エピローグ
三年の時が過ぎた・・・
オーフィスの王都に警報が鳴り響く。それは、大規模魔物災害を知らせる警報音だ。どうやら、かなり大規模の魔物が襲撃してきたらしい。街の門前に集まる兵達。
兵達の顔に緊張が奔る。それもその筈。今回の魔物災害は本当に規模が違う。
世界が覚醒の時代を迎え、人類が最盛期を迎えた今。オーフィスの兵力も相応に向上している。それこそ兵の一人一人が一騎当千の実力を保有する程だ。魔物の千や二千、軽く屠れる自身がある。
だが、今回の魔物の数は軽く何十万にも上るという。本当に異常だ。
・・・しかし。しかし、だ。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
其処には、何十万もの魔物の死体の山を前に立つ無銘の姿があった・・・
・・・・・・・・・
「はははははははっうわははははははははははははははあははははははははははははっ!!!」
「いや、そこ笑いどころか?」
爆笑するミトロギアを前に、僕はむすっとした表情で問い返す。ちなみに、今現在ミトロギアは人化しており人間そのものの姿をしている。場所はギルドの酒場だ。
あまりに大音響で爆笑するものだから、冒険者の皆はうるさそうに耳を塞いでいる。
「いや、すまんすまん。それにしても、何十万もの魔物の大群をどうやって一瞬で片付けた?」
すまないと言いながら、それでも尚愉しげに笑みを浮かべるミトロギア。彼に、僕はそっと溜息を吐きつつその問いに答えた。
「・・・別に、片付けるだけなら一瞬で終わったぞ?」
「・・・・・・何?」
「いや、今の僕ならあの程度の群れなぞ一瞬で片付くが?」
「・・・・・・・・・・・・」
違った。答えにもなっていなかった。
黙り込むミトロギア。そんな彼に、僕はあの時に何をしたのかを語った。
・・・とはいえ、別に難しい事はしていない。何十万もの魔物の群れを残らず殲滅可能な程度の出力を聖剣と魔剣に乗せて薙ぎ払っただけだ。無論、周囲の地形に被害が及ばないよう調整はしている。
莫大なエネルギーを、周囲の地形に被害が及ばないよう制御しながら魔物の群れに放った。僕がした事はそれだけなのである。本当に、只それだけの話だ。
「というより、今魔剣と言ったか?お前、外法の魔剣も持っているのか?」
「ああ、あの世界から帰ってくる時にハクアから受け取ったが?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ~っ」
ミトロギアは少し黙り込んだ後、深い溜息を吐いた。何だよ一体?
・・・しかし、まあ確かに僕は今星の聖剣と外法の魔剣を保有している。ハクアがもう必要ないからとそう言い僕にくれた訳だ。今、僕の身体には聖剣と魔剣の両方が宿っている。
「・・・まあ、そういう訳で僕はそろそろ帰るよ」
「ん?おおっ!そうか、もうそんな時間か」
そう、そろそろ僕は帰らなければならない。そもそも今回は用事の最中だったから、急がねば。
そう言って、僕は荷物を持ってギルドを出ていった。
・・・・・・・・・
途中、何処にも寄る事もなく僕は屋敷に帰った。何時も通り、メイド達に出迎えられ中に入る。今日は父さんと母さん、そしてミィが来る日だ。その為に、準備をする手はずだった。
・・・まあ、途中で魔物が襲撃してきたがな?
新しく雇ったメイド達を引き連れ、僕はある部屋の前に来た。リーナの部屋だ。
部屋に入ると、其処には赤子を抱くリーナの姿があった。
赤子・・・。僕とリーナの子供だ。可愛い女の子でソラと名付けた。ソラ=エルピスだ。
「あ、お帰りなさい。ムメイ」
「ただいま、リーナ」
僕はリーナと愛娘に笑みを向けた。僕は、幸せを手にした———
・・・・・・・・・
日本のとある駅のホーム・・・
男は暗い、疲れ切った目をしていた。もう男は全てに絶望していた。そろそろ次の電車が来る。タイミング良く飛び込めば容易く男は死ぬだろう。もう、この世界に未練など無い。
電車が来る。そろそろ頃合いか・・・
そう思い、ホームから身を投げようとした・・・その直後。
「こらこら、自殺など止めとけよ」
「っ⁉」
突然、男は謎の青年に襟首を摑まれて引き戻された。物凄い力だ、背丈は自分の方が高い筈。その筈なのにありえない力で引っ張られた。男は軽く咳込む。
良く見たら、青年は日本人離れした容姿だった。黒髪と顔立ちは東洋人らしい。しかし、その瞳は日本人とは到底思えない綺麗な青い瞳だった。その瞳に、男は吸い込まれるような気がした。
それにその青年の纏う雰囲気。何処か人間離れした気配を漂わせていた。
「き、君は一体・・・?」
「もう自殺なんてするなよ?まだ君を大切に思っている人が居る筈だから」
質問に答えず、青年は帰っていった。それを呆然と見送る男。直後・・・
「カナタ君っ‼」
「っ⁉」
名前を呼ばれ、男は・・・春風カナタは振り返る。其処には幼馴染の女性、ナツキが居た。ナツキは今にも涙が零れそうな瞳で、カナタを睨んだ。カナタは思わず瞳を逸らす。
「カナタ君・・・これ、何?」
ナツキが持っていたのは、カナタがナツキに宛てた手紙。否、遺書だ。
カナタは答える事が出来ず、黙り込む。手紙には、カナタの世界に対する絶望が書かれていた。しかしナツキが言うのはこの事ではない。もっと別の事だ。
———誰も信じる事が出来なかった。誰の言葉も、心の底に響かなかった。
手紙には、そう書かれていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「カナタ君。貴方は私の事も信じられないの?私の言葉も、貴方の心に響かない?」
「・・・・・・っ」
ナツキは、カナタの身体をそっと抱き締める。ぎゅっと抱き締めて、その肩で泣きじゃくった。
「もっと私の事を信じてよ。もっと、私を頼ってよぉ・・・」
既に、周囲には人が集まりつつある。二人は自然と、周囲の視線に晒される。しかし、それでも今のカナタ達にはそれが気にならない。今、二人の世界には二人だけだ。
カナタは、ナツキの身体をぎゅっと抱き締めて想う。先程、青い瞳の青年に言われた言葉を。
———まだ君を大切に思う人が居る筈だから。
その言葉に、カナタは納得した。ああ、あの言葉はそういう意味かと。
「ごめん、ナツキ。ありがとう・・・」
ナツキの身体を抱き締め、そっとカナタは涙を流した・・・




