7、僕の選択
室内に静寂が満ちる。誰一人として口を開く者は居ない。誰もが口を開けずにいる。
僕は涙を溜めた瞳で、虚空を見る。僕の頬を、涙が伝う。
「僕はそれでも強くなりたかった。誰一人頼る事のない、一人でも生きていられる強さが欲しかった」
それは、心の底からの絶望の言葉だった。僕は今、絶望していた。
胸が痛い。締め付けられるように痛む。強くなった筈なのに。弱い自分などとうに捨て去った筈、それなのに胸が痛む。・・・何故?
強くなりたかった。誰にも頼らず、一人で生きて居られる強さが欲しかった。
・・・誰にも頼りたくなかった。それだけだった。
なのに、僕は未だに弱い。他者を圧倒する力はあっても、それでも僕は弱い。それが我慢出来ない。
何故、僕はこうも弱いのか?強くなった筈なのに・・・、弱さなど捨て去った筈なのに・・・。
・・・僕は、弱い。ちくしょうっ!!!強くなりたい。
そんな僕を、リーナがそっと抱き締めた。優しく、温かい抱擁。
「人は一人では生きていけない。けど、だからこそ人は寄り添い合うんでしょう?」
「・・・それでも、僕は」
「大丈夫。私はムメイを決して裏切らない。何時でも一緒に居るから・・・。だから、私を信じて」
「・・・・・・っ」
自分でも理解出来るほど、僕の顔がくしゃりと歪む。僕は、僕・・・は・・・。
もう、どうすれば良いのか自分でも解らない。何が正解なのか、全く理解出来ない。一体、僕はどうすれば良いんだよ?どうすれば良かったんだよ?
「・・・シリウス」
父が、口を開く。その表情は真剣そのものだ。父親としての、厳格な顔。
「何ですか・・・?」
「シリウス、俺の屋敷に来い。俺の屋敷で住め」
父の屋敷。それはつまり、エルピス伯爵家に来いという事だ。
「それは・・・、僕に息子として屋敷に来いと言う事ですか?」
「・・・そうだ。お前の気持ちは良く理解した。なら、俺の屋敷に一緒に住み、他者と生活する事で人の気持ちを知り、本当の強さを学ぶのも良いんじゃないか?」
「・・・・・・それは」
僕は悩む。それは、確かにその通りかもしれない。けど、僕の意思としては人と深く関わりたく無いというのが本音だ。それでは元の木阿弥だろう。
しかし、僕は悩む。どうすれば良いのか、僕自身良く解らない。一体、どうすれば良いのか?
本当はどうすれば良かったのか?一体、何が正しかったのか?理解出来ない。
「・・・・・・ムメイ」
「リーナ?」
リーナが僕の腕に抱き付く。僕はどうすれば良いんだろう?
解らない。解らない。解らない。一体、何が正解なんだ?
僕は———
「大丈夫。きっと、ムメイは本当の意味で強くなれるよ・・・。だから、私を信じて」
「・・・それは」
それは、何れ僕が人を頼れる日が来るという事か?僕が何れ、人を信じる事が出来るようになると?
・・・それがとても滑稽に思えて、僕は思わず笑ってしまった。空笑いだ。
「大丈夫、きっとムメイは人を信じられるようになる。だから、どうか私達を信じて・・・」
「ああ、そうだな・・・」
そう言って、僕は父に向き合った。未だ、僕は人を信じる事が出来ないけど。それでも僕は今だけはその言葉を信じてみようと思った。
信じてみたいと思った。
「解りました。僕は伯爵家に住みます。住ませて下さい・・・」
僕は、そう言って父に頭を下げた。父は微笑みを浮かべ、頷いた。
「ああ。これからよろしく、シリウス」
こうして、僕はエルピス伯爵家に息子として住む事になった。
・・・・・・・・・
僕達は今、レイニー伯爵の屋敷の前に居た。僕の隣には、何故かリーナが居る。リーナが僕と一緒に居たいと言い出したのだ。
今、リーナは僕の腕に抱き付いている。満面の笑みで・・・。
伯爵二人は苦笑を浮かべている。リーナの母は優しげに微笑んでいる。
うーん。何か、何れ既成事実を作らされて結婚しろと詰め寄られそうで怖い。まあ、リーナはそんな脅迫などしないと思うけど・・・。
むしろ、徐々に逃げ道を封じられそうだ。うん、中々怖い。
「ムメイさん。どうか、リーナの事をよろしくお願いしますね・・・」
「え、ええ・・・まあ。はい」
「私、孫が出来るのを楽しみにしていますから・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
僕は唖然とした。それは流石に飛躍しすぎでは?一瞬、僕は硬直する。
リーナの方を見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。いや、そんな可愛い顔をしてないでリーナも何か反論してくれないか?
レイニー伯爵が苦笑しつつ、助け船を出した。
「いや、それは流石に飛躍しすぎだろう。まだ二人は結婚すらしていないのに・・・」
「あら?あなたはリーナに子供が出来るのを見たくないのですか?」
「・・・それは、確かに見たいと思うが・・・・・・」
駄目だ、もう逃げ道がほとんど無えよ。僕は口を引き攣らせ、空笑いした。
父が僕の肩を叩いてくる。・・・慰めてくれるのか?そう、淡い期待をした瞬間。
父は満面の笑みで———
「孫が出来るのを、俺も楽しみにしているぞ?」
「・・・・・・ちくしょうっ、だれも味方が居やしねえっ!!!」
僕は思わず嘆いた。いや、嘆かずにいられなかった。どんどんと逃げ道が無くなっていく。
ちくしょうめっ!!!僕の魂からの叫びが、夜の街に響いた。
・・・・・・・・・
夜道を、馬車が走る。現在、僕達はエルピス伯爵の屋敷へと向かっている。
道中、リーナが僕に何度も話し掛けてきた。その顔はとても楽しそうだ。
全く、僕は思わず苦笑した。
しかし、その時・・・。馬車が急に停止した。まだ、屋敷には着いていない。どころか現在地はとても深い森の中だ。一体何だ?
僕は外を覗く。すると、馬車の前に一人の青年が立っていた。
すらりとした細身の青年。その顔には、不気味な笑みを浮かべている。
「・・・・・・・・・・・・」
僕は直感で理解した。こいつは只の人間じゃあ無い。僕と同類でありながら、根本的に異なる者だ。
・・・はっきり言って、かなり強いな。恐らく、今の僕よりも強い。
そう、はっきりと理解した。
・・・僕は馬車を降り、青年と向き合った。リーナが不安そうに僕を見るが、僕は微笑みを向けてそのまま青年と向き合う。
青年が僕を見て、不気味に嗤う。
「・・・なるほど?お前が僕の影を打ち倒した訳か」
「・・・・・・影?」
「オーナー伯爵に憑かせていた魔物だよ」
その言葉に、僕は目を思い切り見開いた。こいつが、こいつがあの魔物の主だと?
「お前が、あの魔物の主だと言うのか・・・?」
「そうだ。あの魔物は僕が生み出した・・・。こんな風になっ!!!」
青年の背後に闇が広がり、その闇から数多の魔物が這い出てきた。明らかに普通の系統樹から外れている異形の群れ達が、僕達を睨み付ける。
その異形の群れに、伯爵家の兵士達は愕然とした声を上げる。馬車の馬が怯えて暴れ出す。
暴れる馬を、御者が何とか宥めようと必死に手綱を握る。
「お前・・・魔物を生み出したのか?」
「そうだ。僕の宇宙は悪徳の宇宙。全ての悪意は僕の物だっ!!!」
そう言って、青年は消え去った。瞬間、異形の魔物達が僕達に襲い掛かる。兵士達が槍を構えた。
「・・・ちっ!!!」
しかし、次の瞬間異形の魔物達は一斉に吹っ飛んだ。比喩に非ず。本当に空高くへと吹っ飛んだ。
唖然とする兵士達。僕の手には、一本の木剣が握られている。僕が魔物を倒したのは明白だ。
魔物の数は優に百は居た。その群れが、一瞬で吹っ飛んだ。中々の光景だ。
・・・しかし、僕の表情は険しい。今、青年は魔物を生み出した。そして、自らを悪と呼んだ。
「・・・・・・一体、奴の狙いは何だ?」
深い森の中、僕の呟きが静かに響いて消えた。
謎の青年「全ての悪意は僕の物だ!!!」
・・・中々、厨二的な発言で面白いと思うのは私だけでしょうか?




