番外・気遣い
「リーナ、僕とデートしよう」
「・・・・・・・・・・・・へ?」
ある日の朝。僕はリーナに一言告げた。僕の顔が熱い。きっと、今の僕は顔が赤いだろう。僕が自分の気持ちに自覚して三日、僕は突然リーナに言った。うん、突然すぎるな。
自分で自分に呆れ返る。
僕の唐突すぎる言葉に、リーナはきょとんっとした顔をする。・・・うん、少し突然すぎたか?
まあ、反省などしないがな。僕は僅かに苦笑した。リーナは頬を僅かに赤らめている。しきりに視線を右に左にとさまよわせている。うん、可愛いな。僕は苦笑した。
「・・・・・・うん、まあ順序立てて説明するよ。だから聞いてくれ」
「うん・・・。いや、まあ嬉しいけど何でまたいきなり?」
・・・嬉しいのか、やっぱり?
リーナはほんのりと赤い顔で僕に問う。その表情がまた可愛い。僕は内心、そう思った。思わず力一杯に彼女を抱き締めたくなる。まあ、それは渾身の力で抑えるが。僕にも一応、分別はある。
僕はほんの僅かに視線を逸らして、リーナに言った。
「まあ、今までリーナには色々と助けられているからな・・・・・・」
「それは・・・、私もそうだよ?ムメイには今まで助けられてきたから・・・・・・」
「うん、そうかもしれないけどさ・・・・・・確かにそうかもしれないけど・・・・・・」
確かに、そうかもしれないけどさ・・・。そうじゃないんだよ、僕が言いたい事は。
くそっ、こういう時に限って鈍いな。まあ、良いや。
僕は思う。リーナが居たお陰で、僕はきっと救われた所があるんだと思う。彼女が居たから、僕は人並みの温もりを得られたんだと思う。だから、これはきっと・・・。きっと、僕は・・・
僕は思わず、顔を赤くする。うん、野郎が顔を赤く染めてもキモイのは解っている。
「きっと、僕はリーナに救われたんだと思うから・・・・・・」
「・・・・・・うん?」
「だから、僕はリーナとデートがしたいんだ。今度は僕が、リーナにお礼をする番だ」
「・・・・・・っ」
リーナは大きく目を見開き、僕を真っ直ぐに見た。その表情は、愕然と僕を見ている。恐らく、今の僕の言葉が信じられないのだろう。まあ、今までの僕の態度が態度だからなあ。是非も無しか。
反省は、出来ないけどな。きっと出来ないだろうけど。
思わず、僕は苦笑を浮かべた。うん、きっとかつての僕らしくもないのだろう。けど、僕はリーナに向けてその手を差し伸べた。出来うる限り、優しい笑みを浮かべて。
精一杯の、僕の想いを籠めて。僕は、リーナに想いを伝えた。
「リーナ、どうか僕とデートをして下さい」
「っ、うん!!!」
とても嬉しそうな笑顔で、リーナは返事をした。とても嬉しそうな笑顔だ。
うん、まあきっと今の僕の言葉は不器用極まりない物なのだろう。しかし、これが僕の精一杯だ。
リーナは頬を赤らめて喜んでいる。今の僕の顔もきっと真っ赤なのだろうな。僕はそう思った。
・・・うん、このデートでリーナに告白しよう。僕はこっそり決意した。
・・・・・・・・・
「~~~♪」
「・・・・・・・・・・・・っ」
「るんっ♪」
ざわざわっ。周囲が騒がしい、幾つもの視線を感じる。中にはにやにやと好奇の視線も感じる。何だか空気が甘い気がするのはきっと、気のせいではないだろう。甘くしているのは、主に僕達だ。
そんな中、リーナはとても御機嫌な様子で僕の腕に抱き付いていた。ふくよかで柔らかな胸を僕の腕にこれでもかと押し付けてくる。僕の心臓はさっきからドキドキしっぱなしだ。
こんな気持ち、恐らくは初めてだろう。というか、全く初めてだ。故に、耐性が無い。
さっきからずっと、僕の顔が熱い。恐らくは今、僕の顔は真っ赤だろう。リーナの顔を真っ直ぐ見る事が出来ないで居るのだ。チキンと言うな、耐性が無いんだよ。うぅっ・・・
「リーナ、この店に入ろう!!!」
「あっ・・・・・・」
・・・っ、ぐああ。
リーナが切ない声を上げる。余計に僕の心臓がドキリと脈打つ。くそっ、可愛い。
取り敢えず、只何もしないのが精神的に耐えられない。だから、僕はすぐ傍の店に入った。
・・・その店は、小さな宝石店だった。小さく質素だが、中々おしゃれな内装をしている。店の奥に居る店主と思われる老人は、カウンターに頬杖をついて僕達を胡散臭そうに見ていた。
「何だ?客か?冷やかしならお断りだ」
「いや、別に冷やかしではないな。うん」
僕は照れをごまかすように店主に言った。店主は胡散臭そうに僕達を見詰めると、おもむろに言う。
「其処の嬢ちゃんにはその棚の二段目奥にあるスターサファイヤが似合う」
言われて、僕達はその棚の二段目奥を見る。其処には、とても綺麗なイヤリングがあった。
綺麗にカットされたスターサファイヤをあしらった、銀製のイヤリングだ。とても綺麗だ。
確かに、リーナによく似合うだろう。僕は一目で、そう感じた。
「綺麗・・・・・・」
リーナがうっとりとそのイヤリングを見詰めた。うん、やはり此処は僕が甲斐性を見せるべきか?
そう思い、僕は財布を取り出した。伯爵家の紋章が入った、革製の財布だ。
店主の片眉がぴくりと動く。更に胡散臭そうに目を細めた。
「店主、そのイヤリングは幾らだ?」
「金貨五枚、五万ステラだ」
五万ステラ。日本円に換算すると、約五万円だ。この世界の通貨は七つの貨幣で流通している。
まず石、約1円。次に銅、約10円、次に青銅は100円。銀は1000円。金は10000円。
その先に白金は100000円。次に星金、1000000円だ。流通しているのはこの七つ。単位はステラ。
ステラ硬貨と呼ばれている。石貨、銅貨、青銅貨、銀貨、金貨、白金貨、星金貨の七つだ。
1ステラが日本円にして1円に相当し、五円や五十円硬貨は無い。十進法だ。
ちなみに、一般に流通しているのは石から金までだ。白金は主に貴族が使い、星金に至ってはもう王族しか使う者が居ないと言われている。まあ、星金とは要するに神の鉱石と言われる超希少鉱石を使用しているからだろうけど。要は神々の中でも価値が認められているのだ。故に、高価だ。
星金貨なんて、僕でも一度も見た事が無い。精々が白金貨程度だ。
僕は店主に五万ステラ、金貨五枚を支払いリーナに渡した。リーナはとても喜んでいたさ。
思わず、僕の頬にキスをするくらいにな。僕の顔がまた、熱くなった。
店主の目が僕達を胡散臭そうに見ている。うん、ごめんなさい。
「ねえ、ムメイ?付けてくれないかな?」
「はいはい、解ったよ・・・」
僕はリーナの左耳にイヤリングを付けた。その際、ふわっとリーナから甘い匂いが漂ってきた。
その匂いが、僕の鼻孔をくすぐる。思わず、リーナの女としての部分を感じ、目を逸らす。彼女の顔を直接見る事が出来ない。さっきから僕の胸がドキドキと高鳴る。
リーナはとても嬉しそうに笑った。その笑みが、とても綺麗だ。素直に美しいとも思う。
「ふふっ、ありがとう。ムメイ」
「・・・・・・ああ、そうかい」
そんな僕達二人を、店主は相変わらず胡散臭そうに見ていた。
・・・・・・・・・
王都自然公園、妖精の花園。妖精達の飛び交う花園に、僕とリーナは居た。
花園には、相変わらず妖精たちが無邪気に飛び回っている。それが、とても神秘的だ。
けど、今の僕達には気にしている余裕は無い。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
僕もリーナも、お互いに見詰め合ったまま何を言えば良いのか解らない。自然と見詰め合う。
互いに気まずい雰囲気だ。さて、どうしようか?
・・・・・・ええいっ、こんなの僕らしくもないっ!!!しゃらくさいっ!!!
・・・と、その時。
「ムメイ、あのね?」
「・・・・・・うん、なんだ?」
リーナがおずおずと話し掛けてきた。僕も、少し緊張しながら答える。それが、初々しい。
「どうして、急にデートをしようと言ったの?」
「うん、それな・・・・・・」
僕は、ほんの少し考える仕種をする。そして、やがてリーナを真っ直ぐ見て言った。
「リーナ、君は最近僕に気を遣っていただろう?それも、かなり無理をして」
「・・・・・・うん」
そう、リーナは最近僕に気を遣っていたのだ。それも、リーナが僕に告白してからだ。
恐らく、その理由は僕がリーナに待ってくれと言ったからだろうな。僕が、自分の気持ちに自覚的になるその時までどうか待って欲しいと。そう言ったからだ。
きっと、リーナは僕に気を遣ってくれている。リーナは待ってくれているんだ。だから・・・
今度は僕が言うべきだ。自分の正直な気持ちを、思いの全てを。
「リーナ、僕はリーナの事が大好きだ。友愛ではなく、一人の女性として愛している」
「・・・っ!!?」
リーナの目が、愕然と見開かれた。その目は、信じられないと僕を見ている。じわりと、リーナの目尻に涙が浮かんでくるのが見えた。愕然と見開いた目で、涙を溜めた目で僕を見ている。
僕は、そんなリーナをそっと抱き寄せて耳元で言った。
「リーナの事が大好きだ。何時からなのかは解らない。けど、リーナの事を誰よりも愛している」
だから・・・
「リーナ、結婚を前提に僕と付き合って下さい!!!」
リーナを抱き締めながら、僕は半ば叫ぶように告白した。さて、リーナはどう答えるかな?
今更不安になってきた。リーナが僕を嫌ってはいない事は知っている。けど、不安になる。
告白する時は、こういうものだと前世で読んだ本に書いていた気がする。けど、まさか自分がそれを経験する事になろうとは。思いもよらなかった。思ってもいなかった。
というか、きっと僕自身そうなるとは信じていなかった。僕は、永遠に孤独のままだと思った。
そして、リーナの反応は・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
「———え?」
泣いていた。只、静かに泣いていた。その瞳から、涙をぽろぽろと流しながら。
けど、それは決して悲しくて泣いているのではない。苦しくて泣いているのではない。
その涙は・・・きっと・・・・・・
「うん・・・、うんっ・・・・・・。嬉しい、私っ・・・。わ、私も・・・ムメイの事を愛してる」
「っ!!?」
リーナは、僕の背に腕を回し、僕を強く抱き締める。僕も、リーナを強く強く抱き締めた。
僕も、知らない内に涙を流していた。この日、僕とリーナは想いを交わした。
僕とリーナは晴れて恋人になった。
晴れて、二人は恋人に。しかし・・・




