3、神国アトラス
さて、そろそろ神大陸に着く頃だ。僕達は現在、飛竜の引く戦車に乗って空路を渡っている。潮風が頬を撫でてとても心地良い。まあ、戦車というのが風情に欠けるが。それは良い、別に構わない。
大海蛇とは、既に別れた。最後に、大海蛇が言っていた言葉。終末王の事が気になるがな・・・
リーナが弾んだ声で、前方を指差す。
「あ、ムメイ。見えてきたよ!!!」
「あれが・・・神大陸。神国アトラス・・・・・・」
目前に陸地が見えて来た。あれが神大陸、神国アトラスだ。巨大な光の柱が、幾本も立つ大陸。
神国アトラス。神大陸に存在する神々の国。神代の法則に守られた、神々の大陸。大陸の至る所に巨大な光の柱が見える。噂には聞いていた。あれは、神代の法則を維持する為の結界であると。
結界の内部は遥か古代の、神々の時代の概念法則が働いているという。即ち、神霊種にとって降臨しやすい環境という事だ。神代の法則に守られた神大陸は、云わば疑似的な神域だ。精神生命である神霊種には神代の法則に守られた結界の中の方が現世に降臨しやすいのだろう。
事実、大陸の方から神秘的な力の流れを感じる。感覚的にそれが理解出来る。
光り輝く柱の一つ一つが、即ち神代の結界装置だ。神代の異界法則を守る為の結界だ。否、あの柱の存在が神代の法則を守り、神大陸を一個の異界にしているのだろう。
と、直後。僕達は薄い膜のような何かを突き抜けた。その瞬間、飛竜二匹が調子が悪そうに唸る。
噂には聞いていた。神大陸の環境は、神々や巫女以外のあらゆる生命体の侵入を阻むと。
恐らく、あれが神代の結界だろう。飛竜達は俗世と神域の環境変化に馴染めず、調子を崩したと。
この僕も、飛竜達ほどではないが環境の変化を肌で感じている。恐らく、これが神代の空気という奴なのだろうと思われる。何処か、神秘的で近寄りがたい空気だ。
・・・そして、やはり神大陸の環境は神域に限りなく似ている。恐らく、僕がこの環境に適応出来たのは母親が古き魔女、即ち古い巫女の一族だからだろう。要は、僕もその血筋なのだ。
・・・まあ、それはともかくとして。
その神大陸の岬。其処に一柱の天使が居た。天使、としか言いようのない人物だった。
背中には巨大な透き通る純白の翼。それが計三対、六枚。これまた純白の衣を身に纏った身体は白色光を放出しているのが解る。輝く金髪に黄金の瞳をした天使。恐らく、天使長かそれに比する存在。
女性型の天使だった。絵画の中の天使が、そのまま飛び出したかのような美しさだ。
天使は僕達を確認すると、にっこりと微笑んだ。とても美しい笑みで、上品だ。
「・・・・・・綺麗」
リーナがぼんやりと呟く。その瞳は、天使をじっと見詰めている。素直に美しいと思ったのだろう。
確かに、その天使はとても美しく神秘的な雰囲気を放っている。有り体に言えば、神々しい。
しかし、その美は人外のそれだ。何処か、近寄りがたい雰囲気を纏った美であろう。
要するに、天使の姿を模した彫像や絵画を美しいと感じるような物か。美しいと感じても、何処か近寄りがたい空気のような物がある。何処か作り物めいた美だろうか?
素直に美しいとは思う。しかし、それと同時に違和感のような物も感じるのも事実だ。恐らく、僕達人間と天使との種族的な違いとは違うのだろう。何か、別の要因があるのか。まあ良い。
・・・そうこうしている内に、神大陸の岬に着いた。僕達を、天使が迎える。
「初めまして、シリウス=エルピス。そして、リーナ=レイニーよ。私はラドゥと申します」
その天使は、歌うようなよく透き通る声で話し掛けてきた。綺麗な、よく通る声だ。
「あ・・・ど、どうも⁉私はリーナ=レイニーです!!!」
「・・・・・・シリウス=エルピスです」
リーナは慌てて、僕は少しだけ胡散臭そうに、それぞれ名乗った。そんな僕達に、天使ラドゥはくすくすと優雅に笑う。その笑みはとても上品だ。しかし、やはり僕は彼女の事をいまいち信じ切れない。
どうしても、胡散臭く感じてしまうのだ。どうしてだろうか?
「・・・・・・?どうかしましたか?」
「いや、何でもない・・・」
天使ラドゥは小首を傾げる。その仕種が、とても上品だ。しかし・・・
ああ、そういう事か。僕は素気なく返事を返しながら、内心で納得した。ようやく理解した。
この天使、心の機微という物に疎いんだ。上品に笑ったりしてはいるが、要は感情がいまいち籠っていないんだろうと思う。つまり、空っぽなんだ。何処か、作り物めいているんだ。
それが、何に起因するのかは解らないが。それも、今は別に良いか。僕は思考を切る。
ラドゥは相変わらずくすくすと空っぽの笑みを浮かべ、僕達に言った。
「では、あなた方を案内しましょう。付いて来て下さい」
そう言って、ラドゥは僕達を引き連れて歩いてゆく。恐らく、この先に神王が待っているのだろう。
・・・それにしても。僕は思う。
この天使、滅茶苦茶輝いているな。その身体から、凄まじい白色光が放たれているのだ。
とても、眩しかったさ。僕はこっそりと溜息を吐いた。ラドゥは、やはり笑っていた。
・・・・・・・・・
この時、僕は知らなかった。この天使の身体から放たれる白色光の意味を。
・・・・・・・・・
同時期、ある場所で。結社外法教団———本拠地にて。
途方もなく巨大な大樹の神殿にその男は居た。即ち、終末王だ。その背後に悪魔Ωが控えている。
二人の前に、何万にも及ぶシスターや神父が居る。教団の団員だ。彼らは云わば、教団の精鋭だ。
これでも、全体のほんの一部でしかない。全員を集めれば、優に何十万にもなる大軍勢となる。
神殿の頂点に、旗が揺らめく。新世界を願い、皆の理想を籠めた教団のシンボルだ。
外法教団とは即ち、世界を滅ぼして新しく理想郷となる世界を創造しようと目論む狂信者の群れだ。
彼らは例外なく、歪な人生を送ってきた不幸な者達だ。それ故、古い世界に未練など一切無い。理想郷の創造に何のためらいもなく賛同した。彼らは古い世界を憎んでいるのだ。
それ故、彼らは全員壊れている。古い世界に心を砕かれたのだ。
そして、彼らを束ねる終末王にも、世界を再創造しようと目論む理由はある。終末王、彼は云わば生まれつきの超能力者なのである。要は、生まれもって只人を逸脱していたのだ。
生れ付いての超越者だったからこそ、彼は見えてしまった。真の絶望を。
彼は想う。かつて、自身が抱いた絶望を。自身の抱いた憎悪を。怒りを。
古い世界を憎んだ。そんな世界を認められなかった。故に、自身で創ろうと思った。新世界を。
故に、その想いを抱いて彼は宣言する。大勢の団員達を前に・・・同胞達を前にして。
「時は来た。今こそ、我等外法教団の動く時だ!!!新世界創造の為、俺の為に死んでくれっ!!!」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!!!!
びりびりと、大気が震える。
天地を震わせる怒号が響き渡った。皆、その瞳に決意の炎を宿している。その炎は、新世界の創造の為に死んでも構わないという、覚悟を宿した意志の炎だ。その炎を見て、終末王は満足げに笑った。
「では、往くぞ諸君‼目標は神大陸、邪神の復活だ!!!」
そう宣言し、終末王は黄金の刀身を持つ十字剣を天にかざした。再び、天地を震わせる怒号が響く。
その剣の意味する事は、宇宙の法の外。かつて、終末王とΩが死力を尽くして手にした魔剣だ。
その剣を手に、終末王は宣言する。新世界の創造を。旧世界の滅却を。世界を滅ぼし、世界を創る。
運命の歯車は、加速的に回り出す。その果てに何が待っているのか、まだ誰も知らない。
———遥か時空の最果て、その更に先の外側で、何者かが嗤った気がした。
結社外法教団、動く。




