3、王都オーフィス
あれからしばらく、王都に着いたのは昼過ぎの事だった。
「此れが・・・王都・・・・・・」
呆然と呟いた僕の声。それも当然の話だ。王都オーフィス、途轍もなくデカいのだ。町もデカいしそれを囲む石造りの壁もかなりデカい。もはや一種の要塞都市だろう。
呆然と王都を見る僕を、父とリーナは微笑ましそうに見る。うん、田舎者みたいな反応だな。僕。
さて、王都の門前には衛兵が居て、長い行列が出来ている。その多くが商人と冒険者。後は旅人だ。
僕達はその隣の馬車用の門を通る。門の前で衛兵に軽いチェックを受け、門を通過した。
「では、お気を付けて・・・」
「ああ、お前達もご苦労」
門を通過する際、衛兵の一人がそう言ったので、父がねぎらいの言葉を返していた。
・・・門を潜ると、その先の光景は一変。壮大な町が広がっていた。これはもはや石造りの芸術だ。
石造りならではの力強さと頑強さを備え、かつ様々な色彩に塗装されて実に壮観だ。
そして、色彩鮮やかでありながら目に優しい色を主体にしている為か、目が疲れない。うん、まさしく芸術と言えるだろう。僕は口をぽっかりと開け、呆然と見ていた。
それを父は微笑みながら見ていたが、やがて目の前に城壁が見えて来た。話によると、その先が貴族街になるらしい。その中央にそびえ立つ城が、王城ネロだ。
王都は東西南北に区画が区切られていて、北は学業区、南は商業区、東は住宅区、西は工業区の四区画に分かれているらしい。国立図書館や博物館などは学業区にある。
東の住宅区は高級住宅街と一般住宅街に分かれている。一般住宅街より、高級住宅街の方が少しばかり割高に設定されているらしい。
国の方針で、学業は貴族も平民も関係なく平等に学ぶ。だから学業区には貴族の子息も居るようだ。
もちろん、商業区や工業区にも貴族は出入りしている。あからさまに身分をひけらかし、差別する者は罰則を受けるそうだ。そこら辺は中々法の整備が進んでいると思う。
さて、城壁の門を抜けて貴族街には入った僕達。其処からは高級な住宅が立ち並ぶ貴族の街だ。
貴族街にはやはり、貴族らしく舞踏会に行く訳でも無いのにドレスを着ている婦人、それと礼服姿の男性の姿もある。其処はやはり貴族としての自尊心という物だろう。
雰囲気も中々華やかだが、何処か僕にはツマラナイように思えた。一体何故だろうか?
・・・ああ、そうか。プライドや見栄で生きている所が、前世で見て来た醜い人間関係を僕に思い起こさせたからだろう。そう考えると、中々にツマラナイ。
何が一番ツマラナイかって、それをいちいち思い出す僕が一番ツマラナイ。前世をいちいち引き合いになんて出すなよ。全く・・・。
急に不機嫌になった僕を見て、父は苦笑を浮かべた。リーナはそんな僕を心配そうに見ている。
うん、ごめん。
・・・やがて、僕達はエルピス伯爵家の王都の屋敷に着いた。うん、結構大きな屋敷だと思う。
父が屋敷の門前に備え付けられた獅子のドアノッカーを叩く。すると、屋敷の中を大きな鈴の音がりりりんと鳴り響く。その音に、僕は目を見開いた。
その僕の反応に、リーナが補足を入れる。
「あのね、ムメイ。今のは魔法道具で広い屋敷とかに使われているドアノッカーだよ」
「へ、へぇ・・・」
流石の僕も、驚いてそれ以上の反応が出来なかった・・・。魔法道具と来たか・・・。
これ、もう少し進歩したらインターホンとか出来そうだな?門前から話をするのか?
そう思っていたら、屋敷の中から一人のメイドが出て来た。年若い、僕とリーナより少し年上のお姉さんという感じのメイドだ。ふむ、活発そうなメイドだ。
「お帰りなさいまし、旦那様。それからシリウス様、リーナ様も。お話は既にお聞きしております」
「ああ、ご苦労。シリウス、リーナ嬢・・・この屋敷を任せているメイドのマーキュリーだ」
「マーキュリーでございます。よろしくお願いします・・・」
メイドのマーキュリーは洗練された所作で深々とお辞儀をした。僕とリーナも反射的に頭を下げる。
「シリウス=エルピスです。よろしくお願いします・・・」
「り、リーナ=レイニーです。よろしくお願いします・・・」
僕達のその反応に、マーキュリーはくすくすと上品に笑った。所作の一つ一つが洗練されている。
このメイド、中々出来る。
「部屋の準備は整っております。どうぞこちらに」
マーキュリーに連れられ、僕達は屋敷の中に案内された。
・・・結論、屋敷の中はとても綺麗だった。伯爵領の屋敷程では無いがとても広かった。
・・・・・・・・・
そして現在、僕とリーナは王都の商業区を歩いていた。約束通り、リーナとデートしているのだ。
リーナはにこにこととても良い笑顔で僕の腕に抱き付いている。うん、腕に柔らかい物が当たってとても気持ちが良いですはい。何がとは言わないけどな・・・。
「~~~♪」
「・・・・・・はぁ」
それにしても、うん。周囲の視線がかなり面倒臭い。というか、正直うっとうしい。
何がって、僕達を見て周囲の人達が何やらひそひそと話しているのだ。
微笑ましげに見る者、にやにやと面白そうに見る者、嫉妬の視線を向ける者、様々だ。もう本当に勘弁して欲しいと思う。こっそり溜息を吐いた。
・・・居ても立ってもいられず、僕はリーナを連れて近くの喫茶店に入った。猫の看板の喫茶店だ。
洒落た雰囲気の喫茶店だと一目で思った。
「いらっしゃいませ~っ」
猫の獣人のウエイトレスが、僕達を出迎えてくれた。・・・うん?何故、此処に猫の獣人が?
獣人は主に幻想大陸に棲んでいる筈だが・・・。どうやら疑問に思っているのはリーナもらしい。
二人揃ってきょとんっとしている。
「えっと?失礼ですが・・・何故獣人の方がこの大陸に?」
「ああ、私達は人間との交流の為にこの人大陸に一族揃って来たんですよ♪」
「は、はぁ・・・」
なるほどね。何処にも変わり種は居るものだなあ。僕こっそりはそう思った。うん、僕が言える事では無いかもしれないけどな・・・。言わないけど。
猫獣人のウエイトレスは僕の腕に抱き付いているリーナを見て、瞳をきらんっと光らせた。
「では、お二方は個室の方へ案内させていただきますね~」
「・・・え?」
この喫茶店、個室あるの?個室あるの?マジで?
呆然とする僕達を引き連れて、猫獣人のウエイトレスは奥の個室へと案内した。中々落ち着いた雰囲気の個室だと僕はそう思った。って、違うだろう。
「では、ごゆっくり~」
猫獣人のウエイトレスはそう言って部屋を退室した。・・・ていうか。
「店員を呼ぶ時はどうすれば良いんだ?」
「ムメイ、此処にスイッチがあるよ?」
リーナの指差す先に、確かにスイッチがあった。そのスイッチの隣には丁寧にお呼びの際、押して下さいと書いてある。うん、解りやすい。
そして、テーブルの端にはメニュー表が置かれていた。僕とリーナはメニュー表に目を通す。
結果、僕はコーヒーによく似た飲み物を、リーナは果実ジュースを注文した。程なく注文した飲み物が僕達の前に置かれる。猫獣人のウエイトレスは何故か御機嫌だった。
「ごゆっくり~♪」
猫獣人のウエイトレスが退室すると、リーナがおずおずと口を開いた。
「・・・ねえ、ムメイ?」
「うん?」
見ると、リーナは頬を微かに染めて微笑んでいた。その瞳は僕を真っ直ぐ見ている。
「ムメイ、私は貴方に会えて幸せだよ?」
「・・・・・・うん」
僕は今、怪訝な顔をしていると思う。何故、今こんな話をするのだろうか?
しかし、リーナは構う事なく話を続ける。
「私はムメイに会えてとても幸せ。だから、私も貴方を幸せにしてあげたい。そう思っているの」
「・・・・・・うん」
・・・ああ、なるほど。僕はようやくリーナの想いを理解した。
つまり、そういう事か。
「だから、私は絶対にムメイの傍を離れたりはしないよ?大好き」
「・・・うん、ありがとう」
だから、僕はそれだけ答えて微笑んだ。作り笑いの、ぎこちない物だけど。僕がリーナに返せる物はこれだけだとそう思ったから。
・・・・・・・・・
・・・さて、喫茶店を出た僕とリーナは商店を回る事にした。まあ、いわゆるウインドウショッピングという奴だろうか?王都の店を見て回っていた。
リーナはとても楽しそうだ。うん、とても楽しそうで何よりだ。
けど、僕に指輪をねだってどうするんだ?まだ僕達には早いと思うんだが・・・。
「ムメイ、私・・・今とっても幸せだよ」
「そう、それは良かった」
僕は苦笑を返す。そう言ってくれて何よりだ。そう思っていたら・・・。
「おうおうっ兄ちゃん、何とも良い身なりをしているじゃねえか?この俺様にも恵んでくれねえか?」
「・・・は?」
何とも馬鹿っぽい声が聞こえた。僕は振り返って目を見開く。
ゴロツキが居た。如何にもなゴロツキが居た。モヒカンに無駄にガタイの良いゴロツキだった。
・・・うん、世界観間違っているだろう。僕は唖然とした。
「・・・・・・ムメイ」
「・・・・・・はぁ。大丈夫だよ、リーナ」
溜息一つ、リーナに苦笑を向ける。リーナは心配そうに僕を見る。
うん、まあ大丈夫だ。この程度の奴に僕は負けねえよ。僕はこきっと指を鳴らした。
・・・そして、十分後。其処には土下座で謝るゴロツキが居た。喧嘩?数秒で終わらせたよ。
全く、口ほどにも無かったな。うん。
「・・・・・・すげえ、あの少年。大岩のガンクツに圧勝しやがった」
「あの少年は化物か?」
何か周囲に人が集まっているし。何だ大岩って、通り名か何かか?
あと、僕を化物と言ったのは誰だ。出て来やがれ!!!
「いや、すまねえ。お前さんの実力を侮っていた」
「・・・全く、これからは誰彼構わず喧嘩をふっかけるのはやめなよ?」
「へい、全く申し訳ねえ・・・。それで、あんたに頼みたい事がありまして・・・・・・」
「あ?頼みたい事?」
僕は怪訝に眉をしかめる。ガンクツは額を地にこすり付け、土下座の形で頼み込む。
・・・周囲が更にざわつく。うん、何だこれ?
「俺をあんたの子分にしてくだせえ!!!」
「・・・・・・は?子分?」
僕を含めた周囲に衝撃が奔った。
・・・子分?子分ってこのおっさんを僕の子分にしろってか?こいつを僕が従えるのか?
僕は頭の中で、モヒカンのゴロツキを従える自分を想像した。うん、ないわー。速攻でないわー。
ほら、リーナもさっきから怯えているじゃないか。こうなったら手段は一つ。
「リーナ、逃げるぞ!!!」
「え?ええっ!!?」
僕はリーナを横抱きに、要はお姫様抱っこで抱えて逃げ出した。うん、周囲の視線がキツイ。
そしてリーナは・・・。うん、やっぱり顔を真っ赤にしているな。
僕達はしばらく逃げた後、貴族街に戻って屋敷に帰った。
「ムメイ、今度からはああいう事をするのは一言言ってね?」
リーナが顔を真っ赤にしてそう言った。うん、ごめん。本当に、ごめん。
王都でデート。そしてゴロツキ登場。




