10、僕の葛藤
「其処までだ、お前達!!!」
練兵場に父の声が響き渡った。見ると、其処には父とナハトの二人が居た。騎士達が全員跪く。
父は一瞬僕に目を向けると、ナハトに問う。
「どうだ、ナハト。俺の息子は?」
「はい。剣の腕はかなりの物でしょう。しかし、精神が未熟にすぎますな・・・。恐らく、これまで誰一人として頼った事が無いのでしょう」
「・・・・・・そうか」
・・・どうやら、僕とマルコムの訓練を見ていたらしい。
父の顔が僅かに陰る。まあ、ナハトの言う事もあながち外れてはいない。
只、一つだけ訂正する。僕は人を頼った事が無いのではない。人に頼れなかったのだ。
僕は誰一人として、信じる事が出来なかった。只、それだけの事だ。
別に頼りたいと思った訳ではない。僕はそれ以前に、人に頼る事を知らない。
僕はこれまでの人生、前世ですら一度たりとも誰かを頼った事が無い。頼ろうとした事が無い。
故に思う。僕は本当に人間か?本当は、人間の皮を被った怪物ではないのか?化物ではないのか?
ならばこそ、僕は自分自身に違和感を感じる。何故、僕は人のカタチをしている?
解らない。それこそ、理解不能だ。・・・僕は一体何者なのか?僕は一体誰だ?
そんな僕の様子に、ナハトは苦笑した。
「まあ、何はともあれ将来有望なご子息ではないですかな?」
そう言い、ナハトは父に笑い掛けた。父は苦笑し、頷く。
「ああ、そうだな・・・。シリウス、よくぞ此処まで鍛え上げた」
「はい。ありがとうございます」
僕は父に頭を下げる。そんな僕に、父は微笑みながら頭を撫でた。
・・・・・・・・・
その日の夜、僕は自室で物思いに耽っていた。ベッドに横になり、天井を眺めながら考える。
「・・・・・・・・・・・・」
考えているのは僕のこれからの事だ。果たして、僕はこの屋敷に居るべきなのか?本当は、僕は此処に居るべきではないのではないか?そう思った。
僕はきっとこの屋敷に居れば、いや、リーナの傍に居ればそこそこの幸せを甘受出来るだろう。おおよその人が望む幸せという物を甘受出来るだろう。
しかし、恐らく僕はそれを許容出来ない。僕はそれに耐えられないだろう。
何故なら、僕は人を信じる事が出来ないから。人を信じる事を知らないから。僕は人の望む幸福を許容出来ないのだから。
人を信じられないなら、最初から人の傍に居なければ良い。恐らく、僕にとっては人の傍に居る方が苦痛に感じるだろうから。ならば最初から人と関わらなければ良い。
人と深く関わらなければ、もう誰も傷付く事も無いだろう。もう、これ以上傷付く事も無い。
或いは、もう死んでしまえば・・・。そんな考えが僕の頭を過った瞬間———
こんっこんっ、ドアをノックする音が部屋に響く。こんな時間に一体誰だ?僕は僅かに警戒した。
「・・・・・・誰だ?」
「ムメイ、私・・・」
ふむ、どうやらリーナのようだ。僕はベッドから降り、部屋のドアを開けた。ドアを開けて、僕は思わず硬直してしまった。何故なら・・・
「いや、何でだよ?」
僕は思わず突っ込んだ。何故なら、リーナはネグリジェ姿だったからだ。その腕に枕を抱えている。
「えっと、とりあえず部屋に入れてくれるかな?」
「リーナ、もしかしてまた僕の部屋で寝るつもりじゃあ無いだろうな?」
「・・・・・・・・・・・・」
リーナは顔を真っ赤に染めた。どうやら図星らしい。・・・うわぁっ。
僕は口の端を引き攣らせ、リーナに問う。
「一応聞いておくけど。僕だって男だぞ?リーナみたいな可愛い女の子と一緒に居たらどうなるのか解らない訳ではないだろう?」
「解っているよ?だから、私はそれを期待して・・・」
僕は頭が痛くなってきた。もう、何だか・・・これが頭痛が痛いという奴か。そう思った。
もう・・・何でこう、もっと自分の貞操を大事にしないのか。心から嘆きたくなった。
「頼むから、もっと恥じらいとか持ってくれよ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
リーナは顔を真っ赤に染めた。顔を真っ赤に染めて、潤んだ瞳を僕に向けた。
ああ、頭が痛い。本当に痛い。どうしてこう、この娘は僕に直球に来るのだろうか?
「・・・とりあえず入れ。頼むから期待はするなよ?」
「・・・・・・うん」
僕はリーナを部屋に招き入れた。もちろん、これからいかがわしい事をする為ではない。断固ない。
こんな姿のリーナを、これ以上廊下に立たせる訳にはいかないからだ。
リーナは現在、ネグリジェ姿なのだ。その薄着の向こうに綺麗な肌と下着が透けて見える。
そんなリーナを、これ以上廊下に立たせる訳にはいかない。それだけは否だ。
ああ、全く頭が痛い。僕は頭を抱えた。何故、こうなった?
・・・・・・・・・
僕の部屋に入ったリーナは真っ赤な顔でベッドに座る。その顔は、何かを期待するような顔だ。
「いや、だから何もしないからな?」
「そ、そう・・・。そうだよね・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
リーナよ、何故そう残念そうな顔をする?僕は思わず、溜息を吐いた。ああもう、全く。
僕はリーナの隣に座った。リーナは少し言い辛そうに、それでも何かを決意したように言う。
「ムメイ・・・。一体何を悩んでいるの?」
「・・・何の事だ?」
僕はあえてとぼけてみる。そんな僕に、リーナは心配そうな顔で問う。
「そうやって、一人で抱え込もうとする。私は見ているんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「お願い。ムメイの正直な気持ちを打ち明けて」
リーナは僕の瞳を真っ直ぐ見詰めてくる。思わず僕は視線を逸らす。リーナを見返す事が出来ない。
「僕は・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「僕、は・・・・・・」
やはり、僕はリーナを見返す事が出来ない。何故?僕は強くなりたかった。強くなりたかったのに。
その筈なのに・・・。
そんな僕に、リーナは優しい微笑みを浮かべた。ふわっと、僕を包み込むように抱き締める。
「大丈夫。何があろうと私は、ムメイの味方だから・・・」
「・・・・・・何で、そんなに僕の事を?」
何故、そんなに僕に構うのか?何故、そんなに僕に信頼を寄せてくれるのか?
僕には理解出来ない。その信頼の情が僕には理解出来ない。
「貴方を愛しているから。ムメイの事が大好きだから・・・」
「僕にはそれが理解出来ないよ・・・」
「けど、私はムメイの事を愛している。だからムメイの事が知りたい・・・」
それは、無条件の愛。無条件に僕を愛してくれるという事。無条件に僕を信頼してくれる。
けど、僕にはそれが理解出来ない。僕に無条件の愛など解らない。けど・・・
何故だろうか?僕にはそれが、何故か何よりも眩しく思えた。何よりも尊く思えた。
だから・・・。気付けば、僕は話し始めていた。
「僕は、人を信じる事が出来なかった。誰も信じる事が出来なかったんだ」
「それは・・・」
リーナは目を見開いて、愕然とした顔をする。
そりゃそうだ。何故なら、リーナの事だって信じていないと言っているような物だから。そして、実際にその通りだ。僕はリーナの事だって信じていない。
「そして、それは想像以上の苦痛がある。誰も信じられないという事は、つまり常にその居心地の悪さを味わい続けるという事だ」
「それが、ムメイが家を飛び出した理由?」
リーナが泣き出しそうな顔で、僕に問うてきた。僕はそれに対し、静かに頷く。肯定する。
「そうだ。何処に行っても、何処に居ても、僕は居心地の悪さを味わう事になる。僕は何処に居ても異端でしか無いんだよ。まるで、人の皮を被った化物だ」
「っ、そんな事は無いよ!!!」
「っ!!?」
強く言い切ったリーナの瞳は、涙で潤んでいた。その表情に僕は思わずドキッとする。
そんな事は無いと、リーナはもう一度言う。
「ムメイ、貴方は自分が傷ついても私を山賊から助けてくれた。あの時のムメイの優しさは本物だよ」
「それは・・・。だから・・・」
「貴方のその優しさが、私は大好きだよ・・・。愛してる」
「っ!!?」
気付けば、僕の頬を涙が伝っていた。僕は、静かに泣いていた。
そんな僕を、リーナは優しく微笑んで抱き締める。
「解らない。僕は、こんなの知らない・・・」
「うん。けど、これから知っていこうよ」
「解らないよ・・・。僕には理解出来ない」
「今はそれで良い。大丈夫、ムメイは変わっていける」
リーナの胸で、僕は涙を流した。もう、何も解らなかった。
ヒロインの優しさに胸が痛い。




