番外、リーナとデート
・・・さて、僕は現在リーナとデートをしていた。場所は王都の商業区、露店の建ち並ぶ通りだ。
今日は珍しく、僕からリーナにデートをしようと言った。当然、リーナはかなり喜んださ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「~~~♪」
リーナが御機嫌な様子で鼻歌を歌う。僕の腕にしっかりと抱き付き、その豊かな柔らかいふくらみを存分に押し付けてくるのだ。正直、周りの視線がうざったい事この上ない。
僕達を見てにやにやする者、微笑ましげに見る者、嫉妬の視線を向ける者、興味深そうに見る者。
それぞれ様々な視線を向けてくる。うん、うざったい。
・・・まあ、それはともかくとして、今僕は自身の貞操の危機を本気で感じている。それは何故?
その理由は・・・まあ、要するにあれだ。今朝またリーナが僕のベッドに全裸で潜り込んでいた。
しかも、今度は僕の身体に絡みつくように抱き付いてだ。当然、その柔らかい二つのふくらみが僕の身体に押し付けられ、彼女の吐息を直に感じる。うん、とても柔らかかったさ。
彼女を無理矢理引きはがそうと身動ぎすると、艶っぽい喘ぎ声を漏らすのだ。そして、あろう事か更に強く抱き付いてその身体を擦り付けてくる。流石に僕も焦ったさ。
僕は服をちゃんと着ていた。だから貞操は守られている筈だ。その筈なんだ。大丈夫、心配ない。
・・・本当に、僕の貞操は大丈夫かな。今更心配になってきた。本気で心配になってきた。
「・・・・・・はぁっ」
「ふんっふふんっふふ~ん♪」
リーナは相変わらず、とても機嫌が良い。それがとても不気味だ。どうやら、昨日花束と共に指輪を渡した事がとても嬉しかったらしい。凄まじく機嫌が良い。
あと、僕からデートをしようと言いだした事も、決して無関係では無いだろう。
周囲の人達は既に、砂糖を樽一杯分吐きそうな顔をしている。うん、ごめんなさい。
「リーナ?リーナ‼」
「らんっららんっ・・・・・・ん?」
リーナが僕の方を見る。その満面の笑みが、とても眩しい。僕は思わず、うっと唸った。
しかし、これだけは言わねばならないだろう。そう決意を籠めて、僕は言った。
「あのだな・・・・・・僕のベッドに、全裸で潜り込むのは止めてくれないかな?」
空気がピシイッと凍り付いた。周囲の人達は愕然とした表情で僕を見ている。全員、僕の方を見て一様に凍り付いているようだ。その顔は、僕の言葉に信じられないと言った様子だ。
というより、信じられない言葉を聞いたという感じか?しまった、此処は人通りが多すぎた。普通に周囲に丸聞こえである。しくじったか。
そして、当のリーナは僕の言葉にかなりのショックを受けた顔をしていた。うん、ごめん。
僕は心の中で、こっそりとリーナに謝る。見ると、リーナの目尻に涙が溜まってきていた。
周囲からの視線が痛い。僕は小さく溜息を吐くと、リーナの腕を引き猫の看板の喫茶店に入った。
周囲からの視線は相変わらず痛かったさ。あと、僕とリーナの様子に猫獣人のウエイトレスが好奇心に満ちた目を向けてきたのがかなり鬱陶しかった。うん、かなり鬱陶しかったさ。
・・・・・・・・・
現在、僕とリーナは喫茶店の個室で昼食を食べていた。僕はスパゲッティっぽい麺料理を、リーナはコカトリスの卵を使ったオムレツを食べていた。味は普通に美味い。
「で、だ・・・。リーナ、流石にこう毎回僕のベッドに潜り込まれてもな?しかも、全裸でベッドに潜り込むなんて意味を理解しているのか?」
「・・・・・・理解して、いるよ?私、全て覚悟の上だよ?」
リーナは頬を赤く染めて、僕を真っ直ぐに見据えた。その瞳は羞恥に潤んでいる。
どうやら、リーナはその意味を理解した上で尚、僕のベッドに入ったらしい。そう、最初から全て承知の上での話なのだ。全て理解していた事なのだ。
しばらく見詰め合う僕とリーナ。やがて、僕は静かに溜息を吐いた。
「なあ、リーナ・・・そんなに僕の事が好きなのか?」
「解っているでしょう?ムメイ、私は貴方の事が大好きだって・・・」
リーナは僕を真っ直ぐに見詰め、一切のためらいもなく言った。その瞳は僕を真っ直ぐに見ている。
そうだ、リーナは僕を大好きだと言ってくれる。純粋に僕を愛してくれる。愛してくれている。
・・・しかし。
「リーナ、君が僕を心から愛してくれているのは正直嬉しく思う。けど、それこそ世の中僕よりも良い奴はたくさん居る筈だ。リーナを幸せにしてやれる奴が他にいる筈だ」
「・・・・・・・・・・・・」
リーナがとても傷付いた表情をする。僕の胸がチクリと痛む。きっと、気のせいだろう。
僕は、暗に僕じゃあリーナを幸せにしてやれないと言っている。リーナに僕は相応しくないと。
だから、僕は冷めた瞳でリーナを真っ直ぐに見詰めて言った。
「何も、僕みたいな人間不信が極まったような、大馬鹿を相手にしてくれなくても良いんだ。リーナは自分の好きにして良いんだ。だから———」
瞬間、僕をリーナが強く抱き締めた。リーナの力だ、僕の力とは比べるべくも無い。しかし、僕はそれを振り解く事が出来なかった。リーナに抱き締められたまま、僕は硬直してしまう。
リーナは、静かに肩を震わせ泣いていた。静かに泣きながら、僕を抱き締めていた。
その姿に、僕は思わず硬直してしまったのだ。
「ムメイ・・・私は私の意思でムメイを選んだんだよ?私が大好きだから、ムメイを選んだんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「私は私の意思で、ムメイを選んだ。だから、今更そんな事を言わないで」
・・・ああ、そうか。僕は、心の中ですとんっと何かが落ちるのを感じた。僕は、リーナをそっと強く優しく抱き締めた。リーナの肩がびくっと震える。
僕は更に、リーナを強く抱き締めた。リーナの腕も、僕を強く抱き締める。
「ありがとう、リーナ」
「・・・・・・うん」
僕とリーナは静かに抱き締め合った。それを、ドアの隙間から猫獣人のウエイトレスが好奇心旺盛な目で静かに見ているのだった。仕事しろよ、ウエイトレス。
・・・・・・・・・
喫茶店を出て、ついでに王都も出て、僕とリーナは王都の外を歩いている。リーナはきょとんっと小首を傾げて僕に連れられるまま、僕の後ろを付いていく。
現在、僕達は王都の外、自然公園の森の中だ。自然豊かな森の中を、リーナは僕に引かれて進む。
「ねえ、ムメイ?何処に行くの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・ムメイ?」
僕は何も答えない。リーナは更に怪訝そうにする。しかし、僕はやはり何も言わない。そのまますたすたと歩いていくだけだ。その姿に、やがてリーナは不安になってきた。
「・・・・・・ムメイ!!!」
「着いたぞ」
・・・え?と、リーナはきょとんっと前を向いた。其処には———
「・・・・・・うわぁ」
色彩鮮やかな花畑があった。極彩色の花々に日の光が降り注ぎ、妖精たちが元気に飛び回っている。
まさに、神秘的な光景だった。幻想的な光景だった。リーナはその光景に目を奪われていた。
・・・リーナのその様子に、僕は満足そうに頷いた。
「どうだ?この日の為に、おすすめのデートスポットを聞いて来たんだ」
「・・・・・・っ」
そのとびっきり不器用な気遣いに、リーナは思わず息を呑んだ。そして、涙ぐんだ瞳で僕を見て、そのままがばりと抱き付いた。僕は、それを柔らかく受け止める。
昨日、僕はビビアン騎士団長を含めて数人ほどからデートにおすすめの場所を聞いて回った。それがこの王都自然公園の森の中にある妖精の花園である。
・・・妖精たちは、抱き合う僕達の周りできゃっきゃっと飛び回る。
「気に入ったか?リーナ・・・」
「うん、ありがとうっ・・・ムメイ!!!」
リーナはそう言うと、感極まったように僕にキスをした。




