9、帰還
ふと、僕は目を開く。其処は何も無い空間だった。只、何処までも広がる何も無い空間。
いや、何も無い宇宙だった。此処は■■の宇宙だ。恐らく、此処が僕の固有の宇宙という奴だろう。僕はそれを確信した。そう、此処は僕の宇宙だ。
其処に、僕の他にもう一人山の神ミコトが居た。・・・いや、何で?何故此処にお前が居るんだ?
「何故、此処にお前が居る?」
「別に、今は其処は問題じゃ無いだろう?」
いやいや、其処は大問題だろう?何故お前が僕の宇宙に居るんだよ?僕はツッコミたい気持ちを何とか抑えてミコトと向き合った。ミコトは朗らかに笑っている。実に朗らかな笑顔だ。
・・・・・・こいつ、こんなキャラだったっけ?
僕は軽く溜息を吐き、問うた。
「で、何か用か?山の神?」
「いや、特に用は無いんだがな?まあ良い、少し話をしようか」
・・・うん、何かもう面倒臭い。
「めんどくせえ・・・」
「まあそう言うなって。お前にも重要な事だ」
「重要な事?」
僕は訝しむ。ミコトは朗らかに笑いながら頷いた。こいつ、随分とまあ丸くなった物だ。お前、昔はもう少し神様していなかったか?本当にそんなキャラだったっけ?
僕はこっそりと呆れ返った。そんな僕に、ミコトはやはり笑った。
「そうだ、とても重要な事だからくれぐれも忘れる事の無いようにな」
「・・・はぁ」
気の抜けた返事とも溜息とも取れない曖昧な言葉を返すと、ミコトは表情をきゅっと引き締めた。その視線が僕を真っ直ぐと貫いた。鋭い、射貫くような視線だ。
・・・・・・何だよ?ミコトは額に冷や汗を流しながら、言った。
「お前、これから無闇に固有宇宙を解放しないように気を付けろ?絶対にだ」
・・・・・・は?
「・・・えっと、はい?」
僕は思わず、耳を疑った。耳を疑って、思わず問う。
「えっと、それはつまり周囲に無用な被害が起こりかねないから・・・・・・とか?」
「それもある」
「と言うと?」
僕は更に、首を傾げた。そんな僕に、ミコトは神妙な目で言った。いや、その瞳はかなり真剣だ。
「お前の場合、固有宇宙が強大過ぎる。下手すれば固有宇宙の力すら逸脱しかねない程にだ。故、お前はその力を上手く制御出来るまでこの力を封じなければならない」
「・・・・・・・・・・・・」
曰く、僕の固有宇宙は自分自身にも、世界にも、強い影響を及ぼしかねないらしい。それを僕は未だ制御出来ていないと言う。故に、僕はあの時ほんの少し固有宇宙を解放しただけで意識を失ったらしい。
だからこそ、僕は己の力を制御出来るまでこの力を封印しなければならない。
制御を失えば、どうなるか?簡単な話だ。即ち———
「もし、制御を失えばお前は自分もろとも全ての世界を滅ぼし尽くすだろう」
「全ての・・・世界を・・・・・・」
そう、この全ての世界とは文字通りの意味だ。全ての並行宇宙ごと、僕は自身を滅ぼしかねない。
僕の固有宇宙、■■はそれ程に強大無比な力を持つ宇宙なのだ。故に、枷を付けねばならない。
枷とはつまり、そのままの意味だ。
「枷を付ければ、お前は只人よりかなり強いだけの人間に留まるだろう。要は人間よりは強いが、固有宇宙を保有する者には勝つ事は出来まい。どうする?」
「・・・・・・・・・・・・」
どうする、か・・・。そう問われて、既に答えは決まっているような物だろう?それこそ愚問だ。
僕はミコトを真っ直ぐ見返した。迷いなど、一切無い。
「解った。僕の固有宇宙を封印してくれ」
「・・・・・・良いのか?お前の力が大分落ちる事になるぞ?」
ミコトが不敵な笑みで問う。しかし、それに対し、僕は鼻で笑った。
そんな事、今更だろう?
「別に構わないよ。それに、固有宇宙を制御出来ないのは、つまり僕の未熟さ故だろう?」
なら、僕はそれを制御出来るまでまた鍛え直せば良い。それだけだろうが。
その言葉に、ミコトはやはり笑った。僕も、不敵に笑う。
「まあ、そう言うと思ったよ。なら、枷を付けよう」
そう言って、ミコトは僕の額に人差し指を向けた。その指先が光を放った、その直後。
「じゃあな、また会おう」
そんな声が、聞こえた。僕は静かに笑う。
僕の意識が薄れていった。そして・・・・・・
・・・・・・・・・
目を覚ますと、其処は天宮内にある簡易ベッドの上だった。傍にはイリオ王と神王デウスの二人。
天宮内は人工重力が働いている。それ故、僕は普通にベッドに寝ている。無重力では無い。
「目を覚ましたか、無銘よ」
神王が僕の顔を見て笑みを向けた。どうやら、此処にはもう僕達しか居ないらしい。
神王もイリオ王も何処となくほっとした様子だ。心配を掛けていたらしい。リーナも、この事を知れば僕の事を心配してくれるだろうか?試す気にもならないが。
そっとベッドから下りる。少し、身体がだるい。
「王、僕は一体どれくらいの時間を寝ていたんです?」
「ふむ、ほんの五時間程度だ」
イリオ王が答える。ふむ、五時間程度か。なら、このだるさは寝すぎによる物では無いな。
恐らく、さっきの夢も関係しているだろう。・・・僕の固有宇宙か。僕はあの時の事を思い出す。
固有宇宙を解放したその時、僕の中から凄まじい程の力を感じた。あれはまさしく、宇宙だった。あれこそがまさしく、固有の宇宙だ。固有の法則だ。
宇宙そのものとも呼べる可能性、概念、質量。その集合。固有の法則を持って既存の法を脱する。
神の定めた世界の法を脱する己の世界法則。己こそが宇宙で、世界の法だ。此れのみをもって、完結しているのだろう。故に、全知全能の神にすら犯されない絶対の法だ。自分だけの法だ。
・・・まあ、今はそれは良い。僕は思考を切る。
「帰りましょう、王。皆が待っている」
「うむ、そうだな。そろそろ帰ろう」
「ふむ、そうか。ではまた会おう、無銘よ」
神王と別れを告げ、僕とイリオ王は王都に帰還した。
・・・・・・・・・
所変わって、王都。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ムメイ」
「ご心配なさらずとも、あの方はきっとお嬢様の許に帰ってきます。リーナお嬢様」
王都にあるエルピスの屋敷。其処で、リーナ=レイニーはシリウス=エルピスの帰還を待っていた。
その傍には、メイドのマーキュリーが控えている。
そう、きっと無銘は帰ってくる。そう信じて待っている。自分に出来る事は只待っている事だけ。
それが、歯がゆくもあるのだが。心配は絶えない。自分に出来る事が、只祈って待っている事しか無い事が無性に歯がゆいのである。
どうか、無事に自分の許に帰ってきて欲しい。只、そう祈るばかりだ。
「ムメイ、どうか無事に帰ってきて・・・っ」
「リーナお嬢様・・・・・・」
無事に帰ってきてほしい。只、そう願う。・・・と、その直後。
こんっこんっ。ドアノッカーを叩く音が、屋敷に響き渡る。
瞬間、リーナは顔をばっと上げた。
「っ、ムメイ!!?」
だっとリーナは急いで屋敷の玄関に向かって駆け出す。その慌てようは、メイドのマーキュリーが思わず目を丸くする程だった。それほどのスタートダッシュだ。
そして、ドアを開けたその先には・・・
「・・・・・・・・・・・・えっと。ただいま、リーナ」
そう。リーナの直感の通り、無銘が居た。リーナは思わず、涙ぐんだ。
「っ、ムメイ!!!」
リーナは思いっきり無銘に飛び付いた。飛び付き、抱き付いて、わんわんと泣きじゃくった。
その光景に無銘は面食らい、思わず目を丸くした。しかし、直後その表情は安堵へと変わる。
・・・ああ、僕は帰ってきたのだと。そんな表情だ。そう、無銘は帰ってきた。リーナの許へ。
「ただいま、リーナ」
そう言って、無銘はリーナをそっと抱き締めた。其処には、青年と少女が抱き合う光景があった。
無銘は帰ってきたのだ、帰るべき場所に。自分の家に。




