4、天宮
「っ、此処は・・・?」
思わず、僕は愕然とした声を上げた。
・・・僕の視界は、突如として全く異なる空間に変わった。部屋の巨大な窓からは、広大な宇宙空間と青く輝く星が見えた。あの青い星は、ウロボロスの世界だろうか?という事は、此処は宇宙?
窓の側に近寄って外を眺める。やはり・・・此処は宇宙、衛星軌道上で間違いないようだ。
これは、空間転移か?全くの未知に、流石に僕の心は動揺を隠せなかった。流石に、表情に出すような間の抜けた事はしないが。しかし、それでも心の動揺は隠しようがない。僕の頬を、冷や汗が伝う。
その僕の動揺を見抜いていたのか、国王イリオは苦笑を浮かべた。
「空間転移は初めてか?」
「・・・・・・ええ、まあ」
僕は、呆然としながらもそう答えた。そう、空間転移など初めてだ。全くの未知の体験だ。
そんな僕に、国王は余計に苦笑する。
「・・・・・・そうか。それにしても、空間転移を始めて経験したのに酔いもしないとはな」
「・・・は?酔う?」
・・・・・・酔う???
僕は思わず国王の方へ怪訝な顔を向けた。これが、騎士達の前だったら不敬罪だと騒がれただろう。
しかし、国王はそんな事は些事だと豪快に笑った。ふむ、器がデカいな。それとも、単に細かい事を気にしない性格なだけかもしれないが。まあ、それこそ些細な事か。
とりあえず、僕は落ち着きを取り戻す。落ち着きを取り戻して、国王をじっと見る。
「うむ、初めて空間転移を経験した者は、急な環境の変化に対応出来ずに酔うのだ」
「・・・・・・・・・・・・」
じゃあ、何か?僕はもしかしたら、天宮に到着してすぐに酔っていた可能性もあったと言うのか?
呆れた表情を、国王に向けた。しかし、国王はそんな事にはお構いなし。全く、やれやれだ。
思わず、僕は溜息を吐いた。と、その直後・・・部屋の扉が開いた。其処には、黄金の青年が居た。
「・・・・・・ふむ、よくぞ来た。無銘、そしてイリオよ」
凛とした声が、部屋に響き渡る。
其処には、黄金の髪と瞳をした青年が立っていた。その金の瞳は僕を見て心底愉しげだ。
僕は即座に理解した。この男の所作の一つ一つが神秘的な力を持っている事を。恐らく、只の人間なら目の前に居るだけで屈服してしまうだろう。それだけの神性を、この男から感じる。
・・・しかし。
・・・何故だろう?この男を、僕は知っている気がする。初めて会った筈なのに?いや、本当に僕はこの男を知らないのか?何故か、この男とは初めて会った気がしない。以前、何処かで会った気が。
そして、その男を見て国王は笑みを深めた。
「神王デウスか。して、今回は何の用だ?」
神王デウス。どうやら、この男が神々の王らしい・・・。なるほど、確かに言われてみれば超越者としての覇気を感じる。それに、何故だろう?やはりこの男とは何処かで会った気がする。
僕が首を傾げる中、神王は不敵に笑う。その笑みが妙に様になっている。一種のカリスマだろうか?
「なに、最近小賢しくも暗躍する影があってな。その事について少し話そうと、な。それに・・・」
そう言って、神王は僕の方を見た。何だ?その瞳は、全てを最初から理解している眼だった。
いや、その瞳は間違いなく最初から総てを知っている眼だ。この男、まさか・・・
「お前と、少し話しておきたい事があってな。少し場を設けたのだ」
「・・・・・・僕は、以前貴方と会った事がありましたか?」
僕は、思わず神王に訊ねる。その額には一筋の冷や汗が。
対して、神王は愉しげに笑いながら頷いた。
「うむ、その件も会談の際に話そう」
そう言って、神王は不敵に笑う。その笑みも実に様になっている。実に雄々しく輝いている。
・・・確かに、この男は神々の王だ。僕は一目でそれを理解した。理解させられた。
やはり、そういう事か。僕は納得した。納得して、理解した。
要するに、この神王は文字通りの全知全能なのだ。全てを知り、全てを成し遂げる唯一絶対の神。
僕は、前世においてこれに近しい概念を知っていた。その名は・・・
「唯一神、か・・・・・・」
「懐かしい呼び名だ。そう呼ばれた事もあったな」
そう言って、デウスは笑った。なるほど、僕は確信した。どうやら、神王デウスはあの唯一神と同一の存在と呼べるらしい。中々、人生とは解らないものだ。僕は思わず、苦笑した。
・・・しかし、それにしても。ふと僕は思った。
もし、文字通りの全知全能なのだとしたら。神王デウスは僕の転生した経緯を知っているのかもな。
いや、もしかしたら僕の転生自体がこの神の意思による物かも知れない。だとすれば・・・
僕が、前世の記憶を持って転生した事の意味が解るだろうか?僕が転生した事の意味が。
前世の記憶を持って転生した理由が———
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
いや、だから何だというのか。僕が前世の記憶を持って転生したからと言って、僕は僕だ。それだけは何も変わらないし違えない。僕は僕だ、例え転生しても何も変わらないし変わってたまるか。
そんな僕を見て、何を思ったのかデウスが苦笑した。
「・・・そうだな。これだけは今、言っておこうか。無銘、お前は自身で望んだから前世の記憶を保有したまま転生したのだ。お前が記憶を持って転生したのは他でも無いお前の意思だよ」
「・・・・・・・・・・・・は?」
・・・・・・何だって?
思わず、僕は唖然とした。記憶を持って転生した事が、僕自身の意思だって?僕が望んだ事だって?
それはつまり、どういう事だ?いや、僕が前世の記憶を残す事を望んだ?あの記憶を残す事を?
僕の脳裏を、前世の地獄が過る。あの地獄のような記憶を保持する事が、僕の望んだ事?
僕は混乱した。混乱し、困惑した。
神王は混乱する僕を見て再び苦笑を浮かべる。苦笑を浮かべ、やがて静かに頷いた。
「まあ良い。その話も会談の際に話そう・・・。今は会談の会場に向かおう、そろそろ時間だ」
「む?もうそんな時間か」
そして、僕と国王イリオと神王デウスは部屋を出た。その先には、中央に巨大な円卓のある部屋。恐らくこの部屋が世界会談の会場だろう。円卓の中央に、ウロボロスの世界が立体映像で映っている。
円卓には、九つの椅子が用意されていた。王達の椅子と、僕の椅子だ。
部屋の周囲にそれぞれ、八つの扉とその上に異なる紋章が刻まれている。その八つの扉の一つが、僕達が今居た部屋の扉だ。恐らく、それぞれの扉の部屋がそれぞれの王に充てられた部屋だろう。
そして、僕達がさっきまで居た部屋がオーフィスの国王に充てられた部屋だと。
そう、此処が世界会談の会場。人造衛星”天宮”だ。
・・・・・・・・・
その頃、王都のエルピス屋敷で。リーナ=レイニーは心配そうにそわそわしていた。その姿は、恋する乙女そのものだろう。そんな彼女を、メイドのマーキュリーは苦笑を浮かべて宥めた。
先程から、ずっとリーナはこんな様子なのだ。不安そうにそわそわしている。何かを恐れている。
「落ち着いて下さい、リーナお嬢様。きっと、シリウス様も無事に帰ってきますよ」
「マーキュリーさん・・・。けど、私・・・・・・」
「シリウス様の事を、そんなに信じられませんか?」
「・・・・・・・・・・・・そうじゃないの。ううん、けど・・・・・・私は」
リーナは尚も心配そうに、不安そうにそわそわする。リーナの巫女としての直感が、予感めいた不安を呼び起こすのである。その不安を、リーナは拭い去る事が出来ないのだ。
何か、無銘の身に何かが起こる気がするのだ。途轍もなく嫌な予感がするのだ。
その何かが解らず、リーナは不安を拭う事が出来ないのだ。それが、余計に不安を呼ぶ。それが、とてももどかしいのである。彼が、無銘が心配だ。
・・・リーナは必死に祈る。無銘の無事を、きっと無事に帰って来る事を・・・。彼女は祈る。




