9、エルピス騎士団
清々しい朝。窓の外から小鳥のさえずる声が聞こえる。うん、実に清々しい朝だ。
ちらっと僕は隣を見る。其処には・・・
「・・・すぅーっ」
「・・・・・・・・・・・・いや、何でだよ?」
僕は静かに突っ込んだ。いや、本当に何でだよ?何故、僕のベッドにリーナが寝ているんだ?
・・・ぎゅっ。リーナが僕に強く抱き付いてくる。その際、リーナの胸の柔らかい感触や温かい体温とかを直に感じる。中々心地良い?
・・・いや。いやいや。いやいやいやっ!!!そうじゃねえだろうがっ!!!僕は馬鹿かっ!!!
これは大問題だ。流石にこれはまずい。この状況下で、もし誰か来たら———
「・・・・・・んっ。あっ」
リーナが艶っぽい声を上げる。一瞬、僕の思考が停止する。こいつ、何て声を出すんだ。
僕は、自分の顔が熱くなるのを感じた。いや、確かにリーナは可愛いし僕に好意を持ってくれているのは素直に嬉しいけど・・・
って、そうじゃない。僕は何とか、思考を正常に戻す。
「リーナ?おいっ、リーナ‼起きろ!!!」
「・・・・・・んん、ん~・・・。ムメイ?」
「そうだよ、僕だよ。リーナ、何でこk———」
僕の言葉が不自然に途切れた。何故なら・・・。
「・・・・・・んっ。んむっ」
「・・・っ⁉っっ!!!」
!!!!!!!!!?????????
リーナにキスされた。僕の思考が真っ白になった。いや、意味が解らない。理解出来ない。全く何も考える事が出来ない。理解したくない。
僕は一体何をされた?これは一体どういう状況だ?何故、僕はリーナにキスされている?
理解不能。理解不能。理解不能。何も理解出来ない。僕の頭がパニックを起こす。
・・・と、その時。
「シリウス様。朝でございます」
こんっこんっと、ドアをノックする音が響きメイドの声が聞こえた。
「!!?」
マズイ。これは非常にマズイ。この状況を見られたら・・・
一向に返事が来ない事にメイドは不審に思ったらしい。外の雰囲気が変わった。
「シリウス様?開けますよ?」
「っ!!?」
瞬間、無情にも開けられるドア。直後、僕とメイドは硬直する。
メイドの目には、僕とリーナが朝っぱらからベッドでキスをしているように見えるだろう。いや、実際に僕とリーナは現在キスをしているのだが・・・。というか、僕が唇を奪われているのだが。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・し、失礼しました~」
「ぷはっ。ち、ちょっと待てっ!!!」
曖昧な笑みを浮かべて、メイドはそそくさと去っていく。僕がメイドを止めるが、そのままメイドは走り去るのだった。もはや後の祭り。
呆然と僕は腕を伸ばしたまま、硬直する。そんな僕の背中に、リーナがそっと寄り掛かる。
「・・・・・・ムメイ♪」
「・・・・・・・・・・・・はぁっ」
もう、どうとでもなれ。そう僕は肩を落としたのだった。本当に、やれやれだ。
・・・・・・・・・
僕とリーナは屋敷の中を歩いていた。僕はリーナに問う。
「で、何故リーナは僕の部屋に居たんだ?」
「それは・・・。ムメイと一緒に居たかったから?」
「いや。僕に聞かれても・・・・・・」
首を傾げて答えるリーナに、僕は思わず溜息を吐いた。いや、お陰で僕はリーナと出来ているとか変な噂がメイド達の間で広まったんだぞ?どうしてくれるんだよ。
ああ、面倒臭い。そう思っていると、リーナが不安そうな顔を僕に向けてきた。何だよ?
「ムメイ、私の事が嫌い・・・?」
「いや、嫌いじゃないさ」
「それじゃあ、私の事・・・好き?」
「・・・・・・・・・・・・す、好きだよ?」
思わず顔を逸らして答える僕。そりゃあ、好きか嫌いかで聞かれれば好きと答えるしかないだろう?
その返答にリーナは嬉しそうに笑い、僕に抱き付いた。うん、もう何でも良いや。面倒臭い。
・・・そう思っていると、中庭の方から騒がしい声が聞こえてきた。一体何だ?
少し覗いてみる。すると、其処には複数人の騎士達が集まり訓練をしていた。ふむ、どうやら中庭ではなく練兵場の類だったらしい。
皆、槍や剣を持って訓練に励んでいる。うん、こう見ていると疼いてくるな。
「ムメイ?」
「ん?ああ、どうやら訓練の最中らしいな・・・」
「そう・・・」
訓練を見ていると、僕達の視線に気付いたのか一人の騎士が僕達に近寄ってきた。
「・・・ふむ、リーナ様と・・・少年は誰かな?」
「ああ、僕の名は・・・シリウス。シリウス=エルピスです」
僕の返答に、一瞬だけ騎士が硬直した。硬直して、恐る恐る尋ねる。
「え、えーっと?あの、もしや伯爵のご子息で?」
「ああ、うん。そうですね・・・。僕はエルピス伯爵の息子になりますね?」
思わず僕は苦笑する。僕自身、未だに実感が持てない。未だ伯爵家の息子だという実感が無いのだ。
しかし、その返答は騎士には効果抜群だったらしい。
「そ、それは大変ご無礼をっ!!!」
騎士は勢い良く頭を下げてきた。僕は慌ててそれを止める。
「い、いや・・・。別に気にしてはいないから。ほら、とりあえず頭を上げて・・・」
「し、しかし・・・」
そうこうしている内に、何だ何だと他の騎士達が集まってくる。集まる視線。これはマズイ。
「えーっと?貴方の名前は?」
「は、はいっ。俺の名はマルコムと申します・・・。一応、騎士長になります・・・」
どうやら、騎士長だったらしい。つまり、騎士達の中ではかなり偉いのか・・・。
だとすれば、この状況は余計にマズイだろう。
「じゃ、じゃあこうしましょう。僕も訓練に参加させて下さい」
その言葉に、マルコムは更に目を見開いて驚いた。他の騎士達もだ。
「え、えーっと?ご子息が・・・ですか?」
「はい。僕も訓練に混ぜて下さい。それで今回の件は無しとしましょう」
僕の言葉に、マルコム達は曖昧に笑うのだった。まあ、そりゃあそうか。
僕は思わず苦笑した。
・・・・・・・・・
そして現在。僕は練兵場の中央で騎士長のマルコムと対峙していた。マルコムは未だ、全くやる気が起きないようだ。まあ、少年を相手にやる気になれと言う方が酷だろうが。
「・・・・・・えっと、本当に良いんですね?シリウス様」
「ああ、全く問題ないよ」
僕は木剣を片手に、自然体で立っていた。傍目に見たら無防備極まりないだろう。
しかし、実際はこれが僕の最も最適な構えだ。この自然体から繰り出す変幻自在の業。
隙だらけに見えて、隙が無い。それが僕の辿り着いた答えだ。
対するマルコムは木剣を正眼に構えている。基本に忠実だが、全くやる気を感じない。
僕から見たら隙だらけだ。
「では、行きますよ!!!」
僕に向かって木剣を振りかぶる騎士長マルコム。しかし・・・
「甘いっ!!!」
瞬間、僕はほんの僅かな挙動でマルコムの脇腹を打ち抜いた。もちろん手加減はしている。
僅かな挙動で避けにくい一撃。それが見事にマルコムの脇腹を打ち抜いた。マルコムはその一撃に思わず目を白黒させている。どうやら今の動きが全く見えなかったらしい。
「シリウス様・・・。今、何を?」
「脇を締めて、もっと動きを最小限にするんだ」
そう言って、直後。
瞬間、僕の姿が消えた。そうマルコムが認識した瞬間、既に頭を打たれていた。
「集中力は常に切らすな。それは命取りだ」
「っ!!!」
マルコムは此処にきて、ようやくその認識を改めたようだ。僕が只の少年では無いと。
ぎゅっと表情を引き締める。脇を締め、しっかりと木剣を構える。よし、良い気構えだ。
僕は獰猛な笑みを浮かべた。
「来いっ!!!」
「はあああああああああっ!!!」
僕によるマルコムの訓練は夕刻まで続いた。いや、何時の間にかマルコムの訓練になっているし。
まあ、良いか。




