プロローグ
世界会談からはやひと月。オーフィスの王城にて、国王に来客が来ていた。
その来客に、王城内は騒然としていた。何故なら、その来客とは神王に仕える巫女だったからだ。
長いプラチナブロンドの髪に、白く透けるような肌。人形のように端正な顔立ちをして、その身には白を基調とした巫女装束を着ている。その姿は、とても神秘的だ。
普通に考えて、国賓として招かれるべき相手である。すぐさま準備は整えられ、国賓用の謁見の間に巫女は連れて行かれた。流石の国王イリオも、準備に手間取り着衣も若干乱れている。
「して、此度の来訪の目的は何か?」
イリオの問いに巫女は優雅に一礼をし、静かに答えた。その声は、とても透き通ってよく響いた。
「人王イリオ=ネロ=オーフィスへ、神王デウスより伝言を預かっております」
「伝言?」
イリオは怪訝な顔をする。しかし、それに構う事なく巫女は告げた。優雅に微笑みながら。
「神王よりお告げです。シリウス=エルピス、リーナ=レイニーの二名を神大陸へ招待しようと」
「神大陸だとっ!!?」
流石のイリオも聞き捨てならないと勢いよく席を立った。巫女は相変わらず優雅に微笑んでいる。
その表情が、何故だか作り物めいた美しさを有している。要するに、生きた人間に思えない。
イリオの傍に控えていた騎士達も、愕然と目を見開いている。それ程に、神大陸へ一個人の人間を招待する事は驚くべき事なのだ。否、神大陸とはそもそも普通の人間が立ち入れる場所ではない。
巫女などの神職ならともかく、神の血筋や神官でも無い只人など、神大陸では呼吸すら不可能。人間が適応可能な環境では無い。というより、それ以前に世界そのものが違う。
神大陸とは、大陸そのものが独立した異界なのである。外界から切り離された異世界だ。
神大陸の内部は、既に神代の世界法則に守られている。それ故、純粋な物理法則が一切通用しない。
その神大陸に、巫女の資質を持つリーナ=レイニーならともかく、シリウス=エルピスを招くと。
それが、イリオには到底信じられなかったのだ。しかし、巫女は一切動じずに言った。
「いえ、神王も何の考えもなくそのような事を申したのではありません」
「・・・・・・では?」
「シリウス=エルピスは既に、只人ではありません。固有宇宙に目覚めています」
「むっ・・・」
イリオは黙り込む。確かに、シリウス=エルピスは既に只人では無いだろう。それは間違いない。
彼は固有宇宙に目覚めている。それは即ち、固有の概念法則によって自己を守っているという事だ。
固有の概念によって身を守っているという事は、即ち神代の法則内でも生きられるという事だ。
それに、と。巫女は付け足すように言った。歌うように透き通った声だ。
「それに、彼は古き魔女の一族。その血を継いでいます。それ故、神域の法則にも適応可能な筈」
「ふむぅっ・・・・・・」
国王イリオは唸り、考え込む。シリウス=エルピスやリーナ=レイニーが神大陸の環境に適応可能なのは理解できるだろう。しかし・・・
イリオはやがて、一つだけ問い掛けた。
「あの二人が神大陸の環境に適応可能なのはよく理解した。しかし、二人を神大陸に招くその理由を聞かせてもらえるかの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その質問に、直後巫女の表情が変わった。一瞬で、彼女の顔が無表情に変わる。
それこそ、イリオの提示した妥協点。つまり、二人を神大陸へ向かわせるならその理由を言えと。
じっと、見詰め合う国王と巫女。しばらく、視線が交わされる。やがて・・・
「・・・・・・説明、出来んか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いえ、話しましょう。ただし、条件を守って貰います」
「うむ、守ろう」
イリオは即答した。此処が、恐らくは落としどころだろう。
そして、それを聞いて巫女は少しだけ間を開けてから理由を話し始めた。二人を神大陸に招く、その本当の理由という物を。淡々と語ってゆく。
その直後、国王と側近の騎士達は絶句する事となる。




