番外、悪夢
・・・夢を見ていた。とても嫌な夢だった。悪夢だった。
かつて、捨て去った世界の夢を。僕が生きる事の出来なかった世界の夢を。僕の過去を。
僕は、至って普通の家に生まれた。幼少の頃は普通に笑い、普通に怒り、普通に泣いた。そんな至極普通の何処にでも居る子供だった。だった、筈だ。
何時からだろうか?僕が、僕自身の異常性に気付いたのは。一体何時からだろうか?僕が小学校の低学年の頃には既に、自身の異常性に気付いていたと記憶している。
僕は、幼少期から既に老成した感性を持っていた。要するに、枯れていたんだと思う。
何時も、子供らしくなんか無かった。常に難しい事ばかり考えていた。周囲から年寄り臭いとまで言われた事すらあると思う。そのせいで、何時も一人だった。誰も、僕に近寄らなかった。
いや、或いは僕自身が独りを選んでいたのかもしれない。僕は、幼少の頃から常に独りだった。
独りを選んでいた。親の話では、幼稚園以前から独りを好んでいたと言う。何時も、人の輪に入らずに独りで遊んでいたらしい。何時だって、僕は独りだった。
僕自身、心の底では誰も信じていなかったのだろう。それに気付いたのは一体、何時からだろうか?
小学校の低学年の頃には、既に僕は自身の異常性に疑問を持っていたと思う。周囲との違いに、僕自身少なからず疑問に思っていたと思う。何時も、思っていた。
僕は、一体何故こんな人間なのだろうか?疑問に思っていた。
皆違うから、お前だって違う人間で当然だと言われた事もあった。同じ人間なんて、何処にも居ないと言われた事もあったと思う。けど、僕が言っているのはそうじゃない。
そんな簡単で陳腐な話をしているんじゃないんだ。もっと、根本的に僕は違うんだ。
僕はきっと、根本的に他の人とは違うんだ。それは、きっと僕だけの異常性だ。
そんな性格になったのは何か理由がある筈だ。そう言った人も居た。けど、そんな事も無かった。
ああ、そんな簡単な話だったらどれだけ良かっただろうか?
僕は、根本的に人を信じられない人間なんだ。理由があってそうなった訳じゃない。
誰かに手痛く裏切られたとか、酷い苛めを受けたとか、大切な何かを失ったとか。そんなありふれた理由など僕には一切無かった。だからこそ、そんな僕を周囲は不気味がった。
きっと、他の子ども達は本能的に理解していたのだろう。僕の異常性を。
僕だって普通に怒る事も、無く事も、笑う事もあった。けど、どれもしっくりこなかった。何処か演技でもしているかのような気分だったんだ。何処か、嘘臭い。
人は、根本的に自分とは違う何かを拒絶する。それが、精神的に未熟で純粋な子供には顕著だ。
だから、僕は余計に虐められた。それが僕の人間不信を加速させたのだから、タチが悪いと言う。要は負の連鎖だという事なのだろう。けど、それもやはり僕の本質ではない。
僕は自覚していた。僕の人間としての異常性を。
僕は、要は心の殻から出る事が出来ないんだ。そもそも、自分でも殻から出る方法を知らない。何時も人と接する時は殻の内側から殻ごしに話し掛けているような物だ。それで心を開ける筈が無い。
他人の言葉が心の奥に響いた事など一切無い。言葉など、所詮は言葉だ。誰一人として、僕の心の殻を破り内側まで入り込めた人など居なかった。そんな人など、誰一人として。
僕自身、殻を破って外に目を向けようと努力してみた事もあった。人と接して、友達を作って、仲良く遊んで馬鹿話をしてみた事もあった。けど、全てが無駄だった。
心の殻は、とても硬い。どころか、余計に硬く閉ざされるばかりだ。
さて、そんな人間が居るのか?居て良いのか?僕自身、疑問だった。解らなかったのだ。
人間誰しも、誰一人として、同じ人間など居ない。違って当然だ。それはそうだろう。きっと、僕も違うからこその僕なんだろうと思う。けど・・・
果たして、これは本当にそんなレベルの問題か?そんな尺度で計れる程度の問題か?解らない。僕にはそれが理解出来なかった。きっと、何時までも理解出来ないだろう。
・・・高校時代の話だ。ある友人に言われたとある言葉が、今でも僕の心に残っている。
「ねえ、×××って何時も独りだよね。私達と遊んでいても、何時も何処か独りでさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
きっと、そうなのだろう。僕は、何時も独りだった。言われた通りだ。
けど、恐らくはその友人も僕の全てを知っていた訳では無かったのだろう。僕の一面を見て、それで其処まで理解していたのだ。きっと、それだけでもその友人は凄いと思うのだが。
僕は何時も独り。友人と遊んでいても、馬鹿話で盛り上がっても、楽しそうに笑っていても、それでも僕は何処か楽しくなんて無かった。きっと、何処かで盛り下がっていたのだろう。
だから、僕はきっと何時も孤独だったんだ。笑っていても、喜んでみても、それでも何処か虚しい。
あ~あっ・・・。何処かで僕が、僕を見てそう言った気がした。馬鹿馬鹿しいと、そんな事に意味など何処にも無いのにと。そう、冷めた声で言った気がした。
あ~あっ・・・馬鹿馬鹿しい。下らない。
虚しい。とても、虚しい。こんな物を抱えて、一体どうして僕は生きているのか?解らない。
心の殻の中、僕は僕を見て思う。何て、馬鹿馬鹿しいんだ。そんな事、所詮意味など無いのにと。
馬鹿みたいに笑って、泣いて、怒って、楽しんで・・・。それが、僕には非常に馬鹿馬鹿しかった。
心が乾いていく。心が冷めていく。もう、誰の言葉も響かない。響いてはこない。
楽しくなんかなかった。面白くなんかなかった。只、虚しかった。
僕には、何一つ理解出来なかった。何も解らなかった。もう、どうでも良いや。
そう思い、僕は心を閉じた。
・・・・・・・・・
・・・イ。・・・・・・メイ。
誰かの声が、聞こえる気がした。僕はすぅっと目を開いていく。其処には、リーナが居た。
何故か、必死な顔をしている。えっと、何故?ぼんやりと、僕は考える。
「ムメイっ!!!」
「・・・・・・リーナ?どうした、こんな夜遅くに?」
見ると、まだ窓の外は暗かった。壁の魔法時計は夜の二時を指している。まだ、深夜の二時だ。
瞼を擦りながら、僕はリーナを見る。リーナは心底心配そうに、僕を見ていた。んん?リーナは一体何をそんなに心配しているんだ?僕は怪訝そうに首を傾げる。
「どうしたじゃないよ。ムメイ、凄くうなされていたけど大丈夫?」
「あー、うん。何だか嫌な夢を見ていたような気がする?」
「ムメイ・・・」
嫌な夢を見ていたような気がする。けど、思い出せない。まあ、別に良いや。どうでも良い。
気にするなと、僕はリーナに笑い掛けた。しかし、リーナはそれでも心配そうだ。
大丈夫。そう言おうと、僕はリーナに優しく笑い掛けようとした。しかし、リーナはそんな僕を他所に静かに優しく抱き締めた。・・・って、リーナ?
「・・・えっと、リーナ?」
「大丈夫、ムメイ。ムメイはきっと大丈夫・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
その言葉が、何だか心地良くて。何だか嬉しくて。僕は思わず笑みを浮かべた。心が温かい。
リーナだけだ。僕の心の殻を越えて、内側まで入り込んできたのは。僕の心の中に入り込めたのは。
リーナだけなんだ。僕の心の奥深くまで入り込んできたのは。だから・・・
「リーナ」
「何?ムメイ」
「愛してる」
「・・・・・・うん、私もだよ」
リーナは静かに微笑んで、僕を抱き締めた。僕も、リーナの背中にそっと腕を回して抱き締めた。
ずっと孤独だった。ずっと、虚しかった。けど、リーナに会えた。それだけは、良かったと思う。
それだけは、僕にとって何よりも価値のある事だった。だから・・・
「リーナ、君だけは僕が守る」
このシリウス=エルピスという存在全てを賭けてでも。リーナを守る。そう、僕は決意した。
人は皆違う。だから、自分だって違って当然だ。
けど、そんな言葉ですまない事もあると思う。




