11、ただいま
あの後、農村に帰ると真っ先にハクアに向かってルカさんが駆け寄り飛び付いた。そして、わんわんと泣きながら生きていて良かったと喜んだ。どうやら、かなり心配を掛けていたらしい。
それもその筈。僕とミトロギア、そして僕達とナハッシュ、Ωとの戦いは常軌を逸していた。それ故にその戦いの余波は世界全土を揺るがした。それはまさしく、天変地異だ。
あのΩもかなりの実力を有している悪魔であり、その実力はナハッシュと比べても遜色ない。しかしそれ故にあの悪魔を逃がしたのは、かなりの痛手だろう。
あの悪魔は今後必ず世界に再び混乱と渾沌を呼ぶ。そう僕は実感した・・・
しかし、今はそれよりも生き残った事を喜ぶべきだ。そう思い、僕はハクアに視線を向ける。
ハクアは戸惑いながらも、それでもルカさんの想いに苦笑を浮かべている。何だかんだといえ、ハクアもルカさんの事を悪しからず思っているのだ。苦笑しながら頭をぽんぽんと撫でている。
・・・ドラコさんも、遅れてやってきたようだ。彼も彼で僕達を心配していたらしい。僕達の無事をとても喜んでいた。まあ、顔が赤いのと僅かに酒の匂いがするのが気になるがな。
この人、さっきまで酒を飲んでいたな?
ジトっとした目でドラコさんを見ると、がははと誤魔化すように笑った。僕は呆れて溜息を吐く。
「・・・あの、ハクアさん。私、この後話があるんですが・・・・・・」
「・・・・・・あ、ああ」
どうやら、ルカさんもハクアに自分の前世の事を言う気になったらしい。ルカさんは、ハクアの恋人の転生者なのである。しかし、今までハクア本人に義理立てして言う事が出来なかったらしい。
・・・まあ、言う気になったのならそれは良い事だろう。僕から言う事は何も無い。
ハクアも、何かを察したのか真剣な表情で頷いていた。まあ、向こうはこれで良いのだろう。
少なくとも、僕からこれ以上何かを言う事は何も無い。黙って後は任せよう。
・・・その日の夜、ハクアはルカさんと一晩星空を見て語り合ったという。僕は一人、のんびりと寝床に入り眠りに着いた。不安は一切無かった。遠く離れた次元に居ながら、それでもすぐ傍にリーナを感じる事が出来たからだ。僕は、安心して夜を過ごした。
・・・・・・・・・
次の日、僕とミトロギアは農村の前でハクアとルカさん、ドラコさんと別れの挨拶をしていた。どうやらハクアはこの世界に残るらしい。この世界に残って、これまでの罪を償っていくのだと。
ミトロギアは、僕と一緒に付いてくるらしい。そう言っていた。
友と一緒に居た方が、ずっと楽しいのだと。そう言った。思わず、僕は苦笑した。
「じゃあな、ハクア。ルカさんと幸せにな」
「ああ、これからはこの世界で頑張っていくよ」
そう言い、僕とハクアは互いに固い握手を交わした。これも、恐らくは友情というものだろう。少なくとも僕はそう感じた。だからこそ、僕達は互いに笑みを浮かべ合う。
大丈夫だ、これからも僕は何時でも会いに行ける。これが最後の別れではないさ。
「じゃあ、ミトロギア。僕達もそろそろ行こうか」
「・・・うむ、そうだな!では往こうぞ、我が友よ‼」
そうして、僕は意識を元の世界に向けた。今の僕は、意識をほんの少しだけ傾けるだけで次元の異なる別の世界を観測出来る。そして、観測出来る以上僕はその世界に気軽に転移出来る訳だ。
現在過去未来、あらゆる時間や空間、可能性、次元を網羅し把握出来、尚且つ転移可能だ。
その気になれば、宇宙樹の外の世界にだって行く事が出来るだろう。我ながら、随分と規格外な存在に進化したものだと僕自身思う。いや、もはやこれは進化のレベルではないのかもしれないが。
成り果てたというべきかもしれない。成って果てたのだろう。
・・・まあ良い。それよりも今は元の世界の方だ。
意識を元の世界に向ける。其処に、リーナの気配を感じる事が出来た。その瞬間、僕とミトロギアはこの世界から一瞬で消失した・・・
まるで、最初から存在しなかったかのようにだ。
・・・・・・・・・
一方、その頃・・・渾沌世界ウロボロスにて。
この世界でも覚醒の時代の恩恵を受け、全人類が固有宇宙に覚醒を果たしていた。それにより、各地で混乱が起きたが其処は八人の王が何とか事態を収束させた。
原因が不明なだけに、神王や魔王ですら頭を抱えて困惑していた程だ。そして、当然覚醒の時代の恩恵を受けて覚醒したのは彼女も同じである。そう、リーナ=レイニーだ。
リーナ=レイニー。彼女が覚醒した固有宇宙、それは智慧だ。
智慧の固有宇宙。それは即ち、あらゆる叡智を結集した概念宇宙だ。別名、真理の宇宙。
覚醒を果たしてから、リーナはありとあらゆる物事を見通し、把握する事を可能とした。それは即ち現在過去未来のあらゆる時間や空間、次元、可能性、そして時の止まった世界すらも観測可能だ。
そして、それは即ち遠く離れた世界に存在する彼の存在を感知する事も可能であるという事だ。
・・・それ故、彼女は決して不安を見せなかった。否、不安になる必要が無かった。
何故なら、既に彼は何時でも帰って来れるから。そして、その時は既にすぐ側まで迫っていた。
既にリーナは知っている。彼が、シリウス=エルピスが此方に意識を向けている事を・・・
リーナはふっと笑みを浮かべる。とても晴れやかな笑顔だ。
「・・・お帰り、ムメイ」
「ああ、ただいま。リーナ」
そう言って、無銘ことシリウス=エルピスは帰ってきた。帰るべき場所に。




