if、もし、家を出なかったら
今回はイフストーリーになります。
もし、主人公がこの選択肢を選んでいたらという可能性の世界になります。どうぞ。
・・・少しだけ、時間を遡る。
僕は家を出ようと決意し、皆が寝静まったのを見計らってこっそりベッドを抜け出した。隣のベッドに寝てる妹を起こさないよう、細心の注意を払いながら戸に手を掛ける。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
僕の脳裏に、家族と過ごした優しい日々が過る。思わず、顔をしかめる。
気の迷いだ、惑わされるな。必死に頭から振り払う。
ほんの僅かな躊躇い。それが、僕の決心を鈍らせる。しかし、僕はそれでも・・・。
だが、その直後———
「・・・んっ、お兄ちゃん?」
「っ⁉」
背後からの妹の声。驚いて、僕は振り返る。
其処には、妹が瞼を擦りながら僕を不思議そうに見ていた。しまった、起こしてしまったようだ。
僕は、痛烈に舌打ちをしたくなった。くそっ、しくじった。こんな所で妹が起きるとは・・・。
「お兄ちゃん、何処に行くの?」
「・・・それは」
僕は言いよどむ。後ろめたさに目線を逸らす。其処に、更に予想外の展開が重なった。
「・・・もしかして、家を出ようと言うんじゃないでしょうね?」
「っ⁉」
気付けば、其処には母の姿が・・・。どうやら母も起きていたらしい。今度こそ、僕は舌打ちした。
母は何時になく、厳しい表情をしている。当然だ。息子が家を出て行くと知って快く思う筈が無い。
妹は、ミィは信じられないような目を僕に向ける。いや、どちらかと言うと、信じたくないか。
まあ、当然だな。ミィは僕を慕っていた。信じたくない気持ちもまあ理解出来る。
「嘘だよね。お兄ちゃん、この家を出て行かないよね?」
「・・・・・・・・・・・・っ」
その声は僕に出ていかないと言って欲しいと、そう言っているようだ。しかし、僕は・・・。
僕は目を逸らす。後ろめたさと、ほんの僅かな躊躇い故に・・・。気まずくて目を逸らす。妹を直視する事が出来ずにあらぬ方を向く。
目が合わせられない。きっと、今の僕は情けない顔をしている事だろう。
そんな僕の様子に、妹は表情をくしゃっと歪めた。
「いやっ‼行かないで、お兄ちゃん!!!行っちゃやだ!!!」
「・・・・・・・・・・・・僕は」
僕、は・・・・・・。
一体どうすれば良いのか?どうするのが正解なのか?解らない。理解出来ない。
母はそんな僕を見て、軽く溜息を吐いた。そして、僕に苦笑を向けた。
「そんなに、私達との生活が嫌だったかしら?」
「それは・・・違うよ・・・」
僕は、絞り出すように言った。それは違う。僕は只、この優しい世界に馴染めないだけだ。
僕が只、この優しさに馴染めないだけだ。僕が異質なだけだ。僕が異端なだけだ。
この優しさが、僕にとって苦痛だった。・・・だから。
「僕は、この優しい世界に馴染めない。だから此処に居るべきじゃ無いんだ」
僕は、この世界に居るべきじゃ無い。この世界に、僕の居場所は無い。ありえない。
しかし、母はそれに対して首を横に振った。そんな事は無いと、はっきりと言った。
「そんな事は無い。貴方は此処に居ても良いのよ。××××」
母が僕の名を言った。その声音はとても優しく、暖かかった。
しかし、その優しい言葉は僕の心を酷く打ちのめした。僕は妹の方を見る。
「・・・お兄ちゃん」
・・・妹はぎゅっと僕の服の袖を握る。その潤んだ瞳は僕を真っ直ぐに見詰める。僕の心が、決心が大きく揺らいでしまう。どうすれば良いのか、解らなくなる。
行かないでと、妹が僕に抱き付く。僕は、僕にとってはそれすらも煩わしい物なのだろうか?
「僕、は・・・・・・」
果たして、何が正解なのか?僕には結局解らなかった。理解出来なかった。
結局、僕は家出を断念した。何が正しかったのか、解らないまま。
・・・それから僕は、家族と一緒に暖かく優しい世界で過ごし続けた。
しかし、僕の心の中の葛藤はまだ治まってはいない。まだ、僕は誰も信じられないままだ。
一体、僕はどうすれば良かったのだろうか?何が正しかったのだろう?
それは、未だ解らない。僕には到底理解出来なかった。
・・・そして、それを理解出来ないまま僕はその生涯を終える事となる。
果たしてその選択肢が幸せだったのか、不幸せだったのか?
人によってその解釈は分かれるでしょう。




