職能に付随する神霊種の持つ権限の事を、神の権能と呼ぶのである。要は、神の持つ権威だ。
閑話休題。僕とリーナはそれぞれ深く頭を下げた。
「シリウス=エルピスです・・・」
「えっと、リーナ=レイニーです・・・。えっと、よろしくお願いします・・・・・・?」
僕達がそれぞれ名乗ると、神王は満足そうに頷いた。
「うむ、して無銘の少年。今日は礼の短剣を持って来ているか?ほれ、あの短剣だ。世界会談の際に襲撃のせいで言いそびれたのだ」
「はい・・・?ええ、一応?」
あの短剣は、僕にとってある種の決別の証だ。家を出た時に母から貰ったもの。まあ、僕が未だにあの時の事に未練があるだけかもしれないが・・・。それは今は良い。もう良い。
僕は懐から鞘に納められた短剣を取り出す。その短剣を見て、神々がざわつく。
動揺が、室内全体に広がる。あのソウイルも目をこれでもかと広げている。一体何だ?
「なっ、これは・・・・・・」
「星の聖剣・・・だと・・・・・・?」
「虚空・・・よもや実在したのか・・・・・・」
「馬鹿なっ‼あれこそ空想の産物では無かったのか!!?」
それぞれが様々な反応をしているが、その誰もが驚愕の表情をしている。中には存在を疑う者も。
しかし・・・
「星の聖剣・・・?虚空・・・?」
僕は意味が理解出来ず、首を傾げる。神王は真剣な表情で頷いた。
どうやら、神王は事情を知っているらしい。
「うむ、星の聖剣”虚空”。あらゆる穢れを払う儀礼剣。神代の概念兵器であり王権の象徴だな」
「・・・・・・・・・・・・」
星の聖剣”虚空”。この短剣が?僕は、短剣をじっと見る。
柄頭に青い宝石の付いた短剣。柄頭の宝石以外に、これといった装飾が全く無い。しかし、逆に一種の力強さのような物と、ある種の神々しさを感じる。神代の聖剣と言われて、思わず納得する。
しかし、だとすればこれをどうして母が所持していたのだろうか?ふと、疑問に思った。
神王は星の聖剣をじっと見て頷いた。
「どうやら、今は封印状態らしい。どれ?」
神王がその短剣に手を伸ばす。しかし・・・
その手が短剣に触れた直後、バチィっと弾かれた。見ると、神王の手が僅かに焦げている。
短剣から、青白い放電現象が起きる。今、短剣が神王を拒んだのか?
「っ、神王陛下⁉」
ソウイルが慌てて駆け寄る。しかし、それを神王が片手で制する。神王の額から、脂汗が流れる。
軽く手を振ると、神王は再び短剣を観察する。
「ふむ、どうやら適切な手順を踏まねばこの俺でも封印は解けないらしい」
「全知全能の神でも、ですか?」
僕の問いに、神王はうむと頷いた。見ると、いつの間にか神王の手は綺麗に治っていた。
神霊種は精神生命だ。精神体さえ無事なら、どんな深手を負っても大した事は無い。肉体など、神霊種には物質界で活動する為の器でしかないのだ。要するに、肉体が傷付いても神は死なない。
神霊種にとって、精神こそが本体なのだから。
神王はふぅっと息を吐く。そして、鋭く目を細めて言った。
「この封印はそういう物なのだ。特定の法則でしか解けない封印だ。その法則を把握しない限り、どうしても封印は解けない。そういう類の物らしいな」
「・・・それで、その法則とは?」
「・・・・・・知らん」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・はい?
「えっと、はい???」
「だから、知らんのだ。全知全能であるこの俺でも視えなかった。こんなのは初めてだ。つまり、この聖剣に施された封印は一種のブラックボックスと化しているんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・全知全能の神王でも解らないとか、一体どうやって封印を解くんだよ?思わず僕は、神王デウスにジト目を向ける。神王は苦笑を返した。
両手を上に掲げるように上げる神王。降参のポーズだ。何やってんの?全知全能(笑)?
「今、失礼な事を考えたか?」
「いえ、別に何も?」
僕は軽くとぼけた。神王は軽く僕を睨む。
「まあ、今は封印状態でも良い。その状態でも無いよりはましだからな」
「・・・はい?えっと、それはどういう意味でしょうか?」
僕の問いに、神王は真剣な表情で答える。・・・さっきのポーズからの落差が激しいな。
・・・まあ、良いや。
「・・・・・・今から話す内容は、此処だけの秘密にして欲しい。どうかそれを心に留めてくれ」
「・・・・・・えっと、はい?」
「済まんが、頼む」
僕は、思わず戸惑った。神々の王が、人間である僕に頭を下げたのだ。
これにはリーナも他の神々も愕然とした。神王が頭を下げるなど、つまりはそれほどの事なのだ。
思わず、僕は気圧されて頷いた。
「・・・・・・はい」
「すまんな」
神王が深々と溜息を吐いた。それだけで、今からする話の内容がかなりの重要事であるのが解る。
見ると、神王の瞳の奥が何処までも暗い底知れない闇を宿していた。それほどか。
思わず僕は息を呑んだ。
「・・・・・・今回、お前とリーナ=レイニーを神大陸へ招いたのはある理由がある。星の聖剣を持つお前と優れた巫女であるリーナ=レイニーに頭を下げる、それ程の事なのだ」
「・・・・・・僕はともかく、リーナもですか?」
「うむ。それで今回の目的だが・・・・・・」
僕達はごくりと息を呑む。よく見ると、他の神々も緊張しているのが解る。それ程の事なのだろう。
神王は、たっぷりともったいぶった後にようやくそれを告げた。
「ヤミが、この世の悪徳全てを司る邪神が間もなく復活するのだ」
その瞬間、室内に戦慄が奔った。邪神ヤミ、その名に全員が戦慄したのである。




