5、王子との会話(物理)
玉座の間が静寂に包まれる。その空気は重い。・・・国王は重苦しい言葉で、僕に問う。
「・・・・・・ふむ、並の人間では敵わぬか。それは我が息子や王宮騎士団長、否、我が王宮騎士団全軍を動員してもという意味か・・・?」
「はい。王宮騎士団の総戦力がどれほどの物かは把握してはいませんが、恐らくは・・・」
「・・・・・・ふむうっ」
僕の言葉に、国王は唸り声を上げた。そう、恐らく王宮騎士団全軍を以ってしてもあの青年一人には敵わないだろうと思われる。それほどの戦力があの青年にはあるのだ。
そう断言できるだけの理由があるのだ。僕はそう、確信しているのだ。
王宮騎士団の総戦力を以ってしても、あの青年は単身で蹂躙可能だろう。僕はそう確信している。
それに・・・
「それに、あの青年には魔物を産み出す能力があります。その能力にもし、限界が無いのなら恐らくはその総戦力は計り知れない物になるでしょう」
その言葉には、騎士達も蒼褪めた。そう、奴には魔物を産む能力があるのだ。
その能力に限界が無いのであれば、その総戦力は文字通り無限大。実に馬鹿げた数字だ。馬鹿馬鹿しいにも程があるだろう。
・・・もはや話にすらならない。
玉座の間に沈黙が満ちる。その時、国王の脇に立つ王子が初めて口を開いた。
その表情は悪戯好きの浮かべる笑みだ。
「父上、少しだけシリウス殿と話をして来て良いでしょうか?」
「む?クルト、何か考えがあるのか?」
「ええ、少しだけ彼と話したくなりまして」
そう言うと、王子クルト=ネロ=オーフィスは悪戯っぽく笑う。その笑みに僕は嫌な予感がした。
しかし、国王は少し考える仕種をすると真面目な顔で頷いた。
「うむ、解った。行って良い」
「はい、ありがとうございます・・・」
そう言って、クルトは僕に視線だけで来いと合図して入口の扉を出る。僕もそれに続き、扉を出た。
・・・リーナが心配そうに僕を見ていた。そんな彼女に、僕は視線だけで大丈夫と伝えた。
僕もリーナにずいぶんと甘くなったようだ。そう、僅かに苦笑する。
・・・・・・・・・
王子クルトは僕を連れて、王城の中を進んでいく。その表情は背後の僕には解らない。
けど、恐らくはとても良い笑顔をしていると思われる。何故なら、その背中越しでも解るほど御機嫌な様子だからだ。鼻歌まで歌っているし・・・。
「オーフィス~、王国オーフィスに栄光あれ~♪う~♪」
ついには本格的に歌い出した。
・・・オーフィスの国家を口ずさんで歌っているし。そんな王子に僕はそっと溜息を吐いた。
「あの、王子?」
「オーフィスに希望あれ~♪・・・ん?」
「王子は僕を何処に連れて行こうと?」
その質問に王子クルトは人の悪い笑みを浮かべた。僕はとてつもなく嫌な予感を覚える。
「さて、何処に連れて行こうか?」
「えっと、あの・・・王子?」
「そうだ、練兵場に行こう♪」
「・・・・・・・・・・・・」
呆然とする僕を、クルトはガシッと鷲摑み引き摺っていく。えっと?何これ?何処の子牛ですか?
そのまま僕は練兵場へと引き摺られていった。うわぁ。
僕は売られる子牛の気分を味わった。僕を引き摺りながら、クルトは国家を口ずさんでいた。
・・・・・・・・・
・・・さて、僕は今練兵場に木剣を構えて王子と対峙している。うん、なんぞこれ?
思わず思考が変になるがそれも致し方無い。本当に致し方無い。
「さあ、存分に殺り合おう」
「いや、言葉のニュアンスが物騒な気がするんですが?」
「ははっ♪何の事だ?」
・・・いや、そんな楽しそうに言われても。全く、厄日だな。やれやれだ。
僕は思わず、溜息を吐く。ああ、王子の背後に音符が見えるぞ。
「本当に良いんですね?王子?」
「ああ、構わんよ。全力で来い!!!」
そう言って、木剣を構えるクルト王子。僕は溜息を吐くと、表情を引き締めた。
瞬間、僕と王子の距離が零へと変わる。全てを断つ気迫を籠めた一閃。全力で木剣を払いに行く。
・・・しかし。
「ふっ!!!」
「はっ、甘い!!!」
必勝の一閃は王子の木剣によって柔らかくいなされた。僕は目を見張る。いなされた?
僕は大きくバックステップで距離を取る。しかし、それをさせまいと王子の追撃が来る。
引き離せない。
「何!!?」
「くはっ!!!」
王子の剣閃を僕は、何とか木剣でいなした。こいつ、並の使い手じゃ無い?
王子の剣閃を弾き、そのまま王子を蹴り付けて無理矢理距離を取る。
僕は木剣を握り直す。その表情に、もはや先程までの油断は一切無い。
「驚いた。まさかその境地に達している奴が僕以外にいるとは・・・」
「そうだ、俺は無意識の領域を意識的に掌握出来る。それは即ち・・・」
「反射を意識的に行えるという事か・・・」
にやりと笑う、クルト王子。
そう、つまり王子はほぼ無意識の領域を意識的に支配している。つまり、本来反射神経に任せた行動を意識的に行使出来るという事に他ならない。
これは異能の類では無い。血を吐くような厳しい鍛錬の末に辿り着く境地だ。
この領域に到達した物は、今まで僕は自分以外に知らなかった。
自分が到達出来たのだから、他にも到達出来る者が居る可能性がある事を僕は自覚していた筈。
しかし、実際に会ってみるとなるほど怪物だと思う。
僕は薄っすらと笑みを浮かべる。少しだけ、愉しくなってきた。僕はこの感情を知っている。
これは、戦闘の愉悦だ。僕は今、昂っている。
「さあ、往こうか・・・シリウス=エルピス」
「ああ、そうだな・・・・・・」
僕は木剣を構える。クルト王子も木剣を構える。互いに無駄な言葉は必要無い。そんな物は無意味。
そして、僕と王子の姿が同時に消えた。
・・・・・・・・・
そして、時刻は夕刻を過ぎ・・・。夕日が昇り始めた時刻。
僕とクルト王子、二人の決闘はついに決着が着かなかった。練兵場の中央では、肩で息をしている僕と王子の姿がある。その姿を、練兵場に居た他の兵士達は愕然と見ていた。
「おい、あの少年。王子と互角の戦いをしているぞ?」
「ああ、一体何者だ?」
「本気の王子と互角なんて、並じゃないぞ・・・」
兵士達は口々にありえないと口にする。そんな中、王子に近付いてくる少女が一人居た。
金糸のようなさらっとした髪の、翡翠色の瞳の少女だ。
「あらあら、ずいぶんと楽しんだようね。クルト」
「ああ、楽しかったよ。アカシャ」
クルト王子は心底楽しそうに笑みを浮かべた。
ずいぶんと親しげに王子と話す少女。僕は思わず首を傾げる。
そんな僕に、アカシャと呼ばれた少女は微笑みを浮かべて自己紹介した。
「初めまして、私はアカシャ=スーバッハ。クルトの幼馴染で婚約者よ」
ふむ、どうやらクルト王子の婚約者だったらしい。なるほど、僕は納得した。
「・・・初めまして、僕はシリウス=エルピスと言います」
「ああ、あのエルピス伯爵の息子ね。なるほど、あの人にそっくりね。その黒髪とか、青い瞳とか」
納得したように頷くアカシャ。その言葉に、僕は驚いた。あの人、つまり母さんの事だろう。
「えっと、母さんを知っているんですか?」
「ええ、会ったのはずいぶんと昔の事だけどね・・・」
そう言って、昔を懐かしむアカシャ。それを呆然と見る僕。
・・・直後、練兵場の入口から僕に飛び掛かってくる少女が居た。
リーナだ。
「ムメイ!!!」
「・・・リーナ?」
リーナは僕に飛び付くと、勢いよく抱き付いてきた。僕はその勢いを殺すように受け止める。
リーナは僕を心配そうに見ている。その瞳は涙で潤んでいる。
「ムメイ、大丈夫?私、ムメイの事が心配で・・・・・・」
「大丈夫だよ、リーナ。知っているだろう?僕は強いって」
「うん、そうだけど・・・。でも・・・・・・」
それでも心配そうに僕を見るリーナ。僕は苦笑してリーナをそっと抱き締める。
それを微笑ましげに見るクルト王子とアカシャ。・・・何だよ?
「・・・ふーん?君も隅に置けないわねえ。中々可愛い彼女が居るじゃない」
「か、彼女!!?」
顔を真っ赤に上気させて、あわあわと慌てふためくリーナ。僕は苦笑する。
「彼女の好意は素直に嬉しいんだけどね。僕自身、未だに真っ直ぐと彼女と向き合えていないんだ」
「そう・・・。けど、彼女の好意を嬉しいと思っているんでしょう?」
「・・・・・・うん、まあね」
僕は顔を薄っすらと赤く染めてそっぽを向いた。うん、今の僕は中々かっこわるい。
「だったら大丈夫。貴方達は上手くやっていける」
「・・・そう、かな?」
「そうよ」
そう言って、微笑ましげに笑みを向けるアカシャ。
僕にはいまいち理解しきれないけど・・・。拗ねたように、僕は顔を背けた。
そんな僕を、リーナは不思議そうに見た。
「・・・ムメイ?」
「・・・・・・大丈夫。僕は大丈夫だよ、リーナ」
僕はそう言って、リーナをそっと抱き締めた。うん、何だかやっぱりかっこわるいな・・・僕。
そう思っている僕に、リーナは微笑んで頭をそっと撫でた。
「大丈夫。ムメイがかっこわるいと思ってても、私にとってのムメイは何時でもかっこいいよ」
「・・・・・・そうかな?」
「うん、ムメイは何時でもかっこいい」
「・・・・・・・・・・・・」
そんなリーナの言葉が、僕には眩しくて思わず僕は顔を赤く染めた。うん、やっぱりかっこわるい。
そう、僕は思った。
・・・そして、そのまま僕は父と一緒に王都のエルピス伯爵屋敷に戻った。
王子tueee。




