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無銘の世界~personaluniverse~  作者: ネツアッハ=ソフ
少年編
3/168

1,優しい世界

 転生してから早10年。10歳になった僕はこの世界に対する理解を深めていった。


 どうやら、此処は異世界らしい。オークやゴブリン、オーガなどの居るファンタジーな世界だった。


 ・・・どうやら、この世界は地球とは生態系(せいたいけい)が違うらしい。


 世界地図も地球とは違う物だ。この世界は七つの大陸と大海で出来ている。


 人大陸(じんたいりく)、アース。


 人間の住む大陸で、三つの大国が支配する。立法、行政、司法をそれぞれ三人の王が司っている。


 魔大陸(またいりく)、クリフォト。


 魔族の住む大陸で、魔王が支配する。魔王の絶対王政となっている。


 幻想大陸(げんそうたいりく)、オルム。


 幻想種の棲む、獣の楽園。竜王が支配している。


 焔大陸(えんたいりく)、カルデラ。


 灼熱の火山地帯。炎巨人が支配する。


 氷大陸(ひょうたいりく)、コキュートス。


 極寒の永久凍土。氷の巨人が支配する。


 神大陸(しんたいりく)、デウス。


 神々の住む神域。神王が治める約束の地。


 未開の大陸。


 未だ未開の大地。不可侵領域。


 この七つの大陸を、大海が取り囲んでいる。


 渾沌世界———ウロボロス。この世界の名だ。自らの尾を喰らう円環の蛇の名を冠す世界。


 僕が住むのは人大陸にある大国、オーフィスに属するエルピス伯爵(はくしゃく)領の村落だ。


 とても小さな村だけど、平和な良い村だ。少なくとも僕はそう思う。


 僕は母親に似た、黒髪に青い瞳の少年に成長した。我ながら顔立ちは整っている。


 ・・・イケメンか。


 僕には双子の妹が居て、僕にべったり良く(なつ)いて来る。ミィという名前だ。


 この妹、少しブラコンの気があるんじゃ無いか?よく僕に抱き付いて来るし・・・。


 少し、うっとうしい。


 そんな僕達兄妹を、母親は愛情深く接してくれている。とても優しい人なんだろう。


 ちなみに、母の名はマーヤーという。村でも有名な魔術師(まじゅつし)だ。


 魔術師、とは言っても今は調薬で生計を立てているらしい。何でも魔術師としての知識だそうだ。


 ・・・父親の顔は知らない。名前すら教えては貰えなかった。


 ある日、母親に父親の事を聞いてみたらとても優しい人だと答えた。愛しているとも言った。


 嬉しそうに語る母の顔から、本当の話なのだろう。きっと、良い人なんだと思う。


 優しい世界。暖かな世界。


 ・・・けど、何故だろうか?僕には此処が、とても居心地が悪かった。


 此処に居るだけで、僕は胸が苦しくなってくる。此処はとても息苦しい。


 こんなにも優しい世界なのに。こんなにも優しい人達なのに。


 僕には此処が居心地悪かった。


 ・・・何故、こんなにも居心地が悪いのか?何故、僕はこんなにも・・・。


「・・・ああ、なるほど。そういう事か」


 僕は、すぐに理由に思い至った。


 僕は誰も心底から信じていないんだ。誰に対しても心に壁を作り、裏切られる事を前提に接している。


 これでは居心地が良い筈が無い。常に緊張しているような物だ。


 此処は僕の居場所では無い。此処に僕が居るべきじゃ無い。


 優しい世界なのに。暖かな世界なのに。僕は前世の地獄が忘れられなかった。


 結局、僕は生まれ変わっても人間不信のままだ。生まれ変わっても僕は僕のままだ。


 母が優しく接する度、妹が僕に擦り寄る度に、僕の胸の内を黒い感情が渦巻(うずま)く。


 僕の心が、黒い感情に塗り潰されそうになる。かつての地獄が思い出される。


 やめろ、もう誰も僕に近付くな‼僕なんか放っておいてくれ‼


 僕は、独りになりたいんだ!!!


 溜まってゆくストレス。僕はもう、ほとんど限界だった。


 だから、ある時僕は家を一人逃げ出す事にした。こんな優しい世界、逃げ出してやる!!!


 夜、皆が寝静まった頃に僕は家をこっそり抜け出した。


 家の戸に手を掛けた、その時・・・。


「・・・んっ、お兄ちゃん」


「っ⁉」


 背後からの妹の声。


 驚いて振り返るが、どうやら寝言らしい。妹は安らかな寝息を立てて寝ている。


 僕は安堵(あんど)の息を吐き、家を出た。・・・すると。


何処(どこ)に行くの?」


「っ⁉」


 母が僕を呼び止めてきた。どうやら、まだ起きていたらしい。


 僕は、連れ戻されるのか?そう思った。


「もう一度聞くけど、何処に行くの?」


「・・・・・・・・・・・・」


 母の顔は何時もの顔より険しかった。僕のやろうとしている事を、薄々と察しているらしい。


 僕は思わず黙り込む。顔を俯け、ぎゅっと歯を食い縛った。・・・そんな僕の顔を見て、母は軽く溜息を吐いた。


「そんなに、此処が居心地悪かった?」


「・・・・・・どうして」


 どうして、それを知っているのか?


 どうして、そんなに僕に構うのか?


 そんな僕の問いに、母は優しい笑みを浮かべて僕を抱き締めた。優しい抱擁(ほうよう)だ。


「・・・馬鹿ね。私は貴方達の母親よ?それくらい解るわよ」


「・・・・・・・・・・・・っ」


「そんなに、私が頼りなかった?」


「・・・・・・それは、違うよ」


 僕は、呟くように答えた。(かす)れるような声だ。


 それは違う。僕が只、人を信じる事が出来ないだけ。人を頼る事が出来ないだけだ。


「貴方の事を、教えてくれないかな?」


「・・・・・・」


 僕は静かに頷いた。


 僕は話し始める。自身の前世の記憶を。


 過去のトラウマを・・・。僕の孤独を。


「・・・僕は、前世の記憶を持って生まれて来たんだ」


「・・・・・・っ!?」


 この時の、母の顔を僕はきっと忘れないだろう。


 もしかしたら、この時点である程度察したのかも知れない。母は愕然と目を見開いて、身体を硬直させていた。驚愕と悲哀の混じった表情だ。


「僕は極度の人間不信だった。誰も信じられなかった。・・・周囲に迫害(はくがい)された事で、より僕は人を信じられなくなった」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 母の悲しげな顔。何故だろうか?その顔を見ると、胸が酷く痛んだ。


 ・・・きっと、気のせいだろう。そうに違いない。


「僕に味方など居なかった。僕自身、きっと味方など求めて居なかった。きっと、心の内では独りになりたいと思っていたんだ」


「・・・そんな事‼」


「そんな事あるんだ。誰も信じられない、信じたくないというのはそういう事だろう?」


 つまり、そういう事だ。僕は根本的に群れに馴染めないんだ。


 きっと、これは僕の問題だ。僕は根本的に異質なんだ。


 順応できない人間は叩かれる。僕の場合、叩かれるじゃ済まなかったけど。


 叩かれたくなければ、順応しなければならない。僕はそれが出来なかった。


 きっと、僕は異端者(いたんしゃ)なんだ。


「・・・・・・っ」


 そんな暗い感情に没入(ぼつにゅう)する僕を、母はそっと抱き締めた。


 母は、涙を流していた。温かい、優しい涙だ。きっと、僕の為に泣いてくれているんだろう。


 けど、僕には解らない。理解出来ない。


「貴方の気持ちは理解した。貴方が其処まで言うなら止めません。けど、貴方も理解して欲しい。私も、あの子も、貴方を想っている事を」


 ・・・解らない。


「生きていたら、きっと貴方を理解してくれる人が現れるから・・・」


 ・・・解らない。


「諦めなければ、生きていれば、きっとチャンスは来る。必ず来るから」


 ・・・解らない。


「だから、貴方も諦めないで」


「・・・・・・僕には解らないよ」


 僕には解らない。一体、皆は僕に何を求めているんだ?一体、僕はどうすれば良いって言うんだよ?


 もう、何も解らない。解りたくも無いよ。


 もう、何もかもが嫌だ。


 そんな僕に、母は僅かに苦笑を浮かべた。


「今は解らなくても良い。今は無理しなくても良い。ゆっくりと理解すれば良いよ」


 そう言って、母は僕を強く抱き締めた。暖かい抱擁だった。薄っすらと、僕の頬を涙が伝う。


「何れ、思い出す事があったら帰っておいで」


「さようなら、母さん・・・」


 僕と母は最後に、強く抱き締め合った。強く強く、互いを確かめ合うように。


 きっと、これが永遠の別れになる。そう、僕は思った。きっと、これが母との最後の抱擁になるだろうと確信があった・・・。


 だから、別れだけはきっちりしておく。もう、二度と戻らない場所だ。


「・・・貴方に、これを渡しておくわ」


「これは・・・」


 ・・・それは、一振りの短剣だった。無駄な装飾(そうしょく)を省いた、しかし立派な短剣だ。


 唯一、柄頭に嵌められた宝石が装飾らしい装飾だろう。サファイヤのような青い宝石だ。


 僕はその短剣を受け取り、母に背を向けた。


 そうして、僕は家を出ていった。僕は駆け足で村を跳び出し、そうして裏山に駆けていく。


 ・・・その後、裏山で僕は泣いた。わんわんと大泣きした。


 今まで、それこそ前世ですら此処まで泣いた事は無かった。


 この日、僕は自ら優しい世界を捨て去った。


          ・・・・・・・・・


 同時刻・・・。目を覚ましたミィは家の前に立ち尽くす母を見付けた。


 ミィは母の様子がおかしい事に気付き、きょとんっと小首を傾げる。


「お母さん、どうしたの?・・・お兄ちゃんは?」


「・・・・・・・・・・・・お兄ちゃんは、もう居ない。家を出ていっちゃたの」


 母の言葉に、一瞬ミィは意味が理解出来ずに硬直する。そして、やがて信じられないと顔を歪めて首を左右に振った。相当信じたくないのだろう。


 事実を受け入れられずに歪んだ顔は、酷く悲痛だ。


「もう、お兄ちゃんと会えないの?」


「うん」


「もう、二度と・・・?」


「・・・・・・うん」


 その母の言葉に、ミィは涙を(あふ)れさせて泣いた。


 もう、兄は此処には居ない。もう、兄とは会えない。それが、とても悲しかった。


 母は、そんなミィを泣きながら抱き締めた。


「ああああああああっ‼あああああああああっあああああ!!!」


「ごめんね。ごめんなさいねっ!!!」


 母とミィの二人は、泣きながら抱き締め合った。


 その泣き声に目を覚ましたらしい。村の人達がわらわらと集まってくる。


「どうした!?何があった‼」


「知らん、一体何が!?」


「何だ!?大丈夫か!!?」


 村は一気に大混乱。村人達はわたわたとし始める。


 それでも、母とミィは泣き止まない。結局、しばらくの間親子で泣き続けた。


 その日、二人は大切な家族を一人失った。


挿絵(By みてみん)

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