3、いざ、ソラへ
さて、世界会談の当日になった・・・。朝、僕の私室で。
僕は屋敷で荷物の最終整理をしている。とはいえ、特にやる事も無く、すぐにそれも終わった。
それ程、荷物も多くは無い。それこそ、せいぜいが普通の鞄に入る程度だ。念の為、護身用の木剣と短剣を腰に差していく。まあ、護身用の為だ。
木剣はともかく、短剣は正直会談には不要だと思ったが、数日前、神王から必ず持ってくるようにと事前に連絡があったらしい。一体この短剣が何だと言うんだ?そして、神王とは何者なんだ?
この短剣は、母から譲り受けたものだ。何か、関係があるのか?
と、物思いに耽っていた時・・・。不意に僕に声が掛けられた。
「・・・・・・ムメイ、本当に大丈夫?」
リーナが心配そうに、声を掛けてくる。何に対する心配か?それは、言うまでも無いだろう。リーナは心配しているのだ。僕が無事に帰ってこれるのかを。
リーナは巫女の資質を持っている。その資質が、不吉な予感を覚えたらしい。巫女の託宣。
今にも泣きそうな目で、リーナは僕を見詰める。僕を純粋に心配してくれる。
僕は、そんなリーナが何だか無性に可愛く思えて。思わず、そっと抱き締めた。リーナも僕の背に腕を回して強く抱き締めてきた。やはり、不安なのだろう。その身体は小刻みに震えている。
そんなリーナを安心させたくて、僕は彼女の背中を出来る限り優しく撫でた。
柔らかく、温かく、そして何よりも愛おしい・・・。
「大丈夫、僕は必ずリーナの許に帰ってくるから。だから待っていて欲しい」
「うん、私、待っているから・・・。必ず私の許に帰ってきて・・・・・・っ」
その声は、最後は震えていた。きっと、リーナは今、涙を必死に堪えているのだろう。そんな彼女を僕は泣かせたくないと思っている。震える彼女を見ると、僕の心が軋む。この痛みが、何よりも辛い。
・・・思えば、こんなに誰かの事を気に掛けたのは初めてだった。前世の僕ではきっとありえない。
そう、ありえなかっただろう。それほど、僕は人間不信が極まっていたのだ。
誰の事も信じられない。誰も信じたくない。
救いなど求めてはいない。幸せなど求めてはいない。
誰も要らない。誰とも関わりたくない。僕は、一人が良い。一人で居たい。
だからこそ、強くなりたい。独りで生きていける強さが欲しい。
ずっと、そう思っていた。これからもそうだと思っていた。変わる事など無いと思っていた。このまま僕は変わらないと思っていた。変われないと思っていた。
僕はそういう人間だから。永遠にそのままだと、そう思っていた。なのに・・・。
・・・その筈なのに。今はこんなにも彼女の事に心が裂けそうになっている。
解らない。理解出来ない。何故、僕はこんなに心が痛いのか?理解出来ないよ、リーナ。
・・・寂しい生き方。前世で、僕に対してそう言った人が居た。ああ、きっとその通りなのだろう。
僕はきっと、周囲から見たら寂しい人間に見えるのだろう。それは、孤高ではなく只の孤独だ。
けど、それでも良いと思っていた。僕は変われないし、変わりたくないと思っていた。
僕は、永遠にそのままで良いと思っていた。永遠に変わらないと、そう実感していた。筈なのに。
けど、僕は変わってしまった。変わり果ててしまった。何故、こうなってしまったのか?
僕は・・・僕は・・・・・・
「ムメイ・・・・・・」
リーナがそっと、僕の背に回した腕に力を籠める。僕も、リーナを抱き締める腕に力を籠めた。
・・・僕は、一体何処に向かうのだろうか?僕には解らなかった。僕自身にも解らなかった。
・・・・・・・・・
・・・屋敷を出て、王城に向かう。王城の門前には大きな体格の門番が立っていた。
さて、僕は門番に軽く会釈して王城の中に入った。王城には何度も出入りしている為、この門番とは既に顔見知りになっていた。門番は王城に入っていく僕を見て、苦笑を浮かべている。
世界会談に僕が参加する事を、門番である彼は知らないだろう。彼はあくまで門番、最重要機密である世界会談の事は知らされていない。それは、当然の事だ。
しかし、恐らく僕が何か重要な案件に呼ばれた事は察しているようだ。故に、彼は苦笑を浮かべた。
・・・思わず、僕は溜息を吐きたくなった。精神的な疲労が溜まるばかり。
僕は、疲れたように苦笑を浮かべた。どうやら、僕は精神的にかなり疲れているようだ。
・・・これではいけないな。僕は、気を取り直した。
王城の中を進み、やがて玉座の間の前に着いた。目前には玉座の間の大扉がある。一対のグリフォンの絵が描かれた白銀の大扉。その大扉の前に、一人の騎士が立っていた。
・・・というか、騎士団長のビビアンだ。
ビビアンは僕の姿を確認すると、首肯して大扉の向こうに向かって叫んだ。
「シリウス=エルピスが今、到着しました!!!」
直後、大扉がゆっくりと開く。その向こうには国王イリオ=ネロ=オーフィスが玉座に座っていた。
その隣には、王子のクルト=ネロ=オーフィスが立っている。クルト王子は僕の姿を見ると、にやりと不敵に笑みを浮かべた。そんな彼に、僕は口元を引き攣らせる。
練兵場で決闘をして以来、どうやら僕は王子に気に入られたらしい。王子曰く、人の良し悪しはまず剣を交わしてから決めるとの事だ。どうやら、王子は生粋の戦闘狂らしい。
現に、王子は今も僕と戦いたそうに視線を向けている。本当に面倒な。心の中でそっと溜息を吐く。
・・・そんな僕を見て、国王は苦笑を浮かべていた。どうやら、僕の心情を察したらしい。
まあ、とりあえず。玉座からある程度の距離まで近付くと僕は国王に跪いた。
「シリウス=エルピス、只今参りました」
「うむ、よくぞ来たな、シリウスよ。今から天宮に向かう。来るがいい」
そう言うと、国王はおもむろに立ち上がり、玉座の向こうにある黒い鉄の扉に向かい合った。国王がその鉄扉に掌をかざすと、鉄扉は僅かに光を放つ。そして、重厚な音を立ててゆっくりと開いた。
「シリウスよ、来い」
国王に言われ、僕は国王と共に黒い鉄扉の向こうに入った。王子は玉座の間に残っている。
どうやら、王子は此処で待機らしい。何の為に此処に居たんだか?僕は思わず、苦笑した。
王子が手をひらひらと振っていたが、僕はもう気にしない事にした。
・・・僕は国王の後ろを付いていく。薄暗い回廊には、所々薄く発光する鉱石が埋め込まれている。
どうやら、この回廊内での光源はこの鉱石らしい。薄く、緑色の光を発している。
回廊内を歩く事、およそ数分ほど。回廊は一本道だ。
しばらく歩いていると、再び目の前に鉄扉が見えてきた。今度は蒼い鉄扉だ。青では無く、蒼。
再び、国王はその鉄扉に掌をかざす。すると、鉄扉は重厚な音を立てて開いた。その蒼い鉄扉の奥に広大な空間が姿を現した。思わず、僕は目を見開いて驚いた。
一言で言うと、神秘的だった・・・。
恐らく、何かの儀式場だろう。中央には祭壇のようなものがあり、祭壇の中心に黄金に輝く方陣。
祭壇の周囲にはごうごうと燃え盛る炎を灯した四つの円柱。その更に周囲を白銀に輝く円陣が。
それが、とても神秘的だ。僕は思わず、その光景に見入る。見入って、しまった。
「・・・・・・此処は?」
「此処は”天に至る回廊”。天宮へと通じる通路だ」
思わず言葉を漏らす僕に、国王はそう言った。天に至る回廊・・・。どうやら、此処は天宮に直接通じる転移方陣らしい。なるほど、まさに天に至る回廊だ。
「この方陣に入れば、自動で天宮に転移する仕組みとなっている。もう覚悟は良いか?」
「はい、大丈夫です・・・」
僕が頷くと、国王は豪快な笑みを浮かべた。そして、二人揃って輝く方陣に入る。
直後、祭壇を黄金と白銀の光が渦を巻く。そして、その光がやがて収束していき・・・。
・・・気付けば、其処は知らない部屋だった。
ついに、人造衛星”天宮”に到着しました。