番外、魔物の森
・・・現在、僕は伯爵領にある森に来ている。町の人達からは魔物の森と恐れられている森だ。
強力な魔物が多数出没する事で有名な森だ。ブラッドオーガやレッサーデーモンなど、強力な魔物の姿も確認されている。まさしく魔の森だ。
そんな森に、何故僕が居るのか?それは・・・この魔物の森でも確認された事の無いアークデーモンが確認されたという報告があったからだ。
アークデーモン。魔物の中でも最上位に位置する最上位悪魔。数多の悪魔を率いる大悪魔だ。
悪魔の中でも最上級に位置し、本来は魔大陸に生息する筈の存在。こんな場所に居る筈が無い。
そんなアークデーモンが確認されたらまず、討伐隊が編成されるのが筋だ。
しかし、間の悪い事に現在このエルピス伯爵領の騎士団はそのほとんどが出払っていて、現存する兵力では少しばかり心許ない。
騎士団のほとんどが隣国へ大使の護衛として出掛けているのだ。そんな状況下でのこの騒ぎである。
・・・其処で、僕が父に無理を言ってアークデーモンの討伐に来たのだ。
もちろん護衛を十人ほど付けられた。父曰く、これでもアークデーモンを相手に物足りないらしい。
アークデーモンとはそれほど恐ろしい悪魔なんだろう。僕を送り出す父の表情から、それを察せた。
僕は一人で行くと言ってみたが、当然却下された。まあ、当然か。本当は実の息子をそんな危険な場所に向かわせたく無いらしいが。そこは僕が強く言った。
僕は大丈夫だと。そう簡単に死にはしないと。・・・まあ、それでも親としては心配だろうが。
・・・しかし、そんな僕でも予想外の事はあった。リーナだ。
「・・・・・・あの、リーナさん?何故此処に居るんですか?」
思わず、敬語になる。
そう、リーナが付いてきたのだ。いや、何故?
困惑する僕達に、リーナは僕の腕に抱き付きながら言った。
「私、ムメイの傍を離れたくない・・・」
ぎゅっと僕の腕を抱き締め、リーナはそう答えた。いや、そう言われてもなあ。思わず苦笑する。
しかし、涙で潤んだ瞳で見上げてくるリーナを突っぱねる事もそうそう出来ない。中々心苦しい。
心苦しい以前に、これを突っぱねる事が出来る奴は人間を辞めていると思う。うん。
「いや、遊びに行くんじゃないんだけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
いや、そんな泣きそうな目で僕を見ないでくれ。胸が痛い。
「いや、だから・・・」
「ムメイは・・・私と一緒は嫌?」
「・・・・・・・・・・・・ぐっ」
またか。またそれか・・・。
そう言われたら、断り難いだろうに・・・。だからその泣き顔は反則だ。
「ムメイは・・・そんなに私が嫌い?」
「いや、嫌いじゃあ・・・」
「私が傍に居ると、迷惑?」
「・・・・・・・・・・・・降参した」
いや、もう降参した。流石にリーナを相手に口で勝つのは無理だ。何よりもその泣き顔が反則だ。
僕はリーナの頭を安心させるように撫でた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・はぁっ」
リーナは僕の腕に、ぎゅっと抱き付いてくる。まるで放さないとでも言うかのように。そんな彼女に僕は思わず深い溜息を吐いた。
もうどうとでもなれと。そう、投げやりな気分になった。本当に、どうしてこうなったんだか。
僕は思わず、天を仰ぎたくなった。
・・・・・・・・・
森の奥深く。どうやらこの辺りでアークデーモンは確認されたらしい。確かに、強い気配は感じる。
「気を付けろ‼恐らく、そろそろアークデーモンと遭遇してもおかしくは無い!!!」
兵士達が表情を引き締める。その瞬間、ひときわ強い気配と共に奴は現れた。
「そう叫ばんでも、此方から来るわいっ」
さも憂鬱そうな声。それと共に、アークデーモンは現れた。
人と山羊を足して二で割ったような、そんな姿。アークデーモンの上位種、バフォメットだ。
「ば、バフォメットだと⁉」
「わしを種族名なぞで呼ぶな。わしにはちゃんとアインという名があるわいっ」
アイン———そう名乗ったバフォメットは憂鬱気に笑った。こいつ、さっきからやけに憂鬱そうだ。
僕は臆する事なく、アインに言った。
「・・・アイン。お前は元々この森に居た訳じゃ無いだろう?お前の目的は何だ?」
「・・・・・・ほう、わしを相手に臆さないとは。その胆力たるや良し」
アインはその両拳に紅蓮の炎を纏い、憂鬱気に笑った。僕は舌打ちと共に木剣を握る。
ふむ———相手はやる気か。
「どうやら、やるしか無いらしいな・・・」
「シリウス様!!!」
兵士の一人が、僕の前に出ようとする。しかし、僕はそれを止める。
そんな事はさせない。そんな無粋な真似はさせない。
「これは僕とアインの決闘だ。邪魔は無用だ」
「しかし!!!」
「聞こえなかったか?邪魔は無用だ」
そう言って、僕は歯を剝いてアインに向かって笑ってみせる。獰猛な笑みだ。
瞬間、僕とアインは地面が爆ぜる勢いの踏み込みで駆けた。
アインの炎を纏った拳が、僕の顔面に迫る。優に何千度にもなるだろう業火を纏った拳、当たれば只では済まないだろうが。
しかし、それを僕は紙一重で躱してアインの脇腹に木剣を振るう。木剣が脇腹に食い込む。
「ぬうっ!!!」
だが、それまでだ。やはりアークデーモンも只者では無いらしい。歯を食い縛り、木剣の一撃に耐えて反撃を返して来たのだ。危ねえっ!!!
炎の拳が、頬を掠める。それだけで肉を焦がす嫌な臭いがする。
「今のは危なかった。流石にヒヤッとしたぞ?」
「・・・・・・・・・・・・ああ、そうかよ」
それでも僕は、不敵に笑ってみせる。その笑みに、アインも笑った。
その笑みは先程のような憂鬱気な笑みでは無い。戦いを愉しむ戦士の笑みだ。獰猛な、戦士の笑み。
「では一つ、お主も本気を見せてはくれんかの?」
「・・・・・・ほう?」
こいつ、それに気付くか・・・。思わず、僕も愉しげな笑みを浮かべた。
「わしは本気のお主と戦ってみたいが・・・。如何に?」
「・・・・・・・・・・・・なるほど。解った」
それだけ言い、僕はそれを解放した。瞬間、空間が軋みを上げて大きく歪む程の重圧が周囲を覆う。
僕の力の解放だけで、そうなるのだ。普段抑えていなければ周囲の被害も甚大な物だろう。
それを見たアインは口元を喜色に歪めた。お前も嬉しいかよ?ああ、僕もだ。
僕の口元が、獰猛に歪む。この状態になると、感情が昂って仕方がない。
「飽いていた。飢えていたのだ。こんな好機、逃してなる物か!!!」
瞬間、アインはその拳に纏った業火を最大出力にして僕に襲い掛かった。その火力たるや、優に一万度を超えるだろう。掠りでもしたら、当然只では済まない。
そう、当たればの話だが。
剣閃が閃く。瞬間、炎を纏った拳が宙を舞った。木剣による一撃で切断したのだ。
木剣で何故、アークデーモンの腕を斬り落とせるのか?簡単な話だ。
要は摩擦熱により、焼き切っているだけだ。その証拠に、木剣は炎を纏っている。
本来、その勢いで木剣を振るえば大気との摩擦で木剣の方が燃えてしまうだろう。しかし、この木剣は只の木では無い。神域に生える神木で出来た木剣だ。
その熱に対する耐性も半端ではない。
「・・・ふっ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!」
続いて振るわれる木剣による剣閃の乱舞。アインも残った拳で迎え撃った。
その日、近くの町にまで轟音が響き渡った。
・・・・・・・・・
静寂が場を満たす。兵達の誰もが、何も言う事が出来ない。
倒れていたのは、アインの方だった。僕の勝利だ。
「はははっ、わしの・・・負けか」
「ああ、僕の勝ちだ」
「・・・ああ、そうか」
アインはそう言って、静かに微笑んだ。満足そうな笑みだ。
「・・・飽いていた。飢えていた。しかし、これでようやく満足して逝ける」
そう言って、アインは静かに事切れた。
・・・そうか。やはり、そういう事か。お前がこの森に来たのはそういう事なんだな?
「・・・アイン。お前は只、強い奴と戦いたかっただけなんだな」
僕の声が、虚しく響き渡る。その果てに、アインはようやく満足して逝ったようだ。
・・・馬鹿な奴、とは言えなかった。僕はこいつのその渇望を笑う事が出来なかった。
「っ、ムメイ!!!」
リーナが僕に駆け寄ってくる。その表情は心配そうだ。そんなリーナに僕は笑みを向けるのだった。
無銘が強すぎる・・・。




