5、父と子
「待て!!!」
その場に響き渡る声。その声に振り向くと、其処に一人の男が居た。兵達が一斉に跪く。
身なりの良い、一目で貴族と解る男。体格も引き締まっており、程よく鍛えている事が解る。恐らくはこの男がエルピス伯爵だろう。現に、兵達も跪いているし。
うん、僕も跪いた方が良いのだろうか?しかし、伯爵の視線が気になる。一体何だ?
その視線に、僕の方が戸惑う。
「・・・・・・あの?」
「今は無銘と名乗っているそうだな?・・・シリウス」
「っ⁉」
自分でも理解出来る。今、僕は目を見開き驚愕の表情をしている。何故、伯爵がそれを知っている?
・・・その名は、その名は僕が捨てた筈の。
リーナや兵達はいまいち状況が呑み込めないのか、きょとんっと僕と伯爵を交互に見ている。
「ムメイ?シリウスって?」
「・・・伯爵、何故僕の本名を?」
「・・・え?本名???」
リーナの質問には答えず、僕は伯爵に問う。伯爵は苦笑を浮かべ、僕に近付いてきた。そして・・・
僕を抱き締めた。
「「「!!?」」」
その場の全員が驚愕する。当然、僕もだ・・・。
「・・・えっと、伯爵?」
「すまない、言うのが遅れたな。俺がお前の父親だ。・・・まあ、今更父親面するのも筋違いだがな」
「・・・・・・へ?」
一瞬の静寂。そして、直後・・・
「「「ええっ!!?」」」
その場のほぼ全員が絶叫を上げた。いや、さもありなんだ。父親?伯爵が?僕の?
我ながら、今の僕は混乱していると思う。えっと、つまりどういう事だ?
・・・僕は伯爵の子供?え?マジで?
「・・・???」
「すまんな、いきなり言われても混乱するだけだな。とりあえず、名乗り直そう」
———俺がお前の父親でエルピス伯爵家現当主、ハワード=エルピスだ。
伯爵はそう名乗り、苦笑を浮かべて僕から離れた。・・・ていうか。
「お父、さん・・・?」
「・・・そうなるか、一応な」
「・・・本当に?」
「間違いない。お前は俺とマーヤーの子だ」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・流石に、僕もどう反応すれば良いのか全く解らなかった。えっと、つまり僕はエルピス伯爵家の正当な子供になるらしい。未だに実感が無いけど。
「こんな事を言うのも筋違いかも知れないが、お前も妹のミィも愛しているよ」
伯爵はそう僕に言った。言って、再び僕を抱き締めた。
うん、僕が両親から愛されているのは理解した。全く嫌な気分にならない事から、僕も伯爵を嫌ってはいないんだと思う。
しかし、僕は一体どうすれば良いんだ?こういう時、どうすれば良い?
・・・僕には全く理解出来なかった。
「・・・・・・えっと、あの。少しだけ考えを纏める時間を下さい。お願いします・・・」
それしか言えなかった。結局、僕にはそれしか出来ないんだから。
・・・そして、伯爵もそれを察したのか苦笑しながら頷いた。
「解った。ゆっくりと考えると良い・・・」
そう言ってくれた。うん、やはり良い人なんだろうな。この人も。そう感じた。
・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
さて、どうしよう?僕は一人、考えていた。
父親に会って、一体僕はどんな顔をすれば良いんだろうか?家出した子供が、今更何を言う事があるというのだろうか?僕には解らなかった。
「ちくしょう、どうすれば良いってんだよ・・・」
「・・・何が?」
気付いたら、傍にリーナが居た。・・・どうやら、接近に気付かないほど考え込んでいたらしい。
「リーナか。・・・いや、家出した息子が今更父親にどう接すれば良いんだろうってな」
「・・・・・・普通に接すれば良いんじゃない?」
「・・・本当に、それが出来たら良いんだけどな」
それが出来たら、どれだけ楽なんだろうか?僕には解らない。結局、僕は人との接し方が解らない。
リーナは少しだけ不満そうな顔をした後、僅かに微笑みを浮かべて言った。
「大丈夫、ムメイなら出来るよ。だって、ムメイは優しいから・・・」
「僕がか?冗談を言えよ。僕が優しい筈が無いだろう・・・」
「優しいよ。だって、見ず知らずの筈の私を二度も助けてくれた・・・。じいやを救ってくれた」
そう言って、リーナは僕を胸元に抱き寄せる。温かい抱擁。ふと、母を思い出した。
解らない。・・・僕には解らない。何故、そんなに僕に無垢な信頼を寄せて来るのか?
「何故、リーナは僕をそんなに信頼するんだ?僕には解らないよ」
「だって、ムメイは私を助けてくれたでしょう?助けても、貴方に何も徳なんて無かった筈なのに」
「それはっ・・・‼只あいつ等が気に食わなかっただけだよ・・・・・・」
そう、僕は只気に食わなかっただけだ。気に食わなかったから、それだけで叩きのめした。
リーナを助けたのなんて、所詮は物のついでだ。
そう言う僕に、リーナは優しく微笑み掛けた。微笑んで、そっと抱き締める力を強めた。
「けど、貴方は優しいよ。貴方が気付いていないだけで、ムメイはとても優しい・・・」
「そんな事」
「そんな事あるの。私には解るよ・・・」
「・・・・・・何故」
何故、そんな事が言えるのか?何故、それが解るのか?僕には解らない。解らないよ。リーナ。
「解るよ。だって、私には巫女の異能が宿っているんだもの」
「巫女の異能?」
「託宣や神託を告げるのは巫女の役割の一つだよ?」
巫女。神に仕え、神と交信する役目を負った乙女。
神の託宣や神託を告げるのも、確かに巫女の職業の一つだ。
「・・・・・・僕には解らないよ。もう、何も解らない。・・・解りたくもない」
「けど、ムメイは優しい。私にはそれで充分だよ」
———そのお陰で、私はムメイを好きになったんだから。ムメイを愛したんだから。
そう、リーナは言った。・・・やはり僕には理解出来ない。解らない。
そんな気持ち、僕には理解出来ないよ。
「ムメイ・・・泣いているの・・・?」
「・・・え?」
言われて気付く。今、僕の目から涙が次から次へと流れていた。
僕自身、理解出来ない。何故、僕は泣いているのか?
涙はもう、枯れたと思っていた。その筈なのに・・・。何故?
「優しい涙。温かい涙・・・」
「え?あれ・・・?なんで・・・」
解らない。理解出来ない。何故、僕は泣いている?
「大丈夫、ムメイはとても優しいから。きっと、父親とも上手く接する事が出来るよ。だから、もう少しだけ頑張ろうよ。ね?」
「・・・うっ、うう。うああっ」
気付けば、僕は嗚咽を漏らしていた。知らず知らず、腕がリーナの背に回される。
抱き締め合う、僕とリーナ。リーナの胸で泣きじゃくる僕。
解らない。何故、こんなにもリーナの言葉が不自然に心に響くのか?何故、リーナの言葉がこうも心に染み渡るのだろうか?僕には理解出来ない。
・・・理解したくない。
しばらく、僕はリーナの胸で泣き続けた。そんな僕を、リーナは優しく微笑み撫でた。
・・・・・・・・・
それからしばらく・・・。
「・・・・・・・・・・・・ごめん。心配掛けた」
ゆっくりと、僕はリーナから離れる。少し、いや、かなり気恥ずかしい。
うん、女の子の胸元で泣くのはどうやらかなり恥ずかしいようだ。頬が熱い。
「ふふっ、良いよ。ムメイの為なら何時でもこの胸を貸してあげる」
「いや、それは勘弁願いたい・・・」
いや、本当に・・・。割と本気で・・・。勘弁してほしい。
「そう?残念」
そう言って、リーナは残念そうに苦笑した。
「流石に女の子の胸を借りて泣いたなんて、そんな恥ずかしい話は無いよ」
いや、割と本気でそう思う。
そんな僕の言い分に、リーナは不満そうな顔をする。
「そう・・・・・・。あ、そうだ‼ムメイ‼」
「うん?なん———」
・・・・・・・・・・・・え?
瞬間、僕とリーナの距離が零になった。視界をリーナの顔が覆う。一瞬、意識が真っ白に染まる。
「・・・・・・んっ」
「!!!???」
僕の脳裏を、雷に打たれたような衝撃が走った。え?は?っ!!!
僕は、リーナにキスされた。いや、何故に⁉
・・・ゆっくりと、リーナは僕から離れる。その顔を、僕は直視出来ない。
「私の気持ちは伝えたよ?ムメイ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そそくさと去っていくリーナ。呆然と、僕は立ち尽くす。
不覚。この僕とした事が、こんな簡単に・・・。
僕は溜息を吐き、父親の許に向かった。
・・・・・・・・・
一方、リーナの方は。
「っ~~~!!!」
盛大に悶えていた。いや、それもそうだ。
好きな相手に想いを伝えるのに、キスまでしたのだ。しかも、いきなり・・・。大胆に。
少し、いや、かなり恥ずかしい。
「ムメイ・・・」
その名を口にするだけで、胸の奥が熱くなってくる。やはり、どうしようもないほど自分は無銘に恋をしているらしい。恐らく、今の自分は顔が真っ赤だろう。
・・・本当に大胆な事をした。自分でもそう思う。
まあ、恐らくリーナ自身後悔も反省もしないだろうけど・・・。
リーナはこっそり溜息を吐いた。
・・・うん、甘ったるい。




