4、残党狩り
馬車の走る音が響く。山道を、馬車が走る。
僕は馬車の中で、少女の隣に座っていた。・・・一体何故?
「・・・・・・・・・・・・」
「ふふっ」
少女の楽しそうな声。
少女は嬉しそうに、僕に寄り掛かる。何がそんなに嬉しいのだろうか?僕には解らない。
・・・いや、解りたく無いの間違いか。僕は憂鬱そうに溜息を吐く。
向かいの席で、セバが微笑ましそうに笑っている。その顔は、孫を見る祖父のようだ。
本当に、何故こうなったのだろうか?一体、何がいけなかったのか?
少し、思い返してみる。
・・・・・・・・・
少しだけ、遡る。
「もう、行ってしまうの?」
少女は悲しそうに僕を見る。いや、そんな潤んだ上目遣いで僕を見ないで欲しい。
非常に立ち去りにくい。僕はどうも断るのが苦手だ。
前世では無茶を押し付けられて、何度痛い目を見た事か。もはや数えきれない。
僕は憂鬱そうに溜息を吐く。
「何か、急ぎの用事でもありますかな?」
「いや、別に無いけどさ」
セバの問いに、僕は面倒そうに答える。急ぎの用事など無い。
別に、特に急ぎの用事など無いけど。僕は只、人とあまり馴れ合いたくないのだ。
僕は、独りが性に合っている。それだけの事だ。結局、僕は群れに馴染めない。それに、人に馴染むつもりも全く無い。
だから、僕は独りが良い。独りで居たいのだ。
ああ、独りになりたい。
僕のその反応にどう思ったのか、セバはふむっと頷いた。頷いて、少女の方を見た。
「なら、お嬢様の命の恩人であるこの方を屋敷に招待するのはいかがでしょうか?お嬢様」
「あっ、それが良いよ。そうしましょう‼」
少女は嬉しそうに手を叩いた。えー、僕の意思は?
もしかして、ガン無視ですか?
「あの、僕の意思は?」
「・・・・・・駄目?」
「・・・・・・・・・・・・」
ぐっ。この潤んだ上目遣いが反則なんだ。正直、断りづらい。
頼むから、そんな目で僕を見ないでくれ。
「私の事、そんなに嫌い?」
「いや、好きとか嫌いでは無くてだな・・・」
「・・・私と一緒は嫌?」
「・・・・・・・・・・・・参りました」
いや、もう勘弁して欲しい。この上目遣いは反則すぎる。嫌とは言えなくなる。
こうして、僕は少女の屋敷に招待される事となった。正直、面倒だ。
・・・・・・・・・
そして、現在に戻る。
相変わらず、少女は嬉しそうに僕に寄り掛かってくる。どころか、僕の腕に自身の腕を絡めてくる。
ああ、面倒くさい。鬱陶しい。煩わしい。
「私の名前はリーナ。貴方の名前は?」
「・・・・・・とりあえず、無銘」
「・・・とりあえず?」
僕の名乗りに、リーナは小首を傾げた。僕は無表情を張り付けた顔で頷く。というかリーナさん?いきなりすぎやしませんかね?
まあ、良いけどさ。はぁっ。
「僕は家出したんだよ。だから、無銘」
「っ!?」
リーナは驚きに目を見開いた。うん、流石に家出は無いか。無いよなぁ。
僕は溜息混じりに外を見る。その瞬間。・・・視界に、山賊の姿が映った。
「セバさん、僕を馬車から降ろして下さい。僕が下りたら早急に逃げて下さい」
「・・・っ、え?」
「何かありましたか?」
「どうやら、山賊の残党らしい」
・・・その後、しばらくした後。馬車は停止した。僕が馬車を降りると、すぐに馬車が走り出した。
リーナ、最後は泣きじゃくっていたな。
これだから、人と関わるのは嫌なんだ。面倒な事ばかり。やれやれだ。
山道を僕は一人、立ち尽くす。誰かが居るようには感じない。しかし、僕は確かに山賊達の敵意の視線を感じていた。馬車は、どうやら上手く逃げたようだ。
さて、始めるか。
「出て来い、山賊ども‼子供相手にびびってんじゃねえよ‼」
僕が叫ぶと、木陰からわらわらと山賊が出て来た。5、6、7・・・10人と少しか。
その上、木陰や木の上に数人ほど、隠れているな。また、弓で僕を狙うつもりか?
小賢しい。
「小僧、よくも俺の手下を殺ってくれたな」
「人のせいにするな。山賊なんかやっているんだ、やり返されても文句は言えないだろう」
「っ、うるせえよ!!!やれ!!!」
山賊達が僕を取り囲み、襲い掛かる。中々統制が取れている。しかし・・・。
僕は山賊の半数を一瞬で斬り捨てた。
「なっ!!?」
あまりの出鱈目な光景に、山賊の頭は一瞬目を疑ったらしい。しかし、真実だ。
そのまま、山賊達を斬ってゆく。途中、毒矢が飛んで来たが僕はそれを躱し、奪った剣を投げ付けた。
子供を相手に毒矢とは・・・。小賢しいと僕は一蹴した。
「ガッ!?」
「ゴアッ!?」
「ぎゃあっ!?」
次々と倒されてゆく山賊達。その光景を、山賊頭は呆然と見ていた。どうやら信じられないようだ。
信じられないならそれで良い。僕は山賊達を一掃する。
「なんだ・・・、あのガキは・・・」
そして、最後に山賊頭が残った。僕は、山賊頭に短剣の先を向ける。
「あとは、お前だけだ」
「くそっ、何なんだお前。一体何なんだよ!?」
山賊頭が喚く。僕は真っ直ぐ山賊頭を睨み付け、それに答えた。
「僕は無銘。只の人間のガキだよ」
「お前みたいなガキが居て堪るか!!!」
山賊頭はそう喚くと、短剣を抜きながら僕に突撃してきた。
僕はそれを危なげなく躱し、そのまま斬り捨てた。血だまりに倒れる山賊頭。
僕はそれを見下ろしながら一言呟く。
「失礼な・・・。僕なんか、只のガキだよ」
僕は、只の子供だ。人間の、弱い弱いクソガキだ。
傷付き、泣き喚き、絶望して、それでも生きている。只の一人の人間だ。
「・・・・・・・・・・・・」
僕はしばらくの沈黙の後、その場をとぼとぼと離れて行った。やけに、気分が重かった。
・・・ふと脳裏に前世の最期、失意の内に自殺した僕が過った。ぎゅっと、唇を嚙む。
・・・・・・果たして、僕はまともに死ねるのだろうか?
今度こそ、笑って死ねるだろうか?
「くっだらねえっ」
実に下らない。僕は、幸福などに興味は無い。僕は・・・。僕は只・・・。
・・・・・・・・・
とある貴族の屋敷。
「リーナ!!!」
「・・・・・・お父様」
屋敷に帰ったリーナは帰った瞬間、父親に迎えられた。父親は酷く心配そうだ。
対するリーナは目元を泣きはらし、嗚咽を漏らしている。
「大丈夫か?山賊に襲われたと報告を受けた時は心配したんだぞ。何かされなかったか?」
「お父様・・・あの子が。あの子がっ‼」
「・・・あの子?」
父親は怪訝そうに首を傾げた。しかし、リーナは泣くばかりで要領を得ない。
結果、泣くリーナの代わりにセバが答えた。
「旦那様。実は、お嬢様を助ける為に一人山賊達に挑んだ少年が居たのです」
「っ、何だと!?」
父親は愕然と目を見開いた。リーナが更に泣き喚く。相当、悲しかったようだ。
「恐らく、その少年が居なければわしもお嬢様も逃げ切れなかったでしょう」
「・・・・・・そう、か」
父親の顔が、悲痛に歪む。娘の心境を理解した為だ。
父親はセバに向き直る。
「その少年は、何処の誰かは解るか?」
「いいえ。彼は自身の事をムメイと名乗り、家出したとしか言いませんでした」
「そうか・・・」
父親は悔しそうに顔を歪める。
何処の誰かさえ解れば、或いはその少年の安否が解ったかも知れないのに・・・。
せめて、その少年の身体的特徴でも解れば。
「あと、その少年は綺麗な黒髪に青い瞳をしていました」
「っ、それは本当か!?」
父親の目がこれでもかと見開かれる。その反応に、リーナとセバの方が驚く。
「・・・お父様?」
「リーナ。今の話で少年の親が解ったかもしれんぞ」
「っ、本当!?」
リーナの問いに、父親は頷く。その顔は緊張しきっている。
「さて、かなり厄介な事になったな」
父親はぼそっとそう呟いた。