4、神々
ラドゥに連れられしばらく歩いていると、やがて町に着いた。何処か古めかしい石造りの町だ。
石造りの、芸術的な町だ。流石は神国、どの建物も神秘的な雰囲気だ。
町の中心に、巨大な神殿らしき建物が見える。恐らく、あの神殿が神王デウスの住む神殿だろう。
とても色彩鮮やかな街並み。僕もリーナも、思わず一瞬見とれた。ラドゥはくすくすと笑い、僕達にそのよく通る声で話し掛けた。
「私達の町に見とれるのは構いませんが、今は一先ず目的地に向かいましょう」
「っ⁉あ、ああ・・・・・・」
「う、うん・・・・・・」
僕とリーナは慌ててラドゥの後を付いていった。ラドゥは相変わらず、くすくすと笑っている。その笑みに僕達は気まずい思いをした。うん、気まずい。
・・・リーナなんか、少し頬を染めているし。全く、やれやれだ。
しかし、何故だか先程から周囲の奴等から視線を感じるのだが・・・。気のせいか?いや、その視線の大半が何故かラドゥに向けられているのは気のせいか。うーん?
それに気のせいか?ラドゥ以外の天使は白色光を放っていない気がする?
まあ、良いか。僕は思考を切り、ラドゥの後を付いてゆく。
そうこうしている内に、やがて神殿に着いた。近くで見ると、やはりデカい。かなりデカい。
その巨大さときたら、まさに天を衝くという言葉が相応しい。近くで見上げると首を痛めるだろう。
その神殿の前に、一柱の神が居た。見た目は神王を一回り若くした感じか?しかし、その身に纏う雰囲気はやはり神のそれだ。とても神々しい。
その男神は、僕達の姿を見るとにやりと笑みを浮かべ、そしてラドゥに視線を向けた。
悪戯っぽい笑みで笑ったのを、僕は見逃さなかった。
「どうした、ラドゥ?かなり光り輝いているではないか?」
「え、あっ⁉すいません・・・気が付きませんでした・・・」
ラドゥは謝ると、一瞬で白色光を消す。その光、消す事も出来るのか・・・。僕は密かに感心した。
しかし、さっきからこの神は僕を見てにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。一体何だ?
それに、何故だかラドゥがそわそわしている様子だが。妙に熱い感情を感じるのは気のせいか?
怪訝な表情をしていると、その神は答えを言った。
「さっきの白色光はな、いわゆる求愛行動みたいな物なんだよ」
「・・・は?」
「え!!?」
僕はきょとんっとした顔で、リーナは心底愕然とした顔で、それぞれラドゥを見た。当のラドゥは照れくさそうに笑っている。いや、そんな軽く済ませて良い事か?
ほら、見ろ。リーナが明らかに警戒した目でラドゥを睨んでいるじゃないか。それも、僕の服のすそを握り締めて放さないじゃないか。どうすんだよ?
男神は、相変わらず悪戯っぽい笑みでにやにやと笑っている。
「いや、済まんな。別にお前達の反応を見て楽しもうとか、そういう訳じゃないんだよ」
「いや、それは絶対嘘だ」
絶対この男は僕達の反応を見て楽しむつもりだっただろう?事実、さっき僕達の様子を見て密かに笑いを耐えて口角が引き攣ってたしな。絶対この男、悪戯好きだ。
「俺の名はソウイル、神国アトラスの副王だ。ようこそ、シリウス=エルピスにリーナ=レイニー」
「・・・・・・どうも」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
僕は不服ながらも、挨拶をした。リーナは、すっかり警戒してしまっている。僕は苦笑した。先程から彼女の胸が僕の腕に当たっているのが・・・。うん、この様子じゃ気付いていないんだろうなぁ。
柔らかい感触が、今は正直嬉しくない。
ソウイルはそんなリーナの解りやすい様子に苦笑していた。
「いや、済まないな。本当に其処まで警戒させるつもりはなかったんだよ。それに、な」
「・・・・・・何よ?」
リーナは不機嫌そうに聞く。相手は神なんだけど、やはり恋する少女には関係ないんだな。僕はしみじみとそう感じたのだった。無責任?知るか、そんな物。
ソウイルは苦笑を浮かべながら言う。
「いやなに。さっきの求愛行動の話、あれは正確ではないんだ。要するに、あれは好意を持っている相手に向けて放つ光なんだよ」
「・・・・・・はぁ。だから、何?」
もはや、神様相手にもため口である。それで良いのか、リーナ?
「要するに、その好意が異性としての好意なのか否なのか。その違いだという事だ」
「けど、私のそれは間違いなく異性に向けるそれですよ?」
ラドゥは空気を読まずに爆弾を投下した。うん、そんな事実は知りたく無かった。思わず、僕は深く深く溜息を吐いたのだった。もう、どうにでもなれっ!!!
「むぅーーーーーーーーーっ!!!」
「・・・・・・はぁっ」
思わず、僕は深い溜息を吐いた。全くもうっ。
リーナの機嫌が一気に下がっていく。僕の腕をぎゅうっと抱き締めて放さない。やれやれ。
・・・さっきから僕の腕が、血行が悪くなっているんだけどなあ。腕が締め付けられてるんだけど。
まあ、それも別に良いか。どうでもな。
・・・・・・・・・
僕とリーナは神殿の中に入った。神殿の中は、とても神聖な空気に満ちている。まさに、此処は神殿という雰囲気だろうと。そう感じた。
しかし・・・。しかし、だ・・・。
先程からリーナの機嫌がとても悪い。それもその筈。後ろでラドゥが白色光を放っているからだ。
ラドゥから熱い視線が送られてくる。この視線だけ、とても解りやすい感情が籠っている。
それに、僕は彼女と会うのは初めてだが、彼女は僕を見たのは初めてではないそうだ。
彼女は僕が転生する時、その光景を影でこっそり見ていたそうだ。高位の天使が、である。
一目惚れだったとか。僕の魂を見た瞬間、彼女は雷が落ちたような衝撃を受けたとか。
・・・まあ、その後実際に神王の雷を落とされたらしいが。比喩では無い、本物の雷をだ。
注釈をしておくと、その時僕は魂の状態であり、実体など無い。それ故、彼女はその魂を見て一目惚れをしたという事だ。うん、意味が解らない。
何故僕に惚れたのか、何故僕の魂なのかは彼女自身も全く解らないらしい。事実、彼女はその感情を知らないのだと言う。その感情を、彼女は理解していない。
それを聞いて、リーナは更に不機嫌になった。うん、腕を抱き締める力が強くなっていく。
多分、僕じゃなかったら痛みに顔をしかめている筈だ。それくらい強い力で腕に抱き付いている。
僕だからこそ、痛いと思わないのだ。鍛えているからね。
思わず、僕は苦笑した。苦笑して、リーナを宥める事にした。
「リーナ・・・」
「・・・・・・何よ?」
ぶすうっとした顔で、リーナは僕を見た。少なくとも、女の子がしていい顔じゃないと思う。
そんな彼女の頭に手を乗せ、優しく撫でた。少し、リーナの表情が和らぐ。
「僕は好きだよ?リーナの事を」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「リーナの好意が、君の真っ直ぐな愛情が、僕はとても嬉しいと思う。だからさ、君に笑って欲しい」
「・・・・・・・・・・・・うん」
リーナはようやく機嫌を直したのか、薄く笑った。僕も僅かに笑みを浮かべ、彼女の頭を撫でる。
うん、やはりリーナには笑っていて欲しい。それも、僕のわがままだけどね。
ほんの少し、空気が甘くなった。まあ、僕のせいだけどな。
そんな僕達を見て、何を思ったのかソウイルとラドゥは苦笑していた。よく見ると、ラドゥの放つ白色光がほんの少しだけ薄くなっている。気がする?
・・・まあ良いや。僕達はそのまま神殿の中を進んで行く。
やがて、巨大な鉄扉の前に僕達は着いた。その向こうに、デウスと高位の神々が居るのを感じる。
ソウイルが、鉄扉を軽くノックする。こんっこんっ、硬質の音が響く。
「神王陛下、シリウス=エルピスとリーナ=レイニーが到着しました」
「・・・入れ」
ソウイルは巨大な鉄の扉を難なく開く。恐らくは、かなりの重量を誇るであろう巨大な鉄扉を。
・・・かなりの怪力だな。僕は感心した。
その向こうに、十柱の神々が居た。その誰もが、恐らくは高位の神々だ。
僕は、奥に座る三柱の神を見た。一番奥の席に、神王デウスが座っている。その右には、燃えるような赤い髪と瞳の神が居た。そして左には、皓々と輝く白髪に薄い金の瞳をした神。
恐らく、その三柱とソウイルが最上位の神だろう。そう、僕は感じた。
・・・神王デウスは、僕を見てにやりと不敵に笑った。気がした。