3、少女との出会い
とある山道、其処で馬車が山賊に襲撃を受けていた。
「いやっ‼放して!!!」
「へへっ、放すかよ‼」
私は絶望の淵に居た。山賊に襲われ、囚われの身に堕ちる事を覚悟した。
「くっ、お嬢様を放せ!!!わしはどうなっても構わん。・・・お嬢様だけは」
「うるせえよ!!!」
「ガッ!?」
「じいやっ⁉」
私を助けるよう懇願するじいやが蹴り付けられた。私は思わず悲鳴を上げる。
山賊の嘲笑う声が響き渡る。もう、駄目か・・・。
そう、私が諦めかけた。その時———
山賊の一人に石の礫が投げ付けられた。
「ぐあっ⁉」
その直後、何かが山賊の一人を強襲する。その何かは、山賊の一人に短剣を突き立てた。
それは、私と同年代くらいの男の子だった。まだ10歳ぐらいの少年。そう、まだ少年なのだ。
そんな少年が、山賊を相手に私を助けてくれた。私は胸が高鳴るのを覚えた。
・・・この時の事を、私はきっと何時までも忘れないだろう。
・・・・・・・・・
・・・僕は今、裏山を越えて険しい山道を歩いている。この山道を越えれば、その先にエルピス伯爵の治める街がある。
僕は、その街にあるギルドで冒険者の登録をしようと思っている。
冒険者とは、一定の土地に定住せず探索と魔物の討伐を生業とする者達の事だ。
基本的に、ギルドに所属しギルドの斡旋する仕事で食い繋いでいる。
ならず者の吹き溜まりと揶揄される事もあるが、中々自由度の高い職業らしい。
冒険に魅力を覚えた者のたまり場ともされるのが証拠だろう。まあ、他に行き場を失ったならず者も確かに集まるようだが・・・。
ギルドの発行するカードは身分証明書にもなり、この世界全土で有効となる。
以前、村に来た冒険者の男が言っていた。ギルドカードは魔術により偽造が不可能となっていると。
それ故、ギルドカードは金貨千枚に匹敵する価値があるらしい。故に、ギルドカードは冒険者にとって誇りと同じ意味があるとか。
・・・話が逸れた。
山道を歩いていると、ふと何か鉄臭い香りが鼻を突いた。これは・・・血の臭い?
どうも、面倒な予感がする。
そっと、木陰に隠れて様子を見てみる事にする。すると、其処には予想通りの光景が広がっていた。
其処では、貴族の物とと思われる馬車が山賊に襲われていた。
「いやっ‼放して!!!」
「へへっ、放すかよ‼」
貴族らしい身なりの良い少女が、山賊に捕まり必死にもがいている。執事と思われる白髪の老人が少女を解放しろと喚き、山賊に蹴り付けられる。
執事が血を吐き、崩れ落ちる。少女が悲鳴を上げた。
山賊の笑い声が響き渡る。僕の胸がざわついた。どうも嫌な気分だ。黒い感情が湧き上がる。
しかし、僕が行って何になる。どうせ、あんな奴等なんか何とも思っていないくせに。
ああ、そうさ。僕はあんな奴等、どうなろうと知った事では無い。知った事では無いんだ。
・・・それなのに。
「・・・・・・・・・・・・っ」
その、筈なのに。何故こうも胸がざわつくのか?嫌な気分だ。本当に、嫌な気分だ。
ああ、ちくしょうっ‼
気付けば、僕は動いていた。何故この時動いたのかは解らない。只、衝動的にとしか言いようが無い。
・・・そう、本当に解らないんだ。
僕は、山賊の一人に石を投げた。投げた石は見事、山賊の後頭部に命中した。
「ぐあっ⁉」
山賊の集団に一瞬の隙が出来た。その一瞬で充分。僕は山賊に向かって強襲する。
短剣を真っ直ぐ山賊の喉元に突き刺した。
「ごあっ!!?」
「何だ、貴様あっ!!!」
山賊が吼えるが、それに構わず僕は短剣を振るう。また一人、山賊を倒した。
少女を背後に庇い、山賊を斬る。
相手の言葉に構っている余裕は無い。相手に余裕が戻る時間など与えない。すぐに潰す。
・・・しかし。
「っ⁉」
「きゃあっ!!!」
僕の肩に、矢が深々と刺さった。どうやら、隠れている奴がいたらしい。
少女の悲鳴が響く。うるさい。
しかし、怯んでいる余裕など無い。そんな隙など作らない。こんな程度、何とも無い。
僕は地面に落ちていた山賊の剣を拾い、木陰に隠れている奴に投げ付ける。
「ぐぎゃっ!?」
これで、隠れている奴は居ない筈。そう思った瞬間、背中を斬られた。
「ぐっ!?」
しかし、それでも僕は倒れない。
まだだ、まだ僕は生きている。僕は、此処に居る。
背後の山賊を、僕は斬り捨てる。まだだ、まだ敵は居る。倒すべき敵が居る。まだだ、もっともっと。
僕は、まだ倒れない。
僕は山賊を斬って斬って、斬り続ける。僕も無傷では済まない。もう、傷だらけだ。身体中が痛い。
けど、痛みがあるのは生きている証明だ。僕はまだ生きている。なら、まだ戦える。
まだまだ僕は、戦える。
そして、最後の山賊と対峙した。山賊は僕に、憤怒の瞳を向けている。
「てめえっ、よくも俺の同胞を・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
何か言っているが、良く聞こえない。血を流し過ぎた。足元もおぼつかない。痛みも大分薄れてきた。
もう、かなりまずいだろう。
しかし、それでも僕は山賊を真っ直ぐ見据える。真っ直ぐに山賊を睨み付ける。最後の力を振り絞って短剣を構える。
動いたのは、同時だった。
「死にやがれ!!!」
「お前がな!!!」
僕は紙一重で山賊の振るう戦斧を躱し、短剣を振るった。短剣の刃が閃く。
一瞬の静寂。やがて、山賊はわき腹を押さえて崩れ落ちた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
山賊を全員倒した事を確認すると、意識が急速に薄れてきた。
駄目だ。流石にもう、限界だ。
そう思った瞬間、僕の意識が暗転した。最後に、何か聞こえた気がした。
・・・・・・・・・
・・・どれほど、眠っていたのだろうか?意識が唐突に覚醒した。
良く見ると、僕は少女の膝枕で寝ていた。少女は、泣いていた。
「あ、目を覚ました?」
「此処は・・・?っ、ぐうっ!!?」
身体に激痛が奔った。思わず、顔を顰める。
「っ⁉だ、大丈夫?」
「っ、あ・・・。だ、大丈夫」
何とか、それだけ伝える。しかし、僕の顔は苦痛に歪んでいる為、説得力は無い。
少女の顔が悲痛に歪む。
そんな顔を見るのが嫌で、僕は身体を起こす。激痛が奔った。痛い。
「あ、や・・・駄目だよ。まだ動いちゃ‼」
「・・・もう、大丈夫だから」
「そんな⁉全然大丈夫じゃ無いよ‼」
「大丈夫・・・僕は大丈夫、だから・・・」
そう言って、僕はそれでも身体を無理矢理起こそうとする。
もう、弱いのは嫌だ。自分が弱いばかりに、全てを失うのは嫌だ。
僕が弱かったから、無能だから、だから僕は全てを失った。
もう、あんな気持ちを味わうのは御免だ。僕は、独りでも生きていける強さを身に付ける。
「失礼ですが、もう少し休んで行かれてはどうでしょうか?」
執事が僕に話し掛けてくる。その表情は柔らかい笑みを浮かべている。
「・・・貴方は」
「失礼しました。わたくし、お嬢様の専属執事をしていますセバと申します」
執事、セバは丁寧な所作で挨拶をする。中々見事な挨拶だ。
「・・・しかし、セバさん。僕は何処の誰とも知らない部外者ですよ?」
「ははっ、ご謙遜を。貴方はお嬢様を命がけで助けて下さったではないですか」
「それは・・・・・・」
それは・・・。只、何となく気に食わなかったからで。
僕がそう答えると、セバは上品に笑いながら言った。
「貴方はお嬢様の命の恩人なのです。せめて、もう少しの間だけでも共に居てやって下さい」
その言葉に、僕は溜息を吐いた。溜息を吐いて、肩の力を抜いた。
「解ったよ」
そう言って、僕は再び少女の膝に頭を乗せる。少女は嬉しそうに微笑んだ。
その微笑みに、僕は不機嫌な顔でそっぽを向いた。ああ、面倒だ。