閑話、裏で
その時、玉座の間では・・・。
国王、イリオ=ネロ=オーフィスとハワード=エルピスとリーナ=レイニー、そして騎士達が居た。
「さて、ハワードよ。そちに一つだけ聞いておきたい事がある」
「・・・・・・はっ」
国王に問われ、ハワード=エルピスは僅かに嫌な予感を覚える。それと言うのも、国王の表情が悪戯めいた物に変わっていたからだ。それに、先程までかたくなにエルピス伯爵と呼んでいたのが急に名前で呼んで来たのである。ハワードは僅かに身構える。
それを国王は盛大に笑いながら言った。
「はははっ、そう身構えずとも良い。私とそちの仲だ」
「・・・は、はあ」
盛大に笑う国王に、ハワードは思わず溜息を吐く。実はこの二人、そこそこ気安い関係なのだ。
それと言うのも、ハワードがまだ少年だった頃にまだ王太子だった国王を魔物から助けたからだ。
それ以来、国王とハワードは親友に近い関係と言える。まあ、国王が一方的にハワードに友情を感じているだけなのだが。国王は細かい事は気にしないのだ。それこそ、周囲が呆れ返るのも気にしない程に彼は友情意識を抱いているのである。
国王は笑うのを止めると、急に真剣な顔をして問う。
「して、ハワード=エルピスよ。そちから見て、シリウス=エルピスはどんな子か?」
「・・・・・・どんな子と、言いますと?」
ハワードは首を傾げ、怪訝そうに問う。対する国王は一つ頷くと、目を鋭く細めて言った。
「ハワードよ、そちも知っていよう?私は人間の王として瞳の異能を授かっていると。その瞳でシリウスという少年を視たのだ」
「・・・・・・その結果は、どの様な?」
ハワードは恐る恐ると問う。国王の雰囲気にただならぬ物を感じたのだ。
国王は一度、呼吸を整えると至極真剣な瞳で言った。
「シリウス=エルピス。あやつは宇宙だ・・・」
「・・・えっと、はい?」
意味が理解出来なかったようで、ハワードは怪訝な顔をした。しかし、国王はそれでも至って真剣な表情でそれに答えた。国王の額に冷や汗が伝う。
「ハワードよ、あやつは人という器の中に宇宙そのものを宿しているのだ」
「宇宙・・・ですか・・・?」
「うむ、かつて私は神王より聞いた事があった。あれこそまさしく固有宇宙という奴だろう」
「固有宇宙・・・・・・」
また、意味の解らない言葉が出てきてハワードは怪訝そうにする。それは騎士達も同じらしく、皆首を傾げて怪訝そうな顔をしている。
しかし、神王。神々の王の名を出されて騎士達の雰囲気は一変した。騎士達がざわつく。
「神王曰く、固有宇宙とは即ち人の姿をした宇宙そのもの。人の身で神の定めた世界の法を脱し、自らの法の中で生きる者の事らしい」
「・・・?・・・・・・???・・・・・・・・・!!!」
最初は意味が理解出来なかったハワードだが、次第にその表情は愕然とした物へと変わっていった。
固有宇宙———それは即ち、その名の通り固有の宇宙だ。
意思の力のみで自らを宇宙そのものへと変質させる。人のカタチをした宇宙そのものだ。
それは即ち、個人で宇宙の全質量と全概念を宿す事に等しい。固有宇宙とは文字通りの意味だ。
世界の法から外れ、自らのルールで生きる者。それが固有宇宙だ。
「固有宇宙へと至った者は寿命から解放され、神王すらも超える力を単独で持ちうるという・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
それは即ち、人の限界を大きく逸脱した力だろう。つまり・・・それは即ち・・・・・・。
「もしかすれば・・・。シリウス=エルピスは人間では無いやもしれん」
「それは違います!!!!!!!!!」
瞬間、玉座の間に声が響き渡った。リーナだ。リーナはそれだけは我慢がならないと、声を上げた。
国王に対するその言葉に、騎士達は動揺した。中には剣の柄に手を掛けている者も居る。
・・・国王の許し無く進言する。それも反論するなど、死罪に等しい大罪だ。
即刻首を刎ねられても文句は言えないだろう。しかし・・・。
国王は片手で騎士達を制した。
「ふむ、リーナ=レイニーよ。何が違うのか?」
その国王の問いに、リーナは国王を真っ直ぐに見て言った。その瞳には一種の覚悟が宿っていた。
曰く、首を刎ねられようと譲れないという覚悟だ。
「ムメイは、シリウス=エルピスは確かに人間です。普通に苦しんで、普通に悩む普通の人間です。それだけは何も変わってはいません・・・・・・」
「ふむ・・・・・・」
国王はリーナを真っ直ぐに見詰める。リーナの内面、その中の本性を視る為だ。
それを理解しているリーナも、国王を真っ直ぐに見返す。無銘の事を信じるが故に・・・。
無銘の事を愛するが故に・・・。
私はムメイの事を愛している。その真っ直ぐな想いに、やがて国王の方が折れた。
「・・・・・・解った、あやつは・・・シリウス=エルピスは普通の人間。其処は間違いないようだ」
「はい、其処に間違いはありません・・・」
リーナは満足そうに頷いた。
・・・ちなみに、近くで聞いていたハワードは少しばかり冷や汗をかいていたのだが。
「それから、ハワードよ。そちに言っておきたい事があるのだ」
「・・・・・・何でしょうか?」
ハワードは一瞬身構える。それを国王は豪快に笑って片手で制した。
「良い、そう硬くならずとも良い。私は只、これからはシリウス=エルピスとリーナ=レイニーの二人は王都の屋敷にて過ごせと伝えておくように」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何ですって?」
ハワードは思わず凍り付いた。それはつまり、無銘とリーナの二人を王都に住ませろという事だ。
国王は豪快に笑うと、言った。
「ああ、勘違いするでない。私は只、その二人の事が気に入っただけよ」
「・・・そ、そうですか?」
「うむ、確かに伝えたぞ?」
そう言って、話を終えようとした瞬間。玉座の間の扉が勢いよく開け放たれた。
「国王、大変です!!!王宮の練兵場にて、王子と謎の少年が互角の決闘をしています!!!」
その言葉に、玉座の間の騎士達はざわっと騒ぎ出した。国王は溜息を一つ吐く。
「・・・・・・あやつめ。さっそく喧嘩を売りよったな?」
その言葉に、真っ先に反応したのはリーナだった。
「っ、ムメイ!!!」
「っ、リーナ嬢!!!」
リーナが慌てて玉座の間から駆け出していく。その光景に、騎士達が目を丸くする。
しばしの沈黙。やがて、国王が溜息を吐いた。
「・・・良い。あの娘は少年に恋心を抱いているのだろう?ハワードよ」
「は、はい・・・。リーナ嬢はかつて、シリウスに命を助けられた事がありまして・・・・・・」
「そうか・・・。うむ、ならばもう良い」
そう言って、国王は深く溜息を吐くのだった。
・・・・・・・・・
練兵場に着いたリーナ。その目に映った光景は・・・。
「・・・ふっ!!!」
「はははっ、まだまだあっ!!!!!!!!!」
互角に戦う無銘と王子の姿だった。その剣捌きは、もはや目では追えない速度だ。
しかし、それを互いに並外れた反射速度で捌いている。
それは、無意識を意識的に制御したが故の領域だ。その尋常ならざる決闘に、リーナは感嘆する。
「・・・・・・す、凄い」
二人は互いに無傷。それはつまり、身体が自動で反応し最適かつ最小限の動きで剣を捌くからだ。
最小の動きで最大の威力を出す剣技。それはまさしく剣戟の極意に等しい。
無銘と王子は互いに極限状態。もはや周囲など目には見えていないだろう。只、身体が反応するままに動いているだけだ。即ち、無の状態だ。
・・・もし、この状態で誰かが横やりを入れようと近付けば、その瞬間に微塵に切り刻まれる。
そう理解出来る戦意を二人は宿しているのだ。リーナは息を呑んで只、見ている事しか出来ない。
その決闘は夕刻、日が沈む時刻になるまで続いたのだった。
固有宇宙について情報開示されました。
固有宇宙とは即ち、人のカタチをした宇宙そのものです。曰く、個人で宇宙の全質量と全概念を宿す者の事を差します。




