10、彼女との距離
次の日の朝・・・
鳥のさえずりと共に僕は目を覚ました。窓からは朝の日の光が差している。うん、清々しい。
・・・清々しい、んだが。僕は冷や汗を一筋垂らす。今、僕は戦慄している。
何故か?その理由は・・・
「・・・・・・ん、すぅ~っ・・・。すぅ~っ・・・」
目の前には圧倒的な肌色が。僕の腕には温かく、そして柔らかい感触が。冷や汗が増大する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何故?」
僕は絞り出すように呻いた。僕の心の中を、混乱が吹き荒れるのを感じる。
本当に何故だろうか?今、僕の隣にはリーナが寝ている。しかも、全裸で僕の腕を抱き締めて。
何故此処にリーナが?何故全裸?何故?何故?何故?
・・・何度考えても理解不能だった。意味不明だった。
むにゅっと僕の腕に柔らかい感触が直接伝わる。いや、焦るな僕。落ち着け、僕。僕は慌てて深呼吸を繰り返し行うと改めて考える。うん、気持ちいい・・・って違う!!!
確か、昨夜僕とリーナはそれぞれ別の部屋で寝た筈だ。それなのに、何故僕とリーナは一緒のベッドで寝ているのだろうか?いや、そんなの理由は解りきっている。
・・・僕はリーナを見る。
「・・・・・・んぅ」
「・・・・・・・・・・・・また、僕のベッドに忍び込んだな?」
僕は思わず溜息を吐いた。嗚呼、頭痛が痛い。誤字に非ず。
しかし、腑に落ちない点はまだある。何故、リーナは全裸なんだ?今まで、リーナは僕のベッドに忍び込む事はあれど決して全裸では無かった筈だ。
僕はリーナの裸体を見る。うん、綺麗だ。って違うっ!!!
・・・もしや、ついに一線を越えた?そう、頭の中を過り蒼褪める僕。その直後。
「・・・・・・ん、んみゅぅ?」
「っ!!?」
何とも可愛らしい声で、リーナは目を覚ました。思わず僕はびくっと肩を震わせる。
リーナは目を擦りながら、僕の方をじっと見る。その目はとろんっとしている。
「・・・ん、ムメイ♪」
リーナは僕の首に腕を回し、そっと抱き付いた。僕とリーナの間で柔らかい感触がする。僕は思わず胸がドキリと高鳴った。寝起きのリーナが何だかとても可愛く思えたのだ。
・・・何だ、この気持ちは?胸がドキドキする?頬が熱い?
僕は胸の高鳴りをごまかすように、そっぽを向いて言った。
「リーナ、とりあえず服を着ろ」
「ムメイ・・・、私にドキドキしてる?」
「・・・・・・・・・・・・っ」
どうやら、リーナにはばれていたらしい。僕の頬が熱くなっていく。何だ、この胸の高鳴りは?
僕は思わずリーナと向き合う。リーナの頬も、ほんのりと赤く染まっている。可愛い?
僕は今まで感じた事の無い、未知の感覚に困惑する。訳が解らない。一体何だ、この感情は?
「ふふっ、ムメイ・・・大好きだよ。愛してる」
「っ!!!」
僕の胸が更にドキッとする。リーナと僕の視線が交差する。自然に顔が近くなっていく。僕達の距離がやがて零になりかけたその瞬間。ほんの僅かな気配をドアの向こうに感じた。
ガタンッとドアの向こうで物音が聞こえた。僕とリーナの視線が其方を向く。・・・其処には。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
メイドのマーキュリーが居た。その視線は何だか僕達を興味深そうな目で見ている。
若干、女性にあるまじき顔をしているように思う。というか、かなり興奮状態のようだ。
・・・どうやら、マーキュリーも駄メイドだったらしい。嗚呼、本当に頭痛が痛い。誤字に非ず。
決して誤字では無いのだ。
「・・・・・・おい、何見てんだよ?」
「っ!!?」
部屋に僕の冷たい声が響き渡った。その後、屋敷に僕の怒号が響き渡った。
・・・・・・・・・
「・・・で、なんで全裸で僕のベッドで寝てたんだ?」
僕はリーナに問い掛ける。マーキュリーは、きつく説教しておいた。
現在、僕とリーナは猫の看板の喫茶店で二人紅茶を飲んでいた。もとい、リーナを尋問中だ。
リーナはもじもじと頬を赤らめ、僕の方をちらちらと見ながら答える。
「えっと・・・、マーキュリーさんにムメイとの距離の事を相談したら・・・。いっそ全裸でベッドに潜り込むくらいはしたら良いって・・・・・・」
「・・・・・・あのメイドはっ」
恐らく、今の僕は苦虫を千匹くらいは噛み潰したような顔をしているだろう。僕の口からうめき声のような言葉が漏れ出る。いや、あのメイドは本当にどうしてくれようか?
マーキュリー・・・。僕の中で要注意人物としてリストアップされた瞬間だった。
苦々しい顔で深い溜息を吐く僕の掌にリーナは自身の掌を重ねた。その瞳は何処までも真っ直ぐで。
僕の瞳を真っ直ぐ見詰め、リーナは言った。
「ムメイ・・・。私はムメイの事が大好きだよ?」
「・・・・・・うん、解ってるよ」
「うん。けど私はムメイが思っているよりも、ムメイの事が大好きだよ」
「っ・・・。そ、そうか」
僕は、思わず視線を逸らす。顔が熱い・・・。そんな僕の顔を、リーナは両手で挟み込み微笑む。
・・・そして。
「ムメイ・・・、愛してるよ」
「・・・!!?」
僕に口付けした。そっと唇同士が触れ合う程度の軽いキス。しかし、僕の頭の中は直接雷に打たれたように激しい衝撃に襲われた。一瞬、僕の頭の中が真っ白になる。
僕の思考がぐちゃぐちゃにかき乱され、もう何もかもがどうでもよくなっていく。
ありていに、気持ちよくなっていく。僕の腕が、リーナの背中に回される。
・・・その快楽に、身を委ねてしまおうと思ったその刹那。
「わ、わわっ!!!そんな熱いキスを・・・。す、凄いっ・・・・・・」
耳に飛び込んだその声に、僕の意識は一気に覚醒した。僕とリーナは同時に振り向く。
・・・果たして、其処には。
「「・・・・・・・・・・・・」」
「・・・・・・あ、どうぞお構いなく~♪」
猫獣人のウエイトレスが居た。その猫耳はぴょこぴょこと好奇心に揺れている。
僕とリーナは一瞬で距離を取った。お互いに顔は真っ赤だ。うわぁ、かなり恥ずかしい。
その後、僕もリーナも気まずい空気のまま喫茶店を後にした。
・・・喫茶店を出た後、僕は真っ赤な顔のリーナを連れて商業区を歩いていた。その甘ったるい空気に周囲から好奇の視線が注がれる。その視線に、余計に肩を小さくするリーナ。
そんなリーナに、僕はそっと溜息を吐いた。そして、そっと何気ない口調で言う。
「僕は悪くなかったぞ?」
「・・・・・・え?」
突然何を言うのか?そんな表情で、リーナは僕を見る。
・・・そんなきょとんっとした反応に、僕は思わず苦笑した。
「僕は悪くなかったぞ?リーナと出会った事も、リーナとの関係も・・・・・・」
そう言って、僕は困ったような笑みでリーナを見る。その笑みに、リーナはぼふっと顔を染めた。
「えっと、あのその・・・・・・うぅっ」
「ありがとうな、リーナ」
それだけ言うと、僕は照れ臭そうにそっぽを向いた。実際照れ臭いのだ。
僕はふと考える。リーナとの今の距離を。リーナとの今の関係を。
きっと、僕は今のリーナとの関係を心底から心地良く感じているのだろう。しかし、それと同時に不安にも感じているのである。果たして、本当に今の関係を僕は満足しているのか?
———独りで生きていける強さが欲しい。独りで生きていけるくらい強くなりたい。
かつての僕自身の言葉が過る。その想いを、僕は決して忘れてはいない。
独りで生きていける強さを求めた。その果てに、神すらも打倒する力を手に入れた。しかし・・・。
果たして、僕は今の僕をどう思うのか?こうして女と寄り添う僕を、一体どう思うのか?
「・・・・・・・・・・・・」
リーナとの関係に心地良さを感じると同時に、僕は不安も感じていた。今のままで、果たして僕は本当に満足しているのかと。そんな不安が僕の心に圧し掛かった。
「・・・・・・ムメイ?」
「大丈夫だよ、リーナ。僕は大丈夫」
心配そうに僕を見るリーナに、僕は困ったような笑みを向けた。リーナを不安にさせない為だ。
しかし、そんな僕の表情にリーナは余計に泣きそうになる。そっと、リーナは僕の方に自身の身体を寄り添わせてきた。僕も、そんなリーナに寄り添うように歩く。
・・・果たして、僕は一体何処へ行くのだろう?僕には全く解らなかった。
次第に縮まる二人の距離。その関係に、無銘は困惑する。




