番外、父子の会話
ある日の昼下がりの事。僕がリーナと一緒に部屋でくつろいでいる時。こんっこんっとドアをノックする音が部屋に響いた。直後、聞きなれたメイドの声が聞こえる。
「シリウス様。旦那様がお呼びでございます・・・」
メイドのメアリーからそう言われ、僕は父の書斎に向かった。リーナが同行すると言い出したが、やんわりと宥めて断った。まあ、最近リーナと一緒に居る事が多い気がするし。
同行を断った時のリーナの泣きそうな顔と来たら。流石に僕でも気が引けるだろう。
何とか宥めた僕をどうか褒めてほしい。いや、やっぱり良いや。めんどくさい。・・・はぁっ。
で、現在父の書斎で僕は父の前に居る訳だが・・・。父は何だか難しい顔をしている。
「えっと、何か用でしょうか?父さん」
「うむ、今日はリーナ嬢は一緒に居ないようだな」
父がまずそう言ってきた。まあ、最近は常に一緒に居る事が多かったからな・・・。
何とか頼み込んで、一緒のベッドに寝る事は無くなった。その代わり、朝は毎回僕が必ずリーナを起こしに行く事になったのだが。
朝、起こしに行く度に目覚めのキスをせがまれるのはどうかと思う・・・。まあ、今は良い。
良くは無いのかもしれないが、今は良い。良いったら良いんだ。
「連れてこない方が良いと判断しましたので。連れてきた方が良かったでしょうか?」
「いや、今回の話はお前と二人で話したかった所だ。それで良い」
「・・・それ程重要な話ですか?」
父は静かに頷いた。僕は表情を引き締める。父がそう言うからには、そうなんだろう・・・。
「前に言っただろう?マーヤーの話を今話しておこう・・・」
「母さんの・・・・・・」
母の話と聞いて僕は息を呑んだ。つまり、父と母の話を今しようと言うのだ。
父は静かに頷き、話し始めた・・・。
・・・・・・・・・
父と母、ハワード=エルピスとマーヤー=トリムルティはいわゆる幼馴染だった。
母の一族は古き魔女の血族、原初の蛇神を祀る一族だったという。つまり、魔女というより巫女に近い位置にいたらしい。原初の地母神を祀る一族の末裔、それが母だとか。
母が薬草の知識に深かったのも、その為だ。その他、母は神と交信する力もあったらしい。
神と交信し、その力で過去、現在、未来を断片的に視る事も出来たようだ。その力を持つ故、他家から利用しようと近付く者もいたらしい。その度に、父がその縁談を潰していたのだとか・・・。
・・・まあ、それはさておき。
そんな父と母は、幼い頃よりずっと一緒に過ごしてきたようだ。それこそ野山で一緒に駆け回って遊んだ事も何度もあるらしい。
とても楽しい日々だった。充足していた。こんな日々が、何時までも続けば良いと思っていた。
そんな日々が続き、何時しか父と母はお互いに意識し合うようになったとか。
淡い恋。最初はそんな程度だったが、いつしかその想いは徐々に強くなっていったという。
そして、ある日父は母を伯爵領のとある草原に呼び出した。告白をする為だ。
「マーヤー。どうか、俺と結婚してくれ!!!」
「・・・・・・っ、はい」
その告白を、母は受け入れた。目に涙を溜め、嬉しそうな顔で母は笑っていたという。
・・・その時の笑顔を、父は未だに忘れないと。そう言った。
そして、そのまま二人は結婚した。周囲から祝福され、二人は幸せを目いっぱい噛み締めたという。
本当に幸せな日々だった。温かく、優しく、甘い日々だった。
子供が産まれると聞いた時は、天にも昇る気分だったとか。
そんなある日の事、事件は起きた・・・。
「マーヤーっ!!!」
「っ、ハワード・・・・・・」
血だまりの中、母は血塗れでへたり込んでいた。周囲には母の父母、そして姉妹の死体があった。
どうやら、魔物の襲撃に会ったらしい。母は家族に庇われ、何とか助かったとか。
母が妊娠し、実家に帰っている時に起きた悲劇だった。
「マーヤー、お前が無事で良かった。何時までも此処に居ると危ない。行こう・・・」
父が母の手を引く。しかし、母は首を横に振りその手を振りほどいた。その顔は何時になく真剣だ。
「・・・・・・マーヤー?」
「・・・ハワード、あの魔物は私を狙って襲撃してきました。貴方の傍に居たら、また襲ってきます」
「・・・・・・それは」
父は母の顔を見た。母の顔は、何か覚悟を決めたような顔だったという。何かを覚悟した、覚悟を決めたような顔だった。父は息を呑んだ。
或いは、その表情さえ見なければ俺が守ってやると言えたのかも知れない。俺が守ってやる、だからどうか俺の傍に居てくれと。そう言えたのかも知れない。
・・・だが、言えなかった。
「私は、もう貴方とは一緒に居られません。ハワード、貴方の為にも。そして、産まれてくる二人の子供達の為にも私は去らねばなりません・・・」
そう言って立ち去ろうとする母の手を、思わず父は握り締めた。
振り返る母を抱き寄せ、父は母にそっと口付けした。・・・しばらく、そのまま時間が過ぎる。
ようやく離れた後、父は母に言った。
「マーヤー、お前の気持ちは理解した。だから、俺はお前を止めはしない。しかし、これだけはどうか覚えておいて欲しい。お前の事を、そして二人の子供を俺は愛していると」
「・・・・・・・・・・・・はいっ」
母は涙ぐんだ瞳で頷いた。そして、再び二人はそっと口付けを交わした。永遠にも似た刹那だった。
そうして、母は父の許を去ったという。
・・・・・・・・・
「これが、俺とマーヤーの話の顛末だ」
「・・・そう、ですか」
話を聞き終え、僕は静かに頷いた。そう、それが父と母の結末。魔物に引き裂かれた、二人の幸せ。
それを聞いて、僕は思う。僕は、きっと両親に愛されて生まれて来たのだろう。両親に望まれて生まれて来たのだろう。そう、感じた。
「シリウス、此処からが大事な話だ。どうか聞いてくれるか?」
「・・・はい」
僕は再び、表情を引き締め直した。これはきっと、僕にとって避けられない重要な話。
そう、僕は直感した。
「シリウス・・・。お前を我が伯爵家に迎え入れる時、森の中で奇妙な青年に会ったろう?」
「はい・・・」
僕の脳裏に、あの夜の出来事が思い出される。あの、青年と出会った夜を。
魔物を生み出した件の青年の事だろう。あの不気味な笑みを浮かべた青年。悪意に満ちた笑顔を浮かべたあの青年を。僕は思いだした。
「これはあくまで俺の直感だが。あの青年、マーヤーの事にも関与している気がするんだ」
「・・・・・・・・・・・・それは、何故?」
「お前がマーヤーの許を去った後、俺はマーヤーから聞いたんだ。マーヤーを襲撃したあの魔物。そいつは何者かの指示を受けて行動していたと・・・」
「っ!!?」
思わず僕は目を見開く。それはつまり、母は確かな悪意を持って狙われたという事だ。
確かな悪意を持って、意図して狙われた事になる。
母を狙った魔物を使役した何者か。そして今回の魔物を生み出し、操る青年。無関係と言い切るにはかなり出来過ぎているだろう。
「俺も出来うる限りお前を守るつもりだ。しかし、お前もどうか気を付けてくれ」
そう言って、父は話を終えた。
・・・・・・・・・
僕が書斎を出ると、其処にはリーナが居た。話の途中から気配は感じていたが。やはり居たか。
「リーナ、どうした?」
「・・・・・・ムメイ」
そっと、リーナに笑い掛ける。
リーナは何処か元気が無い。やはり、話を聞いていたか。僕は苦笑してリーナを抱き寄せる。
抱き寄せて、頭を優しく撫でる。・・・リーナも僕の胸に抱き付いた。
「大丈夫、僕は父さんと母さんに愛されている。きっとそれで充分だ」
「・・・本当に?ムメイ、寂しくない?」
「ああ、大丈夫だよ。僕は強いから、もう強くなったから」
そう言って、僕はリーナに笑い掛ける。大丈夫、僕はもう大丈夫だ。
もう僕は大丈夫。これもきっと、何とかして見せる。そう、僕は密かに決意した。
暗躍する黒幕。あの青年は一体何者なのか?