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無銘の世界~personaluniverse~  作者: ネツアッハ=ソフ
エルピス領編
23/168

5、父と子

「待て!!!」


 その場に響き渡る声。その声に振り向くと、其処に一人の男が居た。兵達が一斉に跪く。


 身なりの良い、一目で貴族と解る男。体格も引き締まっており、程よく鍛えている事が解る。恐らくはこの男がエルピス伯爵(はくしゃく)だろう。現に、兵達も跪いているし。


 うん、僕も跪いた方が良いのだろうか?しかし、伯爵の視線が気になる。一体何だ?


 その視線に、僕の方が戸惑(とまど)う。


「・・・・・・あの?」


「今は無銘(むめい)と名乗っているそうだな?・・・シリウス」


「っ⁉」


 自分でも理解出来る。今、僕は目を見開き驚愕の表情をしている。何故、伯爵がそれを知っている?


 ・・・その名は、その名は僕が捨てた筈の。


 リーナや兵達はいまいち状況が呑み込めないのか、きょとんっと僕と伯爵を交互に見ている。


「ムメイ?シリウスって?」


「・・・伯爵、何故僕の本名を?」


「・・・え?本名???」


 リーナの質問には答えず、僕は伯爵に問う。伯爵は苦笑を浮かべ、僕に近付いてきた。そして・・・


 僕を抱き締めた。


「「「!!?」」」


 その場の全員が驚愕する。当然、僕もだ・・・。


「・・・えっと、伯爵?」


「すまない、言うのが遅れたな。俺がお前の父親だ。・・・まあ、今更父親面するのも筋違いだがな」


「・・・・・・へ?」


 一瞬の静寂(せいじゃく)。そして、直後・・・


「「「ええっ!!?」」」


 その場のほぼ全員が絶叫を上げた。いや、さもありなんだ。父親?伯爵が?僕の?


 我ながら、今の僕は混乱していると思う。えっと、つまりどういう事だ?


 ・・・僕は伯爵の子供?え?マジで?


「・・・???」


「すまんな、いきなり言われても混乱するだけだな。とりあえず、名乗り直そう」


 ———俺がお前の父親でエルピス伯爵家現当主、ハワード=エルピスだ。


 伯爵はそう名乗り、苦笑を浮かべて僕から離れた。・・・ていうか。


「お父、さん・・・?」


「・・・そうなるか、一応な」


「・・・本当に?」


「間違いない。お前は俺とマーヤーの子だ」


「・・・・・・・・・・・・」


 ・・・流石に、僕もどう反応すれば良いのか全く解らなかった。えっと、つまり僕はエルピス伯爵家の正当な子供になるらしい。未だに実感が無いけど。


「こんな事を言うのも筋違いかも知れないが、お前も妹のミィも愛しているよ」


 伯爵はそう僕に言った。言って、再び僕を抱き締めた。


 うん、僕が両親から愛されているのは理解した。全く嫌な気分にならない事から、僕も伯爵を嫌ってはいないんだと思う。


 しかし、僕は一体どうすれば良いんだ?こういう時、どうすれば良い?


 ・・・僕には全く理解出来なかった。


「・・・・・・えっと、あの。少しだけ考えを(まと)める時間を下さい。お願いします・・・」


 それしか言えなかった。結局、僕にはそれしか出来ないんだから。


 ・・・そして、伯爵もそれを察したのか苦笑しながら頷いた。


「解った。ゆっくりと考えると良い・・・」


 そう言ってくれた。うん、やはり良い人なんだろうな。この人も。そう感じた。


          ・・・・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・」


 さて、どうしよう?僕は一人、考えていた。


 父親に会って、一体僕はどんな顔をすれば良いんだろうか?家出した子供が、今更何を言う事があるというのだろうか?僕には解らなかった。


「ちくしょう、どうすれば良いってんだよ・・・」


「・・・何が?」


 気付いたら、傍にリーナが居た。・・・どうやら、接近に気付かないほど考え込んでいたらしい。


「リーナか。・・・いや、家出した息子が今更父親にどう接すれば良いんだろうってな」


「・・・・・・普通に接すれば良いんじゃない?」


「・・・本当に、それが出来たら良いんだけどな」


 それが出来たら、どれだけ楽なんだろうか?僕には解らない。結局、僕は人との接し方が解らない。


 リーナは少しだけ不満そうな顔をした後、僅かに微笑みを浮かべて言った。


「大丈夫、ムメイなら出来るよ。だって、ムメイは(やさ)しいから・・・」


「僕がか?冗談を言えよ。僕が優しい筈が無いだろう・・・」


「優しいよ。だって、見ず知らずの筈の私を二度も助けてくれた・・・。じいやを救ってくれた」


 そう言って、リーナは僕を胸元に抱き寄せる。温かい抱擁(ほうよう)。ふと、母を思い出した。


 解らない。・・・僕には解らない。何故、そんなに僕に無垢(むく)な信頼を寄せて来るのか?


「何故、リーナは僕をそんなに信頼するんだ?僕には解らないよ」


「だって、ムメイは私を助けてくれたでしょう?助けても、貴方に何も徳なんて無かった筈なのに」


「それはっ・・・‼只あいつ等が気に食わなかっただけだよ・・・・・・」


 そう、僕は只気に食わなかっただけだ。気に食わなかったから、それだけで叩きのめした。


 リーナを助けたのなんて、所詮は物のついでだ。


 そう言う僕に、リーナは優しく微笑み掛けた。微笑んで、そっと抱き締める力を強めた。


「けど、貴方は優しいよ。貴方が気付いていないだけで、ムメイはとても優しい・・・」


「そんな事」


「そんな事あるの。私には解るよ・・・」


「・・・・・・何故」


 何故、そんな事が言えるのか?何故、それが解るのか?僕には解らない。解らないよ。リーナ。


「解るよ。だって、私には巫女(みこ)の異能が宿っているんだもの」


「巫女の異能?」


託宣(たくせん)神託(しんたく)を告げるのは巫女の役割の一つだよ?」


 巫女。神に仕え、神と交信する役目を負った乙女(おとめ)


 神の託宣や神託を告げるのも、確かに巫女の職業の一つだ。


「・・・・・・僕には解らないよ。もう、何も解らない。・・・解りたくもない」


「けど、ムメイは優しい。私にはそれで充分だよ」


 ———そのお陰で、私はムメイを好きになったんだから。ムメイを愛したんだから。


 そう、リーナは言った。・・・やはり僕には理解出来ない。解らない。


 そんな気持ち、僕には理解出来ないよ。


「ムメイ・・・泣いているの・・・?」


「・・・え?」


 言われて気付く。今、僕の目から涙が次から次へと流れていた。


 僕自身、理解出来ない。何故、僕は泣いているのか?


 涙はもう、()れたと思っていた。その筈なのに・・・。何故?


「優しい涙。温かい涙・・・」


「え?あれ・・・?なんで・・・」


 解らない。理解出来ない。何故、僕は泣いている?


「大丈夫、ムメイはとても優しいから。きっと、父親とも上手く接する事が出来るよ。だから、もう少しだけ頑張ろうよ。ね?」


「・・・うっ、うう。うああっ」


 気付けば、僕は嗚咽(おえつ)を漏らしていた。知らず知らず、腕がリーナの背に回される。


 抱き締め合う、僕とリーナ。リーナの胸で泣きじゃくる僕。


 解らない。何故、こんなにもリーナの言葉が不自然に心に響くのか?何故、リーナの言葉がこうも心に染み渡るのだろうか?僕には理解出来ない。


 ・・・理解したくない。


 しばらく、僕はリーナの胸で泣き続けた。そんな僕を、リーナは優しく微笑み撫でた。


          ・・・・・・・・・


 それからしばらく・・・。


「・・・・・・・・・・・・ごめん。心配掛けた」


 ゆっくりと、僕はリーナから離れる。少し、いや、かなり気恥ずかしい。


 うん、女の子の胸元で泣くのはどうやらかなり恥ずかしいようだ。頬が熱い。


「ふふっ、良いよ。ムメイの為なら何時でもこの胸を貸してあげる」


「いや、それは勘弁願いたい・・・」


 いや、本当に・・・。割と本気で・・・。勘弁してほしい。


「そう?残念」


 そう言って、リーナは残念そうに苦笑した。


「流石に女の子の胸を借りて泣いたなんて、そんな恥ずかしい話は無いよ」


 いや、割と本気でそう思う。


 そんな僕の言い分に、リーナは不満そうな顔をする。


「そう・・・・・・。あ、そうだ‼ムメイ‼」


「うん?なん———」


 ・・・・・・・・・・・・え?


 瞬間、僕とリーナの距離が零になった。視界をリーナの顔が覆う。一瞬、意識が真っ白に染まる。


「・・・・・・んっ」


「!!!???」


 僕の脳裏を、雷に打たれたような衝撃(しょうげき)が走った。え?は?っ!!!


 僕は、リーナにキスされた。いや、何故に⁉


 ・・・ゆっくりと、リーナは僕から離れる。その顔を、僕は直視出来ない。


「私の気持ちは伝えたよ?ムメイ・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そそくさと去っていくリーナ。呆然と、僕は立ち尽くす。


 不覚(ふかく)。この僕とした事が、こんな簡単に・・・。


 僕は溜息を吐き、父親の許に向かった。


          ・・・・・・・・・


 一方、リーナの方は。


「っ~~~!!!」


 盛大に(もだ)えていた。いや、それもそうだ。


 好きな相手に想いを伝えるのに、キスまでしたのだ。しかも、いきなり・・・。大胆に。


 少し、いや、かなり恥ずかしい。


「ムメイ・・・」


 その名を口にするだけで、胸の奥が熱くなってくる。やはり、どうしようもないほど自分は無銘に恋をしているらしい。恐らく、今の自分は顔が真っ赤だろう。


 ・・・本当に大胆な事をした。自分でもそう思う。


 まあ、恐らくリーナ自身後悔も反省もしないだろうけど・・・。


 リーナはこっそり溜息を吐いた。

・・・うん、甘ったるい。

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