1、朝に
夢を見ていた・・・。祝福の鐘が鳴り響く。場所は、町の小さな教会。
リーナと結ばれ、周囲から祝福される。リーナはとても幸せそうに笑っている。それはきっと素晴らしい事なのだろうと思う。僕自身、そう思う。
これはきっと、とても幸せな未来なのだろう・・・。なのに。
しかし、ああ何故だろうか?これを僕はどうしても幸せと感じなかった。僕は幸せという物を、どうしても理解出来ないのだ。これっぽっちも幸せという物を実感出来ない。
どうして、僕はこんなにも何も感じないのか?まるで心にぽっかりと穴が開いたように虚しい。
虚しい。何も感じない。それが、とてつもなく怖い。
乾いた風が、心の中を吹きすさぶ。ああ、虚しい。どうしようもなく、虚しい。
リーナは笑っている。皆笑っている。僕だけ、僕だけが笑っていない。
顔は笑っている。けど、僕はそれでも笑っていない。表面だけだ。それが、虚しい。まるで道化だ。
まるで、仮面を被っているようだ。独り、仮面を被っているようだ。
ああ、どうして僕はこんなにも・・・
「・・・・・・・・・・・・」
・・・其処で、僕は目を覚ました。しばらく僕は呆然と天井を見詰める。
何とも嫌な夢を見た。そう、憂鬱な気分になる。僕は静かに溜息を吐いた。
ああ、虚しい。本当に虚しいよ、全く。・・・ちくしょうっ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・起きよう」
それだけ呟き、僕はベッドからのそりとだるそうに起き上がった。全く、虚しいよ。
僕の頬を、一滴の雫が伝った。
・・・・・・・・・
僕の朝は、まずリーナの目を覚ます所から始まる。朝、リーナを起こしにリーナの部屋まで行くのが僕の最近の日課になりつつあるのだ。
うん、けどそのお陰で僕とリーナの仲がかなり熱いとメイド達の間で噂が広まっているのだが。僕は静かに溜息を吐いた。全く、あのメイド達は・・・。
もはや、リーナを起こしに行くのは僕の役目と言っても過言では無くなっている。それが悲しい。
屋敷の広さには既に慣れた。もう、屋敷の中で迷う事も無い。まあ迷った事などほんの僅かだが。
別に良いか。そうこうしている内に、リーナの部屋の前に着いた。
深く息を吐き、ドアをノックしようとした・・・その直後。
「・・・っ、あん‼」
「・・・・・・・・・・・・」
うん、何か聞こえた気がした。というか、艶っぽい声が聞こえた。
・・・まあ、恐らくお取込み中なのだろうなあ。これを邪魔するのは非常によろしくないだろう。
そんな無粋な真似は僕もしたくない。
というか、僕もリーナも気まずくなるのは間違いない。僕は邪魔しないよう、そっと静かに立ち去ろうとしたその直後の事。
「・・・んっ、ムメイ。・・・ムメイっ」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・いや、僕かよっ⁉
僕は思わず硬直した。いや、何かほら?
流石にこれは・・・どう反応すれば良いんだよ?僕は困惑する。その間にも部屋の中からは艶っぽい声が聞こえてくる。うん、どう反応すれば良いんだ?
・・・此処まで強く思われていると知ったら、うん。どうしよう?流石に対処に困る。
まあ、此処はやはり静かに立ち去るのが良いか。そう思った直後・・・
僕の背後に気配を感じた。この気配はっ⁉
「どうしましたか?シリウス様?」
「っ⁉」
メイドのメアリーの声に、僕はまたしても硬直した。
しくじった。一瞬気を抜いた瞬間、メイドの接近を許してしまった。というかこのメイド中々やる。
「あの、其処で立ち尽くして何をしているんですか?」
「いや、あのその・・・」
メイドは不思議そうに僕を見ている。僕は珍しく、しどろもどろとしてしまっていた。
というか挙動不審だな、僕。
そんな僕の姿に、メアリーはきょとんっと不思議そうな顔をする。こいつ、天然か?
「・・・開けますよ?」
「え?あ、ちょっ‼」
メアリーはそのまま、リーナの部屋の扉を開けてしまった。瞬間、僕達は硬直する。
其処には、まあ当然リーナが居た。素っ裸で、シーツを抱き締めながら僕達を見ている。
瞬間、僕の思考が真っ白に染まる。その視線はリーナに注がれたままだ。
リーナの真っ白いシミ一つ無い肌がやけに眩しい。
その顔は真っ赤に染まってトマトみたいだ。メアリーも扉を開けたまま、硬直している。うん、まあその気持ちは良く理解出来るがな。僕の頬も、やけに熱い。
けど、此処で僕が言わなければいけないだろう。そう思った。
「あの、とりあえず扉を閉めて下さい。お願いします」
「え?あ、はいっ!!!」
メアリーは扉を勢いよく閉めた。瞬間、扉の向こうからリーナの悲鳴が響き渡った。
・・・うん。とりあえずごめん。そして、ごちそうさま。
僕は心の中でリーナに謝った。合掌。
・・・・・・・・・
そのしばらく後、僕はリーナの部屋の中に居た。僕の隣には顔を真っ赤に染めたリーナの姿が。
あの後、僕はリーナに平に謝り倒した。うん、疲れた。物凄く疲れた。
あの駄メイドは今頃僕の父に怒られている所だろう。まあ、当然の事だ。存分に絞られれば良い。
・・・ざまあっ。
「いや、本当にごめん・・・」
「うぅっ・・・・・・」
リーナは顔を真っ赤にして、僕の方を全く見ない。うん、どうしよう?思わず僕は苦笑した。
リーナの背中に手を添え、僕は何とか宥めようと試みた。
「・・・な、なあ。僕に出来る範囲なら責任は取るからさ。元気を出せよ・・・な?」
出来るだけ優しい笑顔で、僕はそう言った。うん、これは流石に藪蛇か?
そして、その言葉にリーナの肩がピクリと動いた。・・・お?
「それは・・・、本当?」
「お、おうっ。僕に出来る範囲ならな?」
やはり、少し言葉をミスったか。しかし、今更自分で言っておいて変更は出来ない。
僕は内心冷や汗を流す。一体どんな事を言われるのだろうか?戦々恐々とした思いだ。
「な、なら・・・・・・」
「う、うん・・・・・・」
僕達の間に、緊張が奔る・・・。額を冷や汗が流れる。さあ、どんな無理難題が?
しばらく息を吸ったり吐いたりした後、リーナは意を決したように言った。
「わ、私と今度デートして下さいっ!!!」
「・・・・・・お、おうっ」
その勢いに負けて、僕は頷いてしまった。うん、中々情けないな僕。
しかし、対照的にリーナは花が咲きほころぶような笑みを見せた。うん、可愛い。
デートね。まあ、デートくらいなら別に良いか・・・うん。なんか、少しずつ外堀を埋められていく気がするのだが気のせいか?うん?
しかし、当のリーナは関係ない。本当に嬉しそうだ。
「ありがとう、大好きっ!!!」
「うおっ!!!」
リーナは勢いよく僕にタックルし、抱き付いてきた。うん、これは・・・。
胸に当たる、柔らかな感触が心地いい。うん、僕は馬鹿じゃねえの?僕は自分に呆れ果てた。
・・・ていうか、わざと当ててませんかね?リーナさん?まあ、それは流石に気のせいか。
そっとリーナの背中に手を回し、優しく撫でた。自然と、僕達は抱き合う形になる。
こんな姿を他のメイドに、特にメアリーに見られたらきっとまた良からぬ噂が広まるのだろう。
「~♪」
「・・・・・・はぁっ」
まあ、別に今は良いか。そう、僕は諦めた。
僕は静かに溜息を吐いた。全く、僕って奴は。うん、情けない。そう、心から思う。
しかし、それにしても・・・。僕はリーナを見る。リーナは嬉しそうに僕に抱き付いている。
リーナは僕の事を想ってあんな事をしていた。つまり、それほど僕は慕われていたのだ。
・・・リーナが僕を好きだとは知っていたけど、まさか此処までとはなあ。流石に予想外だった。
果たして、僕はその想いに応えられるだろうか?そんな疑問が過ったが。まあ、良いか。
僕はその疑問を先延ばしにする事にした。思考を放り投げたとも言う。
本当、やれやれだ。全くもう。
うーんっ、やっべえ・・・(;゜Д゜)




