2、飛竜での海路
そして、神大陸に行く当日。僕とリーナは飛竜の引くチャリオットに乗って海を渡っていた。普通の戦車では当然ない。飛竜が引く、魔法のチャリオットだ。空飛ぶ戦車である。
戦車といっても、それほど凝った造りはしていない。只、至る所に魔術的な細工が施されている。
・・・しかし。
何故、神大陸へ行くのに戦車に乗って行くのか?それは解らない。というか、全く聞かされてない。
只、必要だからと言って用意されていたのである。僕とリーナはもう、訳が解らなかった。一体どのような理由があれば、神大陸へ行くのに戦車で行く必要があるのか?
まあ、それはともかく。僕とリーナの乗る戦車を引いているのは黒い飛竜のククルと若い飛竜だ。
若い飛竜の方はとても素直で従順な性格で、ククルの方はまあ、僕を格上と認めている。故に、大した問題もなく空路を戦車は走っている。旅は中々順調だ。
無論、戦車なので基本一人乗りだ。現在、リーナと僕は肩を寄せ合って座っている。うん、狭い。
僕が飛竜の背に座ろうかと提案したが、リーナが何故か却下した。・・・何故?
僕は、戦車の御者をしながら隣に座るリーナと話をしている。リーナが頬を染めて、僕の肩に頭をポンと軽く乗せてくる。その仕種に、軽く心臓が跳ねる。
「ムメイ、海って綺麗だね・・・」
「そうだな・・・・・・」
僕は、そっけなく返事した。
此処で、君の方が綺麗だとか言えたら格好がつくのかな?・・・いや、やっぱりやめとこう。僕らしくも無いと思うし、何よりくそ恥ずかしい。僕はこっそり苦笑した。
そんな僕を不審に思ったのか、リーナが顔を覗き込んでくる。思わずドキッとした。
それをごまかす為、僕は顔をついっと背けた。うん、顔が熱い。
「ムメイ?」
「・・・・・・い、いや。何でも無い」
「???」
思わず、僕の声が裏返る。うん、かっこ悪い。
リーナは不思議そうに、僕を見ている。僕は必死に照れをごまかす。今の僕、中々かっこ悪い。
少し自重しようと、僕はそっと溜息を吐いた。それを、リーナが不思議そうに見ている。
直後、リーナが何かに気付いたように笑う。そして、僕の横顔にそっと顔を近付け・・・
ちゅっ。頬に軽くキスをした。それも、柔らかな胸をこっそりと僕の腕に押し付けてだ。
っっ!!!???
僕の頭が軽いパニックを起こす。しかし、リーナはそれでも尚、僕に口付けしてくる。それも、わざわざ唇のすぐ近くにである。もう、訳が解らない。
僕は戦車の制御で必死だった。それでも手綱を離さなかった僕を褒めて欲しい。危ねえっ!!?
二匹の飛竜がぐるると唸った。その声は、何処か呆れを含んでいた気がした。まあ、実際に呆れているのだろうと思うが。飛竜の目が、少しジトっとした物になっている気がする。
・・・うん、ごめん。僕は少し反省した。飛竜がぼふんっと溜息を吐く。
・・・と、その直後。真下の海面が異常に荒れてきた。っ、何か来る⁉
僕と飛竜が警戒したその直後、海中から巨大な蛇の魔物が現れた。白い巨体に二本の髭、頭部には一本の巨大な角が生えている。その赤く輝く両目は僕達を真っ直ぐに睨んでいる。
純白の鱗は光を反射し、神々しく輝いている。
龍にも似たその姿。その魔物を、僕はかつて本で読んだことがある。その魔物は・・・
「っ、大海蛇!!?」
「ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!」
その咆哮だけで海が大きく荒れ、天はびりびりと震える。恐らく、並の魔物であれば即座に退散を選んでいるだろうその咆哮。しかし、それに慄く飛竜ではない。獰猛に唸り声をあげている。
大海蛇の周囲の海が、渦を巻いていく。やがて、巨大な海水の柱が僕達に襲い掛かってきた。
大海蛇は海を操るという固有の魔法を持っている。その気になれば、小さな島国であれば容易く沈めるほどの巨大な津波を起こす事も可能だ。故に、大海蛇は大海の支配者とも言われている。
続いて、海水の弾丸が僕達に襲い掛かる。それも、恐らくは回避し切れないほどの弾幕だ。
更に、続いて巨大な海水の腕が僕達を握り潰そうと迫る。戦車など容易く握り潰せる巨大な腕、それが計十本以上はある。それが一斉に襲い掛かる。
海水の弾幕に巨腕。それが一斉に襲い掛かってくるのだ。
明らかに殺しに掛かっている。嵐の如き怒涛の攻撃。しかし、僕は不審に思っていた。
本に書かれていた限りの話ではあるが、大海蛇は海の守護者だ。知性もかなり優れている。
人間とは基本的に敵対せず、礼を尽くせば旅の守護すらしてくれる事もあるという。中には大海蛇と言葉を交わした人物もいたという話もあるらしい。その大海蛇が、理性も無く暴れているのが妙だ。
僕はじっと、大海蛇を観察してみる。すると・・・・・・
額に不自然な何かがあった。明らかに、大海蛇の物では無い。
「あった」
「え?」
僕の言葉に、リーナが不思議そうに僕を見る。しかし、議論している暇は無い。即座に行動に移す。
二匹の飛竜に、僕は即指示を出した。
「お前等、大海蛇の額の部分に出来る限り接近してくれ!!!出来るな⁉」
「ぐるあっ!!!」
「ぎゃうっ!!!」
僕の言葉に、飛竜達は獰猛に唸る。そして、加速する戦車。
飛竜の引く戦車は、大海蛇の攻撃を躱し。そして、躱し切れない攻撃は僕が木剣で捌く。何時の間にか僕は黒い飛竜のククルの背に乗っていた。そして、大海蛇の額は近付いていく。
・・・やはり。あれか!!!
大海蛇の額には、何かの魔物が寄生していた。ぶよぶよした、肉の塊のような魔物だ。
僕は、飛竜の背から飛び降りて大海蛇の額に向かって落ちてゆく。
「ぐるああっ!!?」
「ムメイっ!!?」
ククルとリーナが驚愕の声を上げる。大海蛇も黙ってはいない。僕に向かって怒涛の攻撃が迫る。
海水の弾丸が、僕に襲い掛かる。空中では避けられない。僕も、今更避けるつもりなどない。
木剣で海水の弾丸を捌きながら、僕は真っ直ぐに大海蛇へと迫る。やがて、僕は辿り着いた。
「其処っ!!!」
「ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!」
大海蛇の絶叫。
大海蛇の額に寄生した魔物に、僕は木剣を突き刺す。魔物は一瞬、ビクッと震えて息絶えた。
しかし・・・
「まあ、こうなるよな?」
僕は、海へとそのままの勢いで落下した。
「ムメイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!」
最後に、リーナの悲鳴を聞いて僕は海に沈んだ。ああ、僕も此処までか。悪くない人生だった。
そう思い、僕は静かに笑った。
・・・・・・・・・
直後、僕の身体は海の上へと引き上げられた。・・・いや、何故?僕は、思わずきょとんっとする。
僕は下を見る。其処には、白い巨体があった。大海蛇だ。
「・・・・・・はい?」
『小さき者よ、よくぞ私を解放してくれた』
頭に直接響く声。どうやら、大海蛇の声らしい。テレパシーのような物か?
どうやら、僕は大海蛇に拾われたようだ。
「えっと?僕を助けてくれた?」
『それを言うなら、お前も私を助けてくれたではないか』
「ああ、うん。そうだね?」
確かにそうなのだが。まあ良いか。僕は無理矢理納得した。
・・・そんな僕に、落下してくる影が一つ。リーナだ。って、はぁっ!!?
僕は慌ててリーナを受け止めた。リーナは泣きながら僕にしがみ付く。
「ムメイっ!!!」
「ちょっ、リ、リーナ!!?」
リーナは僕に強く抱き付き、わんわんと泣いている。僕は混乱しつつ、リーナを抱き締める。
どうやら、僕が海に落下した事がかなりショックだったらしい。僕はこっそり反省する。
大海蛇はそんな僕達を微笑ましげに見詰め、直後真剣な声で言った。
『小さき者よ、気を付けよ。私にお前を殺すよう指示した者がいる』
「・・・・・・何だって?」
僕は思わず、問い返した。僕を殺すよう指示したって?誰かが?そんな僕に、大海蛇は肯定の意を示すように静かに頷く。その瞳は、何処までも真剣だ。
『気を付けよ。私を操ってお前を殺そうとした奴が居る。其奴は自身を終末王と名乗っていたが』
大海蛇は、静かにそう言った。終末王、その名が僕の頭に妙に響いた。




