6、親子の再会
今回、無銘とリーナの両親が出会う。
僕と父とリーナが雑談に花を咲かせていた、その時———部屋の扉が勢いよく開いた。
「伯爵、レイニー伯爵夫妻を発見しました!!!」
「本当か!!?」
「っ!!?」
父とリーナが同時に振り返る。其処には兵達に付き添われた、ボロボロの姿の男女の姿があった。
この二人がレイニー伯爵夫妻、リーナの両親か・・・。優しそうな両親だ。リーナは母親似か。
両親のその姿に、リーナは瞳に涙を浮かべる。
「リーナ・・・」
「っ、リーナ」
父と母に名を呼ばれ、ついにリーナの涙腺は決壊した。次々と涙が溢れ出る。
「っ、お父様・・・お母様・・・。うああっ、ああああああああああああっ!!!」
両親の胸に飛び込み、号泣するリーナ。両親も瞳に涙を溜め、リーナを抱き締める。
親子の感動の再会という奴だろう・・・。
「良かった。リーナが無事で、本当に良かった・・・」
「ええ、本当に・・・・・・」
リーナと両親が、涙を流しながら抱き合う。此処で話し掛けるのも無粋だろう。黙って見守る。
すると・・・
「ムメイが・・・。あの時の子が私を助けてくれたの・・・・・・」
そう言い、リーナが僕の方を見る。リーナの両親も、僕の方を向く。その視線に、僕はたじろぐ。
・・・何か、少し気まずい気分になり、僕はそっぽを向く。それを見ていた伯爵、父は苦笑を浮かべて僕の背中をそっと押した。
「お前が助けたんだ。それを誇りなさい・・・。何も気まずく思う事は無いさ」
「・・・・・・・・・・・・」
僕はむすっとした顔で、リーナ達の方を向く。他に、どんな顔をすれば良いのか解らない。背後で父親が苦笑しているのが解る。・・・一体僕にどうしろと?
そんな僕に、リーナの両親は優しく微笑み掛けた。
「君がリーナを助けてくれたんだね?ありがとう・・・」
「貴方の事、リーナから良く聞いていたのよ?」
「は、はあ・・・。そんなに僕の事を・・・?」
僕の問いに、二人揃って頷いた。・・・本当に、一体何を話していたんだ?リーナは。
リーナの方を見ると、弾けるような笑顔で僕に抱き付いてきた。・・・うん。この状況下で抱き付かれても困るんだがな・・・。両親の前だし。
ちらっとリーナの両親を見ると、微笑ましそうに僕達を見ている。いや、何でだよ。
何でそんな祝福ムードなんだよ?僕、何処の馬の骨とも知れないよ?リーナとは釣り合わないよ?
しかし、そんな僕の考えなどお構いなしだ。リーナの母親が僕に頭を下げる。
「リーナの事をよろしくお願いします・・・。ムメイさん」
「・・・・・・は、はぁ。解りました・・・」
「っ、ムメイ!!!」
リーナが感極まって僕に強く抱き付く。うん、柔らかい。何がとは言わないけど・・・。
やれやれ。僕は呆れた顔で、リーナを抱き締め返す。どんどん外堀を埋められている気がする。
大丈夫か?
・・・其処に、さっきまで黙って事の成り行きを見守っていたアーリア=オーナーが前に出た。
一斉に視線が其方に向く。
「君は、オーナー公爵のご子息だね?」
「はい。レイニー伯爵家の皆さまには我が父親がご迷惑をおかけしました。父に代わって、俺からお詫びを申しあげます。責任は全て、俺が負いますのでどうかご容赦を・・・」
「・・・・・・・・・・・・本当に、君が責任を負うんだね?」
「はい。全責任は我がオーナー家にあります」
そう答えて、アーリアはレイニー伯爵に頭を下げる。その表情は、万感の覚悟に満ちていた。
その覚悟の程を感じ取ったのか、レイニー伯爵は真剣な顔で頷く。
「解った。なら、先ずは我がレイニー家の潔白を証明してもらおう。話はそれからだ」
「はい」
そう言って、アーリアは部屋を出ていった。うん、まあ此処は僕が口出しする事でも無いだろう。
そう思っていると、レイニー伯爵が僕の方を見て笑みを浮かべた。
「それにしても、君は本当に母親に似ているな・・・。その顔立ちといい、黒髪に青い瞳といい」
「・・・・・・まあ、僕は母親と違って魔術の方は全く駄目ですけどね」
僕はふぅっと溜息を吐いた。その言葉に、レイニー伯爵は苦笑した。
「そうか・・・。しかし、リーナを助けたという事はそれなりに腕は立つのだろう?」
「まあ、神山でかなり鍛えましたからね・・・」
「「「っっ!!!」」」
遠い目をして答える僕。しかし、その言葉にはレイニー伯爵だけではなく、その場の全員が驚いた。
特に、僕の父が驚いた目で僕を見ていた。一体何だ?
「・・・シリウス。やはりお前、神山に登ったのか?」
「・・・・・・はい。そうですが?」
「よく生きて帰れたな・・・お前・・・」
ああ、なるほど。僕はようやく驚かれた理由を理解した。つまり、僕があの神山に登って生きて帰れた事が奇跡的だと、そういう事らしい。
「まあ、神山ではずっと英霊達や山の神を相手に戦う毎日でしたから。確かに何時死んでもおかしくは無い毎日を過ごしていましたね・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
その言葉に、全員が呆然と僕を見ていた。まあ、そりゃあそうだろうな。
あの時は本当に何時死んでもおかしく無かった。本当に死に掛けた事なんて、両手の指の数じゃ絶対に足りないだろう。そう断言出来る。
父が何かに気付いたような顔で、僕に言った。
「お前、幼少の頃から自分を鍛える事に必死だったらしいが。それも関係しているのか?」
「・・・・・・はい、僕は弱い自分が許せなかったんで」
他人が弱いのは別に気にしない。けど、僕は自分の弱さを許容出来ない。
僕は二度と、自分の世界が壊れるあの感覚を味わいたくない。それは到底許容出来ない。
だから・・・
「僕は自分を守れる強さが欲しかった。自分の世界を守れる強さが欲しかった。それだけですよ」
只、それだけの事。それだけの為に、僕は此処まで来た。それだけの為に、僕は自分を鍛え上げた。
しかし・・・
「それは・・・。違うよ」
リーナが言った。それは違うと、そうでは無いと。
「うん?」
「ムメイ。貴方はそれだけでは無い。決してそれだけじゃ無いよ。貴方はきっと・・・」
其処で、リーナは言葉を詰まらせる。視線を逸らし、言い辛そうにする。
僕は苦笑し、リーナの頭に手を乗せた。
「きっと、何だ?」
「貴方は只、優しくなりたかった。もっと優しい自分になりたかった。そうでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
僕は黙り込む。図星を突かれて黙った訳では、当然無い。
只、その言葉を否定しきれないだけだ。否定する言葉が見付からないだけだ。
頭の中で、それを否定する言葉を必死で探す。しかし、見付からない。
「ムメイは優しいから。本当は誰より優しいから。世界に絶望しながら、それでも人を憎みきれない」
「だ・・・まれ・・・」
自分でも驚くほど、冷たい声だった。冷たく、暗い声・・・。
「本当は誰より傷付いている筈なのに、それでもムメイは———」
「っ、黙れっっ!!!」
部屋を、僕の怒声が響き渡った。・・・静寂が場を満たす。
もう、黙ってくれ。・・・頼むから。僕の頬を、雫が伝う。
「ほら。貴方は今、泣いているじゃない・・・」
「・・・・・・・・・・・・っ」
何故、僕は泣いているのか?もう、強くなった筈なのに。誰よりも強くなった筈なのに。
それなのに何故?
「ムメイ、貴方は自分が思っているほど強く無いんだよ。幾ら力が強くても、能力に優れていても、それでも貴方は弱い。だから、人は支え合うんでしょう?」
人は弱い。独りでは到底生きていけない。だから人は集団で行動する。孤独に耐えられないから。
それは解っている。痛いほど理解している。
けど。それでも僕は。それでも、僕は・・・。
「それでも、僕は一人で生きていける強さが欲しかった・・・」
部屋の中、僕の声が虚しく響き渡った。
・・・本当の強さとは一体何なのか?




