1、神大陸へ
「はい?神大陸ですか?」
僕の怪訝な声が、玉座の間に響く。玉座の間には、国王の他に僕とリーナ、ビビアン騎士団長を含めて側近の騎士達が揃っていた。クルト王子は、今は居ない。
玉座の間は現在、ピリピリと緊張した空気に包まれている。
国王イリオ=ネロ=オーフィスはとても真剣な表情で、僕とリーナを見ている。騎士達も同様に緊張している様子である。一体何だ?流石に僕とリーナは不審に思った。
「うむ。五日の後に飛竜を使い、二人で神大陸へ向かって欲しいのだ。飛竜は王国が所有している奴を二匹ほど貸すのでな。どうか頼む」
「いえ、別に構いませんが。一体今度は何の用なんでしょうか?」
別に神大陸に向かう事自体は構わない。しかし、一体今度はどんな用事で行くのか?それを聞かなければ始まらないと僕は思う。そう思って、聞いたのだが・・・
国王は、側近の騎士達も、皆が微妙な表情をした。何だ?何か、苦虫を噛み潰したような表情だ。
その表情に、リーナも怪訝に思ったらしい。きょとんっとした顔で問い掛けた。
「・・・えっと、陛下?」
「む、おおっ⁉いやなに、理由は今は聞いてくれるな。どうか引き受けてはくれないか?」
今は理由を聞かずに引き受けて欲しいと言う。国王のこの態度は、かなり珍しい。
その不自然な反応に、僕とリーナは怪訝に思う。しかし、相手はあのイリオ国王だ。恐らくは何か考えがあるのだろうが。まあ、別に良いか。
僕は一度、思考を斬り捨てた。細かい事は、向こうで神王に聞こう。そう思った。
「解りました。引き受けましょう」
「私も、引き受けます」
僕達は、神大陸へ行く事にした。多分、この時僕は深くは考えていなかったと思う。
だからだろうか?後々あんな事になろうとは・・・考えもしていなかったんだ。
・・・・・・・・・
さて、王城から帰って屋敷の中に着いた瞬間、リーナは僕に飛び付いてきた。僕の背中に、彼女の柔らかな胸の感触が感じられる。思わず僕は苦笑した。うん、気持ちいい。
リーナは猫撫で声で僕にぎゅぅっと抱き付いてくる。僕の背中に、柔らかい感触が押し付けられる。
「ムメイっ♪」
「・・・何だ、リーナ?急に甘えてきて?」
僕は優しい気持ちになりながら、リーナに問う。そんな僕に、リーナは頬をすり寄せる。
そう、この反応からも見て解るように、僕達は恋人になったのだ。付き合い初めて、リーナは僕によく甘えてくるようになった。それが、とてもくすぐったい。しかし、それがとても嬉しくもある。
そっと、僕もリーナの頬に触れた。リーナの感触、それがとても嬉しい。こんな気持ちは初めてだ。
ああ、確かに僕はリーナを愛しているんだ。そう、実感する。今、僕は生きている。
「愛してるよ、ムメイ♪」
「ああ、僕もだ。愛してる」
僕はリーナを愛している。リーナも僕を愛している。それだけで、胸が温かくなる。
リーナと真っ直ぐ向き合い、僕はそっとリーナに口付けした。リーナも、それを受け入れる。
「・・・・・・んっ、あっ」
リーナの口から洩れる、僅かな声。それすらも愛おしい。きっと、僕はリーナに出会えて幸せだ。
転生して初めて・・・。否、前世でもこれほど幸福だった事は無い。きっと、無い。
だからこそ、この想いを大切にしようと思う。僕は、リーナを愛しているんだ。
僕は、この世界に来て初めて恋を知ったんだ。そう、実感する。
ドサッ。何かが落ちる音が聞こえた。其方に目を向ける。すると、其処には・・・・・・
「あ、いえそのっ・・・。別に覗くつもりなど・・・・・・。あ、とても情熱的なキスを・・・」
メイドのマーキュリーが居た。どうやら、買い物をしてきた帰りらしい。鞄が床に落ちていた。
鞄の中から立派な大根が覗いている。マーキュリーはわたわたと慌てているようだ。
言動も定まっていない。かなり取り乱しているらしい。顔が真っ赤だ。うわぁっ。
どうやら、時と場所を間違えたらしい。僕とリーナは苦笑した。
「いや、悪い。時と場所を間違えた」
「ご、ごめんなさいっ・・・・・・」
「い、いえ・・・。こちらこそ決して覗くつもりなど・・・・・・すいません・・・・・・」
僕とリーナはマーキュリーに謝り、そそくさと屋敷を出た。流石に、今は気まずいと思ったから。
・・・うん、ごめん。
・・・・・・・・・
猫の看板の喫茶店。僕とリーナはその個室でニンジンのジュースを飲んでいた。僕とリーナは何だか気まずい空気に言葉が続かない。一体どうすれば良いのか?
・・・まあ、何だ。
要するに、今僕達はデートをしているのだが。うん、今更だが何を話せば良いのだろうか?
・・・・・・うん、とりあえず僕の素直な気持ちでも話すか。そう思い、僕はリーナに話し掛けた。
「リーナ」
「う、うんっ・・・」
リーナは頬を赤らめ、ちらちらと僕を見ている。うん、可愛い。思わず抱き締めたい衝動が。
僕は渾身の意地でそれを抑え込む。此処は我慢するべき時だ。堪えろ、僕。
「ありがとう」
「・・・・・・え?」
リーナはきょとんっとした顔で、僕を見る。うん、やっぱり可愛い。抱き締めたくなる思いを、僕は苦笑する事で何とかごまかした。やっぱり、僕も何だかんだで影響を受けているんだろうなあ。
僕ってこんな性格だったっけか?まあ、良いや。
そんな僕を、リーナはきょとんっとした顔で不思議そうに見ている。
「リーナのお陰で僕も幸せを得る事が出来た。リーナのお陰で僕は温かい気持ちを知る事が出来た。全部君のお陰だと思っているよ。だから、ありがとう」
「っ、あ・・・・・・」
「君の事を、世界の誰より愛してる。リーナは僕にとっての唯一だ」
真っ直ぐ、僕はリーナに向かって伝えた。それは掛け値なしの本音だ。嘘偽りの無い、僕の本音。
その言葉を聞いて、リーナは・・・
「っ!!!」
涙を流していた。はらはらと、その目から次々と、拭う事すらせずに。只、涙を流していた。
リーナは泣いていたのだ。
「・・・っ、リーナ?」
「っ、うんっ。私も・・・わだじもっ・・・、ムメイの事を愛じでるっ・・・・・・」
涙声で、それでもリーナは僕に言った。愛してると。それが、とても嬉しくて。
思わず僕は、リーナをそっと抱き締めた。リーナの温もりが、伝わってくる。
それが、とても愛おしい。僕は、リーナを愛している。それを、改めて実感した。
彼女の全てが愛おしい。彼女の全てを愛してる。
そっと、リーナと僕の顔が近付いてゆく。リーナの瞼が、そっと閉じられる。
・・・と、その瞬間。ガタンッと物音が聞こえた。
「ん?」
「へ?」
同時に、僕とリーナは振り返る。其処には・・・
猫獣人のウエイトレスが、真っ赤な顔で僕とリーナを凝視していた。って、何やってんの?
「あっ、いやあの・・・。はい、どうぞ続きを?」
「いや、何やってんの?アンタ?」
じとっとした目で僕が問うと、猫獣人のウエイトレスはびくっと震えた。そして、あははと笑う。
その手には、ストロベリーパフェの乗った盆があった。
「いえ、ご注文のパフェをお持ちしたのですが・・・。いえ、とてもお熱いなあっと・・・」
「ああ、そう・・・・・・」
猫獣人のウエイトレスはそう言って、パフェをテーブルに置いた。うん、気まずい。
リーナなんか、さっきから顔が真っ赤だ。うん、ごめん。思わず僕は苦笑した。
結局、僕とリーナは黙ってパフェを食べていた。
やがて、パフェも食べ終わろうという時に。リーナは僕に言った。
「ムメイ、ありがとう」
「うん?」
「私、貴方と出会えて幸せだよ。だから、ありがとう。愛してる」
そう言って、リーナは花が咲くように微笑んだ。その笑みは僕にとって、とても眩しかった。
思わず僕は、その笑みに見惚れた。
口の中が甘ったるい。ブラックコーヒーが欲しい方はどうぞ。




