2、王都へ
午前9:30現在・・・。僕とリーナは父に書斎に呼び出されていた。
何でも、とても重要な用事があるとか。現に、父は何時もより若干真剣な表情だ。その表情に僕達二人は顔を引き締める。
「何か重要な用ですか?父さん」
「ああ、実はお前達には俺と一緒に王都まで来て欲しいんだ」
「・・・王都まで?」
言って、僕は首を傾げる。リーナも事情を呑み込めないようだ。きょとんっと小首を傾げている。
僕達のその反応に、父は苦笑を浮かべる。
「まあ、お前達のその反応も理解出来る。お前達に王都に来て欲しい理由があるんだ」
「理由、ですか・・・?」
僕の問いに、父は頷く。その表情は真剣そのものだ。
「ああ、実は国王自らオーナー公爵の一件を聞きたいと、そうおっしゃってな。それでお前達にも関係者として参加して欲しいんだよ」
頼めるか?と、そう聞いてきた父に僕は少し考える仕種をする。
まあ、別に断る理由も特に無いし。あの一件には僕も気がかりはある。僕は静かに頷いた。
「解りました。僕も一緒に王都へ行きます」
「助かる。で、リーナ嬢はどうだ?」
「わ、私も。ムメイが行くなら一緒に行きます!!!」
リーナのその返答に、僕と父は共に苦笑した。まあ、リーナらしいと言えばらしいが。どうやら、何処までも僕に付いていくつもりらしい。僕は照れ臭くなって頬を搔く。
今朝の一件もあり、僕はリーナを直視しづらい。そんな僕に、リーナはそっと寄り添った。
こうして、僕とリーナは王都に行く事になった。
・・・・・・・・・
と、言う事で僕達は馬車で揺られていた。二頭の白馬に曳かれた上質な馬車だ。
馬車は整備された道を走っている。
しかし、お世辞にも乗り心地は良いとは言えない。というのも、馬車の揺れが酷いからだ。
貴族用の馬車は椅子が上質のクッションで出来ている為、まだマシと言えるだろう。しかし、これが一般の馬車だと恐らくはもっと酷いのだろうなあ。そうしみじみと僕は思う。
と、その直後僕は無数の殺気を感じた。人間の殺気では無い。魔物の殺気でも無い。これは・・・
「野生の獣?」
「何だって?」
父が怪訝な声を上げた直後、馬車を狼の群れが襲撃した。数十匹のホーンウルフの群れだ。
ホーンウルフとは角の生えた狼だ。角が生えてはいるが、魔物では無い。野生の獣だ。
魔物とは、即ち体内に魔石と呼ばれる宝石のような石が存在する生物の事だ。魔石を体内に宿す魔物はその効果により、体内で魔力という自然から外れたエネルギーを生み出す事が出来る。
この魔力の恩恵により、魔物は通常の生態系を逸脱した身体能力を得る事が出来るのだと言う。
ホーンウルフは体内に魔石を持たない。故に、魔物では無い。
・・・しかし、それでもこの数は普通に脅威だろう。普通の人間にとっては。
そう思い、僕は腰を上げようとした。しかし、それを父が片手で制した。僕は怪訝な顔をする。
「・・・父さん?」
「大丈夫だ。俺の私兵はそんなに軟弱じゃあ無いさ」
そう言って、父は僕に笑い掛ける。僕はそっと上げかけていた腰を下ろした。
・・・まあ、父がそう言うなら今回は兵士達に任せよう。そう思い、僕は木剣を手にしたまま窓から見える光景に目を遣った。窓からは兵士達が狼の群れを次々と撃退していく様子が見える。
うん、確かに、これなら僕が出る必要は無さそうだ。そう思っていたが。
不意に狼の一匹と目が合った。瞬間、その狼が僕に向かって飛び掛かってくる。
前言撤回。早速僕の出番が回ってきた。
「・・・・・・はぁ」
軽く溜息を吐くと、僕は木剣を突き出した。木剣の切っ先が狼の喉を突いた。
「ぎゃんっ!!!」
狼は喉を突かれ、そのまま絶命する。うん、まあこのくらいはな。
そう思い、後は兵士達に任せた。というか、正直面倒臭い。父が苦笑しているが、気にしない。
僕はそのまま目を閉じ、しばらく眠る事した。おやすみ。
・・・狼の群れが全て倒されたのは、それから五分後の事だった。後で父からそう聞いた。
午後7:28頃、僕達は少し大きな村に着いた。マルクテ村という名の村だ。
今日はこの村に泊まっていくつもりだ。
マルクテ村の村長に挨拶をし、僕達は迎賓館に通される。村の中では一際立派な造りの屋敷だ。
・・・僕とリーナは何故か同じ部屋で寝る事になった。というか、リーナが僕と同じ部屋で寝たいと言い出したのだがな。ほら、村長も父も皆苦笑しているじゃないか。全くもう。
こんなんだから僕達は出来ているとか、そんな噂がメイド達の間で広まるんだぞ?・・・はぁ。
しかし、当のリーナは嬉しそうに僕の腕に抱き付いている。全く、呑気な事で。
僕も思わず苦笑した・・・。
・・・・・・・・・
さて、その日の夜。僕はベッドに横になってそろそろ寝ようとしていた。その時・・・。
「ねえ、ムメイ。まだ起きてる?」
「・・・うん?」
リーナが話し掛けてきた。何時もより若干暗めの声だった。・・・何だ?
「ムメイ、私はムメイの事が大好きだよ?愛してる」
「うん、知ってるよ」
知っている。それは良く理解している。リーナが何時も言っている事だ。
しかし、リーナは僕の方を見て、僅かに笑った程度だ。何だろう?何時もより少し暗い?
「うん、けどムメイが思っているよりずっと大好きだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
何だろう?リーナの声が、少し暗い。というより寂しそう?
「私はムメイの事を愛しているよ。けど、きっとムメイは私の事をまだ信じてすらいないんだよね」
ああ、そうか・・・。なるほどね。僕はようやく納得した。
リーナは僕の事を大好きで、愛してくれている。しかし、それはあくまで一方通行だ。
僕は誰も愛する事が出来ない。誰も信じる事が出来ない。それは、とても寂しい事なのだろう。
ああ、きっとそれはとても寂しい事だ。僕はそう思う。
リーナはふっと苦笑を浮かべて続けた。
「うん、解ってるよ。例え私がムメイの事を大好きでも、ムメイが私の事を好きでいてくれる義理なんて全く無いんだよね?」
解っているよと、呟く。その言葉はとても寂しそうだ。
ああ、確かにそうだ。リーナは僕の事を愛してくれている。無償の愛を捧げてくれている。けど、それに対して僕が何もリーナを愛する義務は何処にも無い。
僕にだって誰かを愛する権利はあるし、その誰かを選ぶ権利はあるのだろう。けど・・・
果たして、僕はこんな寂しそうな顔をした少女を放っておけるのだろうか?
そもそも、僕は一体リーナの事をどう思っている?そう考えて、やがて僕はそっと溜息を吐いた。
何だ、結局はそういう事なんじゃないか・・・。
「ああ、確かに僕はまだリーナの事を心の底から信じてはいない。僕はまだ、人としっかりと向き合う事をしてはいないんだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
その言葉に、リーナは表情を一層暗くする。そんなリーナに、僕はけどと付け足した。
「僕はリーナのその無償の愛情という奴を、きっと好ましく思っているんだろう。そう思うよ」
「・・・・・・え?」
その僕の言葉に、リーナは思わず僕の顔を真っ直ぐ見た。その目は、驚きに見開いている。
ああ、こんな事など僕は前世ですら思った事は無かった。きっと、それは良い変化なのだろう。
なら、僕はそれを大事にしていこうと思う。
「だから、リーナは僕の傍に居て欲しい。出来れば、この先の人生ずっと」
それはきっと、後で考えると物凄く恥ずかしい言葉なのだろう。でも、それは僕の偽らない本心だ。
その本心の言葉に、リーナは・・・涙を流していた。
・・・え?涙?
「・・・・・・・・・・・・っ」
「リーナ?」
「・・・・・・うん。・・・・・・うんっ。ありがとうっ」
そう言って、リーナは僕の胸に抱き付いた。抱き付いて、わあわあと泣き出した。
僕は苦笑を漏らし、リーナをそっと抱き締めた。うん、くっそ恥ずかしいな。おい。
その夜は、僕とリーナで寄り添って眠った。思ったより良く眠れたと思う。
次の日、リーナと少しだけ仲良くなっていた僕に、父は少しだけ驚いていた。
僅かな進歩です。




