閑話、前世にて
「ああそうだ、シリウス。少し聞きたい事があったんだ」
「はい?」
別室から戻ってきた僕に、父親はいきなり問い掛ける。その顔は真剣だ。一体何の用だろう?
それと、リーナの顔が直視出来ない。今、リーナはどんな顔をしているんだろうか?
「ああ、まあ言い辛かったら答えなくても良いんだがな。お前、前世の記憶を持っているんだって?」
「え?そうなの?ムメイ」
・・・伯爵の突然の一言。リーナが驚いた声を上げる。
まあ、驚くのも無理は無い。まあ、そりゃそうだろうな。僕はこっそりと溜息を吐く。
「母さんから聞きましたか?」
「ああ、お前が家出した原因が前世にあるらしいとな・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
僕は思わず、顔をしかめる。前世の地獄、あれを忘れた事など片時たりとも無い。そう、片時も。
あの地獄を僕は決して忘れない。絶対に忘れてなるものか。
あの記憶を思い返す度、胸糞の悪くなる思いがする。
「ムメイ・・・」
心配そうな声で、リーナが僕を見てくる。僕はリーナに不要な心配を掛けないように、笑顔を作り顔に張り付ける。大丈夫だと、心配するなと。
しかし、リーナは僕の作り笑顔を理解しているのか、尚更心配そうにする。
そんなリーナに、思わず僕は苦笑する。
「大丈夫だ、僕は大丈夫。僕は強いからね・・・」
そう言って、僕はリーナの頭を撫でる。そう、僕はもう強い。もう強くなったんだ。
しかし、リーナは尚も不安そうな顔で僕の胸元にそっと抱き付いてくる。
その泣きそうな瞳で、僕を見上げる顔。思わず僕は苦笑した。
「ムメイ・・・っ」
「大丈夫。そう、僕はもう強いから・・・。だから、リーナも泣きそうな顔をするな」
だからリーナ、心配しないでくれ。僕はリーナの背中を優しく撫でる。安心させるように。もう不安にさせないように。優しく微笑み掛ける。
リーナもぎゅっと強く僕の胸元に抱き付いてくる。強く、身体を密着させてくる。
・・・うん、柔らかい。何処がとは言わないが。柔らかい。
と、その時・・・
「ん、んんっ!!!」
伯爵が大きく咳払いした。見ると、その場の兵達の視線が僕とリーナに集まっていた。
ああ、なるほど?この空気の中、僕達二人は抱き合っていた。これは気まずい。
一部の兵達はにやにやと笑いを噛み殺し、こっそりと親指を立てている。いや、何でだよ。
「失礼しました・・・」
僕は、そっとリーナから離れる。流石に、この空気の中で抱き締め合う気にはなれない。
一部の兵がちっと舌打ちをした。いや、だからお前等一体何を期待している?
僕だってそろそろ怒るぞ。まったく・・・。
「あっ・・・」
いや、リーナよ。そんな切ない声を出さないでくれ。更に空気が気まずくなる。
僕はリーナに苦笑を向け、伯爵に意識を戻した。
「えっと、僕の前世の話でしたね・・・」
「あ、ああ・・・・・・」
うん、別に今更その話をするのは構わない。別に、それで不都合がある訳では無いからな。
そう思い、僕は自身の前世の話を語り出す・・・。
・・・・・・・・・
思えば、僕が初めてそれを自覚したのはまだ、10歳前後の頃だ。まだ、僕が幼少の頃。
誰も信じる事が出来ない。誰の事も信用出来ない。それを僕は漠然とながら自覚した。
余りにも極端な人間不信。それが僕の抱えていた病だった。そう、僕のそれはもはや病的だ。
思えば、僕は今まで誰の事も信じた事が無かった。それを、その頃初めて自覚した。そして、自覚したその瞬間から僕の人生が狂い始めた。地獄の始まりだ。
周囲の何もかもが色あせて見える。何もかもが味気ない。どいつもこいつも、能面を付けているような錯覚さえ覚える程に笑顔が、怒りが、悲しみが、楽しみが、それら全てが薄っぺらく思えた。
周囲から虐めを受けていた事が、更にそれを加速させた。
幼少期からの陰湿な虐め。信じられる者など誰一人として居なかった。
・・・いや、恐らくは僕自身が誰一人として信じていなかったのだろう。
味方をしてくれる人は居た。両親だけは僕の味方で居てくれた。・・・しかし、その両親の事ですら僕は信じる事が出来なかった。僕の人間不信は異常だ。
僕は常に孤独だった。その孤独は、両親が死んでから更に加速した。
・・・職場でも、僕は孤独だった。常に僕は一人きりだった。
何かあると、全て僕のせいにされた。事あるごとに罵倒を受けた。上司も、先輩達も、同輩も、全員が僕のせいにした。味方など居る筈もない。
お前のせいだ。全部お前のせいだ。お前は一体、どんなふうに育って来たんだ。
そんな事ばかり、言われていた。何度、一人で涙を流したか解らない。もう、涙なんか枯れた。
頼まれれば断れない。そんな性格も災いした。結果、僕は全ての失敗を押し付けられて、全て僕のせいにされて職場を追い出された。
スケープゴート。僕は職場の生贄にされ、全ての責任を負わされて職場を追われた。
もはや、僕は全てを失った。そんな気がした。
・・・僕は全てに絶望し、失意の内に自殺した。もう、何も見たくなければ聞きたくなかった。
そして、気付けば僕は転生していた。前世の記憶を保持したまま。
・・・・・・・・・
「とまあ、それが僕の前世かな・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
静寂が場を支配する。誰も言葉を発さない。発せない。リーナなんか、顔を蒼褪めさせている。
どうやら、少し刺激が強すぎたらしい。うーん、それほどか?
要はこれ、僕が社会に順応出来なかっただけの話だが・・・。
そう思っていると、リーナが不意に僕に近付いてきた。その顔は何か、決意を固めたような顔だ。
「リーナ?」
「っ!!!」
突然、リーナは僕を抱き締めてきた。・・・え?
よく見ると、リーナは泣いていた。って、ちょっ・・・泣いている!!?
「・・・えーっと、リーナ?」
「ごめんなさい。私、ムメイの事を理解してあげられてなかった・・・」
「いや、それは別に良いけど・・・。って、もう泣かないでくれ!!!」
流石の僕でも慌てる。僕を抱き締め、泣きじゃくるリーナ。いや、どうしろと?
視線を伯爵に向けると、伯爵は真剣な顔で考え込んでいた。って、伯爵⁉
兵達の方を向くと、皆、沈痛な顔をするばかり。誰も何も言ってこない。
ええいっ、この状況をどうしろと!!?
・・・それからしばらく後。ようやくリーナは泣き止んだ。
「・・・ようやく泣き止んでくれたか」
「っ、ごめんなさい・・・」
「いや・・・。良いよ」
リーナは顔を真っ赤にして、俯いている。うん、可愛い。可愛いんだけど、流石に疲れた。
僕は溜息を吐く。
「あの・・・。それで・・・」
「うん?」
リーナが言い辛そうに、僕を上目遣いに見る。その瞳は潤んで、今にも泣き出しそうだ。
・・・えーっと、何だ?僕は少したじろぐ。
「・・・・・・私、もうムメイの傍を離れない‼だから、私を貴方の傍に置いて下さい!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・僕は硬直した。その場の全員が硬直した。時が止まったような気がした。
えーっと、それはつまり?告白?僕は今、告白されたのか?
伯爵の方を見る。伯爵は黙って頷く。いや、何が言いたい?
「・・・えーっと?それはつまり?」
「っ、もう私はムメイの傍を離れない‼ずっと貴方の傍に居る!!!」
あー、うん。まあ良いや・・・。もう面倒臭え・・・。どうとでもなれ!!!
「・・・ああ、まあそう言うなら。傍に居るだけなら別に良いけど・・・・・・」
「っ、本当に!!?」
「あ、ああ・・・。うん、まあ良いや・・・」
「っ、ありがとう!!!嬉しい!!!」
うーん。何だか、盛大に選択肢をミスしたような気がするが・・・。まあ、良いか。
僕は其処で、思考を放棄した。
徐々に逃げ道が封じられていく・・・。こんなんで大丈夫か?




