3、公爵家の陰謀
それは、昨夜の話・・・。リーナが両親と食事をしている時、それは唐突に知らされた。
勢い良く扉が開き、セバが慌てて入ってくる。
「旦那様、大変でございます‼旦那様に脱税の嫌疑がかけられています!!!」
「何だと⁉」
父親は驚きのあまり、椅子から立ち上がった。椅子がその勢いで倒れる。
母もその顔に、驚愕の表情を浮かべている。リーナは訳が解らず、硬直していた。
セバは焦りの表情を浮かべたまま、詳しく話す。
「どうやら、あのオーナー公爵が裏で糸を引いているようです。現在、憲兵が公爵家の兵達と共に此方へと向かっているようです」
「くっ、よりにもよってオーナー公爵か。くそっ、お前達は今の内に逃げろ!!!」
父親が覚悟を決めた顔で言った。しかし、それに真っ先に反論する者が居た。
母だ。
「あなた、私もあなたと共に残ります」
「・・・シア?」
「セバ、どうかリーナをよろしくお願いします・・・」
母、シアはセバにリーナを託し、自らの夫に向き直る。
「あなた、私は貴方の妻です。なら、何処までも付いていきます」
「・・・・・・・・・・・・シア、解った。セバ、そういう事だ。娘を守ってくれ」
「了解しました・・・」
そうしてリーナは夜の闇に紛れ、屋敷を抜け出した。逃げ出す際、一瞬振り返ったリーナの瞳に屋敷に突入する大勢の憲兵達の姿が見えた。リーナは涙を堪え、そのまま逃げ出す。
・・・・・・・・・
その後、一体どれ程逃げ回っただろうか?リーナは息を切らせて立ち止まった。
「はぁ・・・はぁ・・・っ」
「お嬢様、どうかもう少しの辛抱を。もう少しでエルピス伯爵の許に着きます故」
「・・・う、うん。っ」
解った。そう言おうとして、リーナは肌が泡立った。巫女の直感が告げる。・・・何か来ると。
そして、その直感は最悪の形で当たる。
「・・・ふふっ、ようやく見付けたぞ。レイニー伯爵の娘よ」
「「っ!!?」」
振り返ると、其処には程よく鍛えられた身体に貴族の礼服を身に纏った男が、アンデッドの猟犬を二匹程引き連れて立っていた。
リーナはこの男を知っていた。この男が、リーナの父親にあらぬ罪を着せた者。オーナー公爵だ。
「よく此処まで逃げ切った。しかし、それも此処までだ」
「オーナー公爵、貴様・・・!!!」
「やれ」
セバが何かを言おうとするのと、オーナー公爵の言葉はほぼ同時だった。
オーナー公爵は歪な笑みを浮かべ、二匹の猟犬に命令を下す。すると、その瞬間二匹の猟犬は放たれた矢のようにリーナ達に飛び掛かった。
「っ!!!」
「お嬢様っ!!!」
リーナは思わず目をぎゅっと閉じ、身を強張らせた。・・・しかし、何時まで経っても痛みが来ない。
・・・恐る恐る目を開けるリーナ。その目に映ったのは。
「・・・・・・・・・・・・ごふっ」
「じ、じいやっ!!!」
セバがリーナを庇い、その身を盾にして二匹のアンデッドに嚙み付かれていた。
アンデッドの牙には感染能力がある。アンデッドに嚙み付かれたら、その者もアンデッドになる。
リーナは顔を蒼褪めさせた。・・・しかし、セバはそれに構う事なく、リーナに向かって叫ぶ。
「お嬢様、早くお逃げ下さい!!!」
「・・・け、けどっ!!!」
「わしはもう助かりません。早くっ!!!」
「っ!!?」
リーナは弾かれるように逃げた。その瞳に涙を溜め、それでも必死に逃げた。
セバの決死の覚悟を悟ったから。そして、セバはもう助からないと悟ったから。
「くははっ、逃げろ逃げろ‼逃げて私を興じさせろ!!!」
背後から哄笑が聞こえる。その笑い声に、リーナは悔しい気持ちにかられる。
本当なら、リーナとてあの男の頬を叩いてやりたい。しかし、リーナでは力が足りない。
それが、とても悔しい。故に、逃げる。悔しさを押し殺して逃げる。
・・・背後で、セバの断末魔が聞こえた気がした。
・・・・・・・・・
僕の前で、リーナが泣きじゃくる。その悲しみや悔しさを吐き出し、泣きじゃくる。
「私は・・・私は・・・。うああっ」
「よく堪えた。もう我慢する必要は無い。もう、存分に泣いて良いんだ」
「ああっ・・・うああっ、あああああああああああ!!!」
リーナを抱き締め、出来うる限り優しい声を掛ける。その背中を優しく撫でる。
・・・ああ、僕は本当に甘い。こんな時、その手を振り払う事が出来ない。
本当はリーナの事なんて、何とも思っていないくせに。何の感情も抱いていないくせに。
僕の胸がちくりと痛んだ。リーナをぎゅっと抱き締める。
・・・しばらくリーナと抱き締め合う。
ああ、何で僕はこんなにも・・・。僕の心を嫌な気分が渦巻く。
「・・・本当に、どうしようも無えな。僕は」
ぼそりと呟く。その声は、リーナには聞こえてはいない。
全く、くっだらねえっ。そう、心から思う。
・・・と、その瞬間。
「ぐるあああああああああああああああ!!!」
獣の咆哮。同時に僕達に襲い来る猟犬のアンデッド。
「っ、甘い!!!」
僕は瞬時にリーナを庇い、猟犬を腕で薙ぎ払う。猟犬は空中で反転し、地面に無事着地する。
唸り声をあげ、猟犬は僕とリーナを睨む。そして、その背後から一人の老執事の姿が。その姿を見て僕達はすぐに理解した。その姿は、まぎれも無く。
「じいやっ!!!」
「・・・・・・セバさん。やはり、アンデッドになっていたか」
そう、リーナの執事。セバさんだった。
「・・・・・・・・・・・・ぐううっ」
「じいや‼じいや‼私だよ、リーナだよ!!!」
「ぐああああああああっ!!!」
僕はリーナの前に出て、木剣を構える。
「無駄だ。今のセバさんはもうアンデッドになっている」
「そんな・・・そんな・・・・・・っ」
リーナは泣きじゃくる。そんなリーナを見て、僕は不思議な気持ちにかられる。
リーナを助けたい。助けてやりたいと。
「大丈夫だ、リーナ。セバさんは必ず救うから・・・」
「・・・・・・ムメイ」
僕を見上げるリーナの顔。その涙をたたえた瞳。僕は彼女を守りたい。
だから、ついそんな事を約束してしまった。何故、こんな約束をしたのか?解らない。
もしかして、僕はリーナの事を・・・。
馬鹿な。それこそありえない。僕は、リーナの事を何とも思っていない筈だ。
そんな気持ち、断じてありえない。
「ぐるあああああああああっ!!!」
「ぐあああああああああああああああっ!!!」
ほぼ同時に襲い掛かってくる猟犬とセバさんのアンデッド。僕は舌打ちと共に、木剣を振るう。
猟犬には確実に死ぬ一撃を。セバさんにはぎりぎりで生きる程度の一撃を。それぞれ叩き込んだ。
猟犬とセバさんが同時に弾き飛ばされた。
・・・猟犬は即死し、セバさんは・・・何とか生きている。
「じいやっ!!!」
「待て、リーナ。まだ早い・・・」
僕はセバさんに近付き、その口に小瓶に入った緑色の液体を注いだ。あの苦い回復薬だ。
「・・・っ、ごほっごほっ!!!こ、此処は・・・わしは一体!!?」
「じいやっ!!!」
セバさんにリーナが飛び付いた。セバさんはそれを何とか受け止める。
リーナはセバさんの胸の中で泣きじゃくる。戸惑うセバさん。
「わしは・・・助かったのか?・・・何故」
「助かって何よりだ。セバさん」
「っ、誰だ⁉」
セバさんは僕を睨み、リーナを背後に庇う。リーナは戸惑う。
僕は苦笑して、セバさんを宥める。
「落ち着け。僕の顔を見忘れたのか?」
「む?・・・っ、その黒髪に青い瞳は⁉」
「じいや、ムメイだよ。ムメイが帰って来たんだよ‼」
セバさんは戸惑う。僕を見て、ありえないとでも言うように・・・。
何故だ?僕の方が戸惑う。
「失礼。貴方はあの後、神山に向かっている姿を確認されたと聞いたのですが?」
「ああ、それでか・・・」
僕は苦笑する。その顔に、リーナは不思議そうに見詰める。
あの頃は、僕も本当に弱かった。
「僕は、山の神に修行をつけて貰っていたんだよ」
「何と⁉」
「・・・・・・っ⁉」
セバさんとリーナは驚いた表情で僕を見る。そんなに驚く事か?まあ、驚く事か。
「セバさんも助かって良かった。・・・じゃあリーナ、行くか」
「・・・へ?何処に?」
「決まっている。オーナー公爵の許にだよ」
僕は不敵に笑った。公爵の陰謀を打ち砕く。
ちょっとした設定。
物質界とは人間の住む純粋な物理法則の世界の事です。
精神世界とは、神々や悪魔、幻想種の住む精神の支配する世界の事です。
物質界とは異なり、精神世界では精神の働きが主に作用します。というか、精神が全てですね。




