幸せな結末
魔大陸、魔国大規模訓練区画・・・
其処では日々、非常時の為魔族の兵士達が厳しい訓練に励んでいる。しかし、今回はある意味で非常に大変な状態になっていた。それというのも・・・
・・・訓練区画に、死屍累々とした様子で魔族の兵士達が山となっていた。その状況を作った本人である少女はつまらなそうな溜息を一つ吐く。いや、実際につまらないのだろう。
彼女の名はソラ=エルピス。無銘ことシリウス=エルピスとリーナ=エルピスの娘だ。
彼女は魔族の訓練に自分も混ぜろと言い、そのまま魔族の兵士達を一瞬で倒してしまったのだ。
その数、約三十二名。かかった時間は一秒にも満たなかった。普通に考えても異常だ。厳しい訓練を受けた兵士を一人の少女が、それも三十二名もの兵士達を一秒もかからずに倒した。
何らかの能力が関わっているのは確かだろう。しかし、どんな能力なのか兵士達は理解不可能。何故なら気付いた時には兵士達は訓練区画の床にボロボロの状態で転がっていたから。訳が解らない。
一人の兵士が、おずおずとソラに話し掛ける。
「・・・・・・あの、今何をしたのでしょうか?」
「うん?私は只、貴方達が認識出来ない超スピードで動いただけだけど?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
呆然。言葉も出なかった。
ソラは認識出来ない程の超スピードだと言った。しかし、魔族は普通の人間に比べても、かなり優れた身体能力を持つ種族だ。中には音速を見切る事が出来る者が居る程に・・・
厳しい訓練を受けた魔族の兵士なら、音速の壁を超えた速度で接近する物体も容易く見切る。
しかし、そんな魔族の兵士達ですら認識出来ない超スピード。ありえない。これが固有宇宙か?
魔族達は軽く戦慄した・・・
と、そんな時———
「おうおう、随分とまあ派手にやっている事だ」
「っ!!?」
突然、知らない声が割り込んできた。何時の間にか、知らない内にだ・・・
気付けば其処には一人の青年が居た。透き通るような青い髪と瞳をした、小柄な男。しかし、その身体から感じる気配は尋常ではない。魔族の兵士達も、緊張した様子で男に視線を向けている。
しかし、男の方は軽い感じで手をひらひらと振る。
「そう警戒するな。僕は只、君に興味を持っただけだからさ・・・」
「私に何の用?」
男はソラの方を愉しげに見ている。その瞳は好奇心に満ちている。
ソラは警戒心を解かず、男に問い掛ける。しかし、やはり男は軽い感じで笑みを浮かべた。それは単純に余裕の現れなのかもしれない。しかし、それにしても軽い・・・
「だからそう警戒するなって。僕の名はセイメイ、世界で初めて固有宇宙に目覚めた者だ」
「っ⁉っっ‼」
その発言に、ソラだけではなくその場の魔族達も愕然とした。世界で初めて固有宇宙に覚醒した。
それはつまり、少なくとも自力で固有宇宙に覚醒した無銘とハクアと同格という事になる。そんな存在が自分達の目前に居る。それが、信じられない。
現在、世界中に存在する固有宇宙の覚醒者。その大半は無銘によって覚醒させられた者だ。当然ソラもその一人になるだろう。自力で固有宇宙に覚醒可能な存在は稀だ。
ソラは冷や汗をかきながらセイメイと名乗る男を見据える。
「確かに、父様からは自力で固有宇宙に覚醒した存在は世界に三人居るって聞いたけど・・・」
「うん、その最初の一人が僕だね」
「・・・・・・そんな貴方が、私に何の用?」
そう、セイメイはソラに興味を持ったと言った。つまり、この男はソラに用事があるという事だ。
しかし、当の本人であるセイメイはきょとんっとした表情で小首を傾げた。それはまるで、質問の意味が今一理解出来ないとでも言うかのようだ。流石に少しだけイラッときた。
「別に、少しだけ話をしに来ただけだけど?」
「は?」
「いや、だから少し話をしに来ただけだって。僕は只、神速の固有宇宙に覚醒した君に少しばかり興味を抱いただけだからさ。特に意味なんて無いよ?」
「は、はぁ・・・」
ソラは一気に脱力した。もう訳が解らない。この男はどうやら、本気で世間話のつもりで気軽にソラに会いに来たらしい。警戒したソラが馬鹿馬鹿しい・・・
もう、どうとでもなれ。そう投げやりな気分になった。
・・・・・・・・・
「ソラ、迎えに来たぞ・・・って。どうした?随分と疲れたような顔をして」
「・・・いや、別に何でもないよ・・・・・・」
ぐったりした様子でそう答えるソラ。それを見て僕は首を傾げる。一体何があった?それに、魔族の兵士達も何だかやけに疲れた様子だが?本当に何があったんだ?
まあ、別に良いや。僕は苦笑するとぐったり床に座り込むソラの腕を引っ張り上げる。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「うん?何処に?」
「今は秘密だ」
そう言って僕は笑った。そんな僕に、ソラは不服そうに頬を膨らませた。どうやら秘密にされている事がソラには不満らしい。まあ、今言ってしまえばサプライズにならないからなぁ。
僕はくつくつと笑う。そんな僕が変なのか、ソラは怪訝な顔をした。まあ、秘密は秘密だ。
・・・僕とソラはそのまま魔国の街を歩いていく。魔国は近代都市だ。その光景が珍しいのかソラが瞳を輝かせて見ている。そんな娘の姿が何だか微笑ましくて、思わず笑みを零す。
そんな僕をどう思ったのか、ソラがこんな事を聞いてきた。
「ねえ、父様?父様は幸せ?」
「ああ、幸せだとも。リーナが居てくれて、ソラが産まれてくれて、僕は幸せだ」
僕は、迷う事なくそう答えた。僕は幸せだ。リーナが傍に居て、ソラが産まれてくれて、父さんも母さんも妹も皆が傍に居てくれて・・・僕はとても幸せだ。
そう心の底から思える。心の底からそう実感出来る。だからこそ、僕は周囲の全てに感謝する。
「ソラ、産まれてくれてありがとうな」
「うんっ‼」
弾けるような笑顔で、ソラは元気に返事をした。うん、良い笑顔だ。
・・・ソラ、産まれてくれて本当にありがとう。
・・・・・・・・・
それから歩く事、数十分が過ぎた。其処にはとある建造物が鎮座していた。その巨大な建造物にソラは呆然と見上げる事しか出来なかった。まあ、さもありなんだな。
「・・・えっと、巨大な船?」
「そうだな。これは船だ」
「けど、此処は海ではないよ?どうしてこんな所に船が?」
「それは、海を渡る船ではないからだ」
その言葉に、ソラは余計に首を傾げた。そう、これは船だ。しかし、海を渡る船ではない。
しかし、その言葉に納得出来ないのかソラは僅かに混乱しているようだ。そりゃあまあ、船といえば普通は海の上を渡る物だからなあ。これは、そういう意味ではかなり特殊な船だ。
僕は苦笑しながら答えを言った。
「ソラ・・・この船はな、星の船と言って異世界を渡る船なんだよ」
「・・・・・・えっと?つまり異世界にこの船で行けるという事?」
「その通りだ」
僕は肯定した。そう、この船は次元を渡る船。星の船だ・・・
動力はブラックホールエンジンを採用し、次元の座標を示す羅針盤を搭載。超高度AIを搭載しており自律思考演算を可能としている。運行中は結界が発動し、結界内は惑星内と同じ環境へと調整される。
この場合の惑星とは、もちろん地球や惑星ウロボロスのような生物の住める環境を差す。
内部に訓練区画と居住区画が存在し、訓練区画はダンジョンと化している。ダンジョン内には自己再生機能を搭載した魔物型の自動人形が設置されている。
長期運行の為の栽培区画も存在するくらいに機能は充実しているくらいだ。
その説明を聞き、ソラは・・・
「・・・・・・凄いっ!!!!!!!!!」
物凄く瞳を輝かせて叫んだ。興奮のあまり、顔が真っ赤だ。流石の僕も苦笑を浮かべる。
我が娘ながら、好奇心旺盛に育った物だ・・・
「じゃあ、早速乗るか?」
「良いの!!?」
「ああ、リーナも既に中に居るから。一緒に乗ろう」
そう言うと、ソラがいきなり僕の腕を引っ張った。どうやら待ちきれないらしい。早く乗ろうと僕の腕を引きながら急かしてくる。中々どうして、本当に好奇心旺盛なようで・・・
僕はくっと笑みを浮かべた。しかし、そんな日常も悪くはない。そう、僕自身思えた。
僕の日常はまだまだ続く・・・




