8、魔物、溢れる
瞬間、天宮の内部が結界によって閉ざされた。天宮を守る為の結界だ。
その硬度、恐らくは神王の全力にすら耐えるだろう。それ程の大結界だ。文字通り、並では無い。
そして、これは後の為の布石であり、配慮だ。
「デウス、結界は張ったぞ!!!思いっきりやれ!!!」
「来い、勝利の槍!!!」
まさに阿吽の呼吸———
魔王ライオネルの言葉に、即座に神王デウスが行動で示す。即ち、神王全力の攻撃だ。
神王の掌に、黄金に輝く長槍が出現する。その槍が放出するエネルギー量に、僕は目を見開いた。
そのエネルギー量、既に超新星にすら匹敵する。個人に対して使用するにはまず過剰だろう。
そのエネルギーは時と共に更に高まり、際限なく高まり続ける。それは、まさしく無限の領域だ。
僕は一目で気付いた。この槍こそ、神王の持つ最強の兵器であると。そう、この槍は兵器だ。神話の中にのみ存在を許された神々の超兵器。それこそ、勝利の槍だ。
恐らくは、勝利の運命そのものを権能として宿した超兵器。勝利の運命を宿す槍。
神王デウスは勝利の権能を宿したこの槍を、侵入者二人に思い切り投げた。
閃光と共に勝利の槍が敵対者へと到達する。その間、刹那にも満たない。避ける事など不可能だ。
その直前、終末王の前にΩが出る。その口元は相変わらず嘲笑を浮かべていた。膨大な熱量と共に眩いばかりの閃光が弾けた。僕は自身の目を腕で庇う。凄まじい衝撃と閃光が、僕達を襲う。
瞼を貫く程の光量。とてもでは無いが、目を開けてられないだろう。
誰もが勝利を確信した。それ程のエネルギー量だ。しかし、その確信は直後、絶望に変わる。
閃光が晴れた、その先には———
「なんだ?その程度か?なら残念だったな」
「なっ!!?」
無傷だった。そう、勝利の槍の直撃を受けて、それでも尚無傷だったのだ。
避ける事など不可能。防御するなど尚不可能だ。なら、何故?
ありえない。誰もが皆、目を大きく見開いた。
勝利の槍はバチバチと雷鳴を奔らせながら、Ωの掌の中で力を失っていく。その光景に、流石の神王ですら愕然とした表情で絶句した。その光景は、それほどありえない物だったのだろう。
勝利の槍が、音を立てて粉々に砕け散った。Ωは嗤っている。
しかし、終末王の方はそれをさも当然のように見ていた。そして・・・
「何を驚いている?宴はまだ、これからだ」
嘲笑するような声音。
終末王はそう言うと、踵をカツンッと鳴らした。瞬間、床一面が眩いばかりの白色光を放つ。幾何学模様が幾重にも広がり、魔法陣が展開された。その光景は、余りにも神々しい。
しかし、直後その神々しい光景から絶望が現れる。
———瞬間、天宮内が燦然と輝く光と共に数多の魔物で溢れ返った。溢れかえる、異形の群れ。
その光景に、全員が絶句する。
「っ、魔物だと!!?」
「ほらほら、早く倒さないと食われるぞ?くはははっ!!!」
「くっ!!!」
魔物の群れが一斉に僕達に襲い掛かる。その向こうで高笑いする終末王とΩの二人。
とはいえ、僕達とて並の魔物にやられるほど弱くは無い。一瞬で魔物の大半を蹴散らす。
この程度の魔物なら、幾億現れようと問題は無い。筈だった・・・。
しかし・・・直後、白色光を放つ魔法陣の輝きが増した。
「ああ、言い忘れていたが、この召喚陣は死んだ魔物の肉体を取り込み、再生して再召喚するぞ?」
「っ!!?」
倒された魔物が召喚陣に呑み込まれ、再び召喚陣から出現する。僕達に戦慄が走った。
何だこれ?これではキリが無いではないか。実にふざけている。僕は心の中で絶叫した。
「では、僕達はこれで失礼しよう。諸君はどうぞ存分に楽しんでくれ給え」
「「待て!!!」」
炎巨人と氷巨人の二人が同時に攻撃した。極寒の冷気と灼熱の炎の同時攻撃。その圧倒的な温度差により空間に著しい負荷が掛かる。結界に皹が入る。
しかし、当の終末王とΩの二人は嘲笑を残して消え去った。響く高笑いが天宮内に残響する。
直後、大きな衝撃と共に天宮が大きく揺れる。天宮の内部を守る結界に大きな亀裂が入った。
天宮を脱出する際、終末王とΩが結界に攻撃したのだ。
恐らくは本人にとって軽く突いた程度なのだろう。しかし、結界にとってはかなりの衝撃だ。
結界が持たない。天宮も大きく揺れる。結界が壊れたら、天宮は秒と持たずに崩壊するだろう。そうなれば僕達は宇宙に全員放り出される。
神霊種であるデウスなら、宇宙空間でもあるいは生き残れるやも知れない。しかし、少なくとも人間である僕と人王三人は死ぬだろう。それは免れない。人間は宇宙空間では生きられないのだ。
結界の亀裂が更に音を立てて広がる。
「くそっ、結界がもう持たねえ!!!」
魔王ライオネルが悲鳴を上げる。結界の亀裂は更に広がってゆく。崩壊は既に間近だ。もう駄目かと皆が諦めに入る中で、僕は———
僕、は———
(僕は、此処で終わるのか?こんな所で・・・また、何も成せずに?)
僕の脳裏を、リーナの笑顔が過った。思えば、僕はあの笑顔に・・・
僕の胸がドクンッと脈打つ。心臓が脈打つ。僕は、あの笑顔に救われていたのか?
僕は、本当は生きたかったのか?本当は諦めきれなかったのか?
全てに絶望していたのは本当だ。誰も信じられなかったのも、嘘ではない。きっと、僕は人間として失格なのだろうと思う。誰と繋がる事も出来ない僕は、きっと人間として失格だ。
誰かを愛する事の出来ない者は、愛される資格など無い。当然の事だ。
けど、本当は僕も誰かと繋がりたかったのだろうか?本当は、僕も誰かと信じあいたかったのか?
僕は、本当は愛されたかったのか?
僕は・・・僕は・・・・・・
『少年、力を欲するか?』
不意に、声が聞こえてきた。その声は、神山の・・・・・・
僕の脳裏に、更に声が響く。
『少年、力が必要か?』
力が、欲しい。この状況を切り抜けるだけの力が欲しい。そう、心から願う。心より祈る。
僕の中で、あいつが獰猛に笑う。
『なら良し。一時的に、お前の力を解放しよう』
瞬間、僕の中で何かが弾けた。僕という身体の中で、宇宙が急速に広がっていく。膨張していく。
それは何処までも広がっていき、無限を越えて更に先へ、虚無の果てへ。何処までも何処までも。
無限を越えて、無限の更に先を越えて、虚無の領域へ。
遥か先へと広がり、際限なく膨張していき。やがて極大宇宙へ。原初の宇宙を越えて虚無の宇宙へ。
全てを呑み込み、虚無へと還す。そして。全ては零へと至る。
「「「「「「「「「っっ!!!!!!!!!」」」」」」」」」
瞬間、全員が僕の方を振り返った。その直後、異形の魔物の群れが魔法陣共々吹き飛んだ。
僕に攻撃したつもりなど無い。只、力を解放した余波だけで魔物が魔法陣共々に吹き飛んだのだ。
その余波で天宮も吹き飛びそうになるが、問題ない。僕の中の■■■■から、新たな××を創造する。
その××を、天宮に付与する。瞬間、天宮全体が神々しい光を放った。それはまさしく極光だった。
奇しくも、その時僕は初めてその力を全力で振るったのだ。そして———
光が収まると、天宮は再び何事も無かったように可動を始めた。
・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・お前、一体?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
呆然とした声が響く。
天宮、世界会談の会場でじっと立ち尽くす僕を、神王デウスは呆然とした声で問うた。
しかし、僕は答えない。否、答える事すら出来ない。もう、先程までの全能感は全く無い。
他の皆も、呆然と僕を見ている。誰も言葉を発する事が出来ない。皆、呆然と立ち尽くしている。
しかし、僕ももう限界だ。そう思った瞬間。
「—————————っ」
僕の意識は突如として暗転した。




