if、もし、世界会談に行かなかったら
時は遡り、世界会談の数日前。王都、エルピス伯爵の屋敷。
僕とリーナの二人は、僕の部屋に二人で居た。メイドのマーキュリーは買い出しの最中だ。父親も今は伯爵領の屋敷に戻っている。故に、今この屋敷には僕とリーナの二人だけだ。
其処で、僕は世界会談の準備をしていた。自分の部屋で荷物を整理する僕。しかし、それをリーナは不満そうに見詰めている。どうやら、僕が世界会談に向かう事を快く思っていないらしい。
先程から、僕を心配そうに見ている。それが、中々居心地が悪い。リーナの視線が僕に刺さる。
僕は苦笑気味に、リーナへと振り返る。
「なあ、やはり僕が世界会談に行くのがそんなに嫌か?」
「・・・・・・そうじゃ無いの。嫌じゃないけど、不安が・・・」
うーん、やっぱりそれって彼女の巫女としての予感かね?巫女としての強い感受性が働いた的な?
リーナはレイニー伯爵家の娘にして、巫女の資質を持つ異能者だ。その霊的感応能力は巫女の中でもかなりの資質を持つ。それ故、時にリーナは未来予知に等しい予感を得る事もある。
リーナの巫女としての資質は、予知や予言に限って言うなら百発百中だ。
リーナが悪い予感を感じるという事は、つまり世界会談で何かが起こるという事かもしれない。
「・・・けど、やっぱりそれを聞いたら僕も行かないといけない気がしてなあ」
「でもっ、それでも・・・やっぱりムメイには傷付いてほしくないっ!!!」
リーナは半ば、叫ぶように言った。その言葉が、僕の胸に響いてくる。胸がずきりと痛む。
何故、此処までリーナの言葉が胸に響くのか?解らない。僕にとって、彼女は何なのか?
痛い。胸にとげが刺さるように痛い。思わず、眉をしかめる。
リーナは僕の胸元にひしっとしがみ付き、涙ぐんだ目で僕を見上げる。僕の心が揺さぶられる。
もう、訳が解らない。
「し、しかし・・・リーナ?」
「私、ムメイの事を愛しているの。大好きなのっ!!!」
「・・・っ!!?」
僕の中で、かつてない動揺が奔る。どうして、これほどまでに動揺してしまうのか?解らない。
解らない。けど、それでも僕は動揺した。動揺して、狼狽えた。理解出来ない。
そんな僕に、リーナはそっと背筋を伸ばして僕の顔に近付き・・・・・・口付けした。
・・・・・・え???
一瞬・・・僕の・・・思考が・・・・・・真っ白に染まった・・・・・・
真っ白に染まって、何も考えられなくなった。
「っ⁉っっ!!!???」
「んっ・・・ちゅっ・・・・・・っ」
っっ!!!???
ちょっ、ま・・・。僕の頭の中は混乱で埋め尽くされた。思考が定まらない。脳が理解を拒む。
チキンと言う事なかれ。僕はこんな気持ちになる事も、こんな状況も初めてなのだ。流石に僕でも動揺して混乱するだろう。目が極限に見開かれる。混乱して振り解く事も出来ない。
しばらく、僕の唇をついばむ音が、部屋に響き渡る。それが、とても蠱惑的だ。
やがて、僕はその快感に身を委ねてゆく。そっと、彼女の背中に腕を回して僕からもキスを返す。
とても甘くて、とろけるような快感が、僕の心を溶かす。
・・・ああ、そうか。僕はようやく理解した。僕の、僕自身の本当の気持ちに。
僕は、彼女の事を・・・・・・リーナの事を・・・・・・
そっと、唇が離れる。リーナと見詰め合う。彼女の瞳が、潤んでいた。そんな彼女が、たまらなく愛おしく思えてくる。きっと、それが僕の本音なのだろう。
僕の本当の想い。偽らざる本音。
「ムメイ、私は貴方の事を———」
言葉が、不自然に途切れる。僕が、止める。
其処から先は、言わせなかった。僕はリーナの唇を僕の唇で塞ぐ。彼女の目が愕然と見開かれた。
リーナの目元から、一筋の涙が零れ落ちる。しばらく、口付けを交わす僕達。
やがて、僕とリーナは唇を離し、互いに見詰め合った。そして、僕は告げた。
「・・・・・・リーナ、僕は君の事を・・・愛している」
「っっ!!?」
リーナは目を極限まで見開き、僕を愕然と見た。その視線を真っ直ぐ受け止めて、言った。
「僕は、君を愛している。だから、君を悲しませるくらいならもう、リーナから離れない」
「っ・・・・・・うん、うんっ!!!・・・ありがとうっ!!!」
リーナは僕に思いっきり抱き付き、泣きじゃくった。僕は、それを優しく抱き締める。
・・・この日、僕は初めて大切でかけがえの無い存在が出来た。
・・・・・・・・・
その後、国王に僕は断りを入れて世界会談の参加を拒否した。国王は残念そうにしていたが、それでも僕の意思を尊重してくれた。ありがたい事だ。
そして、世界会談の日。国王は天宮に向かい・・・・・・そのまま帰って来る事は無かった。
その日、空では燃え盛る天宮が流れ星となって墜落する様子が観測された。
国王の思わぬ死去。その事実に、王国全土が混乱の渦に包まれた。あの飄々としてつかみ所の無い性格の王子クルトですら静かに怒りの表情を浮かべていた。
僕は思う。果たして、あの時僕が世界会談に向かって行ったらどうなっていたのか?少なくとも、僕一人が参加した程度で何か変わる筈もないだろう。しかし、それでも思う。
僕が参加しなかったから、僕が参加していれば、と・・・・・・
僕は、責任を果たすべきなのだろうか?僕が責任を放棄したツケを払うべきなのだろうか?
そんな僕を、リーナは心配そうに見詰めている。僕は、そっとリーナの肩を抱き寄せた。リーナも僕の肩に身を寄せてくる。そんな日々を過ごす。そして・・・
・・・やがて、僕は一つの決断を下す。
「リーナ、僕は決めたよ」
「・・・・・・何を?」
リーナはその答えを知っているのか、顔色が優れない。リーナが、そっと自身のお腹をさする。
僕は静かに、決意を籠めて言った。
「僕は、自分の責任を果たしに行ってくる。だから、リーナには悪いけど君は此処で待っててくれ」
「・・・・・・・・・・・・うん。けど、ムメイ。必ず私の許に帰ってきて」
「解った」
そう言って、僕は屋敷を飛び出した。リーナはそっと、自分のお腹を優しく撫でた。とても、悲しげで泣きそうな表情で。そっと自分のお腹を撫でる。
その意味を、僕は最後まで知る事は無かった。
・・・・・・・・・
それから数か月、僕は敵の情報を集めに集めた。情報収集は困難を極めた。しかし、見付けた。
敵対勢力の本拠地を見付け、僕は単身其処に向かった。其処には、途方もなく巨大な大樹を利用した巨大な神殿がそびえていた。天を衝くほどの威容が其処にあった。
僕は、その神殿の中に足を踏み入れる。瞬間、途方もなく巨大な力の渦が僕に押し寄せる。
「ぐっ、あぁっ・・・・・・」
気付けば、僕は壁を背にもたれた形で倒れ伏していた。身体中、血に塗れている。
「ようこそ、我が神殿へ・・・」
其処には、不気味な笑みを浮かべた青年とその背後に控えた男が居た。この二人は・・・
僕は、この二人の情報を既に得ている。
「やはり、お前達が主犯か?終末王、それに悪魔Ω?」
「ふむ、意図的に流した情報とはいえ、やはり嗅ぎまわっていたか」
意図的に流していた。その言葉に、僕は反応する。
・・・ああ、そういう事か。僕は納得した。納得して、絶望した。
「全て、お前の掌の上だったって事か?」
「その通りだ。無銘の少年よ」
そう言って主犯格の青年、終末王は一振りの剣を取り出した。黄金の刀身を持つ、十字剣。恐らくはかなりの力を宿した魔剣の類だろうと思われる。一目でその力の規模が理解させられた。
それは、剣の形をした外宇宙だ。
その剣先を僕に向け・・・終末王は嗤った。そして。
「・・・・・・かはっ」
僕の胸に、黄金の刃が突き立てられる。意識が遠のいていく。直後、僕の脳裏にリーナの顔が過り。
———ああ、失敗したな。
そう思いながら、意識が完全に暗転した。
これはあくまでifストーリーです。可能性の中の話であって、主人公がもしこの選択肢を選んでいたらという話になっています。其処を踏まえてお楽しみください。




