1、旅立ち
・・・時は過ぎ、僕は少しだけ大きくなった。背も伸び、体格もそこそこ引き締まっている。
あれから一体、何年が過ぎただろうか?神域に居ると時間の感覚が解らなくなってくる。
神域はずっと夜だ。空には常に、星々が輝いている。現在の時刻も良く解らない。
恐らく、18歳かそれくらいにはなっただろうか・・・。まあ、今は良い。
現在、僕とミコトは神域で本気の決闘をしている。空間を縦横無尽に駆け、僕達は戦う。
僕とミコトの手には、それぞれ神木で作られた木剣が握られている。神域にのみ生える貴重な神木で作られた木剣だ。その硬度はかなりの物だ。
もはや、僕もミコトも人間の限界を大きく超越した動きをしている。常人なら、僕達の動きすら捕らえられないだろう。目視すら不可能な超高速の戦闘を行っている。
僕はあまりにも強くなった。それこそ、ミコトすら圧倒する程にだ。神域の空間が震える。
剣の技量も力も以前とは比べ物にならない。それこそ、赤子と大人どころの話では無い。
人間の赤子と神程の差があるだろう。余りに圧倒的だ。
「は、ははははははっ!!!」
「・・・・・・・・・・・・」
ミコトは笑う。もはや自分が追い詰められて尚、それでも笑う。楽しげに、嬉しそうに。まるで、自分の事のように笑う。
その気持ちが、理解出来ない。したくない。
「はははっ、よくぞ、其処までの高みに辿り着いた!!!その境地に至った!!!」
「ああ、そうかよ!!!」
ミコトは少年の姿から死神の化身へと変わる。溢れ出る、禍々しい死の気配。
死の瘴気が、溢れ出る。
黒いボロ布を纏った骸骨の化身が姿を現す。
死神の化身が持つ権能は、死。あらゆる生命に死を与える純粋にして単純、そして恐るべき権能だ。
その木剣に触れれば、例え何者であろうと死は免れない。今の彼が持つ木剣はまさしく死神の鎌。
触れただけで死を与える死神の鎌だ。
「・・・・・・・・・・・・」
・・・しかし、それでも僕は恐れない。今の僕にはその程度、蚊が刺す程度でしか無い。
僕はミコトの木剣を柔らかく受け流し、そのままかち上げた。空中を舞う木剣。
「ぬうっ⁉」
ミコトは次に猪の化身に変化し、巨大な大嵐を起こした。巨大な大竜巻と幾つもの神雷が荒れ狂う。
桶をひっくり返したような集中豪雨も同時に発生する。
それは、もはや常人など到底太刀打ち出来ない次元の災厄だ。恐らく並の奴なら一瞬で死ぬ。
まさしく神の成す所業。それ程の大災厄だ。しかし・・・。
しかし、それでも今の僕には通じない!!!
「・・・ふっ!!!」
一閃。僕が木剣を振るう、それだけで局地的な大嵐は一瞬で断ち切れた。
まさしく、それは次元を超えた剣技と呼べるだろう。僕が木剣を振るった。それだけで、巨大な大嵐が断ち切れた訳だ。いや、壮観だな。
・・・本当に強くなり過ぎた。後悔も反省もしていないがな。
ミコトは猪から少年の化身に姿を変える。しかし、僕の方がよっぽど速い。一瞬で距離を詰める。
木剣を振るい、鋭い一閃でミコトを断つ。
・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
地面に横たわるミコトと、それを見下ろす僕。僕とミコトの視線が交差する。
ミコトはもう、既に手遅れだ。もはや助かるまい。神という存在そのものを斬ったから。
僕が斬った。僕が、ミコトを斬ったんだ。
「ふっ、俺を斬った事を後悔するか・・・。少年・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
それは違う。僕が不服に感じている事があるなら、それはミコトを斬った事では無い。ミコトを斬る事に全く躊躇いを覚えなかった僕の心にだ・・・。
僕はこんな時でも何も感じていない。ミコトを斬っても、それでも僕は何も感じない。
それが、嫌だ・・・。たまらなく不快だ。まるで、世界の色が失われていくようだ・・・。
「ふふっ、案ずるな。俺が死ぬ訳では無い。お前との決闘の際、事前に手を回しておいたのだ。また何れお前とは会う事になるだろう」
「・・・・・・そうかよ」
嘘だ。こいつは、ミコトはもう死ぬ。もう何をやっても手遅れだ。それくらい解る。
・・・ミコトはもう死ぬんだ。そう思うと、余計気分が暗くなった。
何も感じない。誰かを殺しておいて、何も感じない。それが、不快だ。
心が痛まない。胸が痛まない。何も感じない・・・。
・・・そんな僕を見て、ミコトは軽く溜息を吐いた。その顔は、苦笑を浮かべていた。
「まあ、良いさ。この神域を出たらお前は神山を出ろ。旅をしていく内に何か思う事もあるだろうさ」
「・・・何かあるとも思えないけどな、僕は」
それこそ無駄だろうに。僕は、きっと何も感じる事は無い。きっと、これからも。
「・・・・・・なら、何故お前は生きている?」
「?」
ミコトは笑って僕を見ていた。何故、そんなに笑えるんだろうか?僕には解らない。
「お前は生きている。そんなに世界が生きにくいなら、何故お前は生きている?」
「・・・・・・それは」
「お前は生きている。生きる事を止めていない。なら、きっとお前はまだ希望がある筈だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
解らない。僕には解らない。結局、僕は何故生きているのだろう?考えても理解出来なかった。
結局、何も解らないまま僕は神域から出た。
・・・神域を出た後、僕はすぐに神山を下りる準備をした。回復薬や神山の豆を袋に入れる。
準備は全て整った。腰に短剣を差し、木剣を手に神山を下る。
神山を下りながら、僕は思う。神域での修行の日々を。
始めは英霊一人にすら敵わず、思うように戦えなかった。只、必死に食らい付くしか出来なかった。
しかし、僕は必死に食らい付いた。必死にあがき続けた。それは何故か?何故、僕は最後まで決して諦める事をしなかったのか?
・・・簡単な話だ。只、僕は強くなりたかったから。二度と自分の世界を失いたくないからだ。
アイデンティティー・クライシス。自己同一性の危機を乗り越えて、初めて僕は僕になれる。
僕はそれを、強さに求めただけだ。誰よりも強くなりたい。もう、二度と自分の世界を失うような事がないように強くなりたい。僕は、無双の強さが欲しい。
ああ、何だ。僕はようやく理解する。僕は只、まだ生きる事を諦め切れないだけだ。
結局、僕も只生きたかっただけだ。自殺をして尚、それでもきっと、来世こそはきっとと。
生きる事を諦めきれなかった。あれだけの絶望を経験して尚、それでも諦めきれなかったんだ。
来世は、来世こそはきっとと。僕は希望だけは捨てきれなかった。
・・・・・・何て、無様な。心からそう思う。本当に無様だと。
僕は只、生きぎたないだけだ。自殺して尚、自殺する程の絶望を経験して尚、それでも諦められない。
諦めきれない。
・・・ああ、何て無様。僕の心をぽっかりと穴が開いたような気分になる。
心の穴を、冷たい風が吹きすさぶ。寒い。心の底から冷える。
神山を下山していると、目の前にオーガの戦士が見えた。
「ふむ、どうやら生きて帰ってこれたらしいな」
「・・・・・・何故、門番が此処に?」
「事前に山の神から頼まれたのさ。要は迎えだよ」
どうやら、最初から根回しされていたらしい。何とも抜け目の無い。僕は呆れて溜息を吐いた。
「ああ、そうかよ・・・」
「そうだな」
・・・僕とオーガの戦士は再び、歩き出した。神山を下山する。
もう、神山の門もそろそろ見えてくる筈だ。だから、僕は何となくオーガに話を振った。
本当に、何となく。
「所で、あれから何年の時が過ぎた?」
「・・・そうだな、あれから8年くらいは過ぎたな」
やはり。僕はもう、18歳になるらしい。時間の流れを感じる。
・・・妹は、母は、今はどうしているのだろうか?そんな考えが、不意に過った。
過って、その思考を振り払った。もう二度と会う事の無い人達だ。考えてもしょうがない。
目の前に、門が見えてきた。僕は、ついに神山を下りた。
此処から僕の本当の旅が始まるんだ。そう感じたのだった。
ちょっとした設定。人間の持つ異能と神々の権能について。
異能とは即ち、何かしらの理屈で、或いは何かしらの法則に則って行使される能力の事だ。
つまり、その世界の物理法則に則って行使される能力の事だ。
対する権能は神の持つ権限、権利を差す。
つまり、その能力を行使する権利の事だ。
故に、その様な権利があるから例え、物理法則に反していても能力を行使できる。
要は、理屈や法則など関係ないのだ。




