7、最古の王
それは、純白のドラゴンだった———
純白の身体に王冠のように頭部に生える四本の角。瞳の色は黄金で、その背には光輪が。邪悪な竜王にしては何処となく神々しい雰囲気が漂っている。それは、彼女が本来原初の地母神だからか?
・・・間違いない、彼女こそエンシェントロードに違いないだろう。僕はそう確信した。
最古の竜王、エンシェントロード。なるほど、彼女から途方もなく強大な力を感じる。しかし、それよりも今は他の事を気にしなければならないだろう・・・
それは、そのエンシェントロードの背に乗っている一柱の悪魔だ。
「悪魔・・・Ω・・・・・・」
「ディー・・・・・・」
悪魔Ω。純血の悪魔にして、最強の大悪魔。その思想に強い信念など無く、己の快楽の為だけに世界を振り回す真正の外道だ。それ故に、危険極まりない。
Ωは僕達を見下ろし、笑みを浮かべている。それは、暗い愉悦の笑みだ。何処までも暗い、深淵の如き底なしの暗く冷たい笑み。まさしく、悪魔のような笑みだった。
「ナハッシュ・・・。どうやら協力者を得たか・・・・・・」
「ナハッシュ?」
僕の問いに、ミトロギアは頷く。その表情は何処となく緊迫している雰囲気だ。
「奴の名だ。エンシェントロード、ナハッシュ・・・」
「そうだ、私がエンシェントロード、ナハッシュだ」
エンシェントロード、ナハッシュ・・・それが彼女の真名らしい。
ナハッシュはそう答えると、光を纏いその姿を竜の翼に角、尾を備えた美しい女性に変えた。Ωはその隣の空中に並ぶようにして立っている。血が凍るような、美しい女性だった。
その声は凛と透き通っており、世界に響くような錯覚さえ覚える。
僕は思わず背筋に寒気を覚え、身震いをする。これは———恐怖か?
僕がかつてない敵を前に、恐怖を覚えている?
「はっ‼」
しかし、僕はそれを笑い飛ばした。確かに、こいつは恐ろしい。恐怖を感じるのも理解出来る。心底からこいつは恐ろしいんだろう。其処は認めよう。しかし、だ・・・
しかし、それでも・・・
僕は剣を真っ直ぐに構えた。それは、戦う意思の現れだ。その僕の意思を見て、ナハッシュはにやりと不敵な笑みを浮かべる。まるで、心底から愉しむようなそんな笑みだ。
「良い、実に良いぞ‼それでこそ、私に挑む勇者よな‼」
「っ、く・・・・・・」
瞬間、僕達を激烈な威圧感が襲う。それはまさしく、最古の王に相応しい覇気だった。
「さあ、来るが良い‼私は此処に居る、討つべき敵は此処に居るぞ‼」
「ああああああああああああああああああっっ!!!!!!」
僕は瞬間的に距離を詰め、ナハッシュに斬り掛かった。しかし、彼女は余裕の笑みを崩さない。むしろ凄絶な笑みを浮かべてその片手を振り上げる。その腕には、一匹の白蛇が・・・
彼女の魔眼に睨まれ、僅かに僕の身体が硬直したその直後・・・
とすっ———
あまりにも軽くあっけない音が響いた。そして、僕は血反吐を吐き胸元を見る。其処には、胸元を貫通した白蛇を纏う腕が。それを認識した瞬間、僕の身体はまるで角砂糖のように崩れ去った。
白蛇の毒が、僕の魂をも崩壊させて死を与える。
そして、次の瞬間・・・僕はナハッシュの背後に顕現する。奴に貫かれたのは偽物だ。本物の僕はこうして隠れて隙を伺っていた。しかし、それでも彼女にはそれすらお見通しらしい。
・・・狂的な笑みを浮かべて此方を視る。
「馬鹿め、既に見通しておるわっ!!!」
「概念宇宙、劔っ!!!」
瞬時に世界が剣の概念によって浸食され、構成を変えてゆく。それは、剣の概念を宿した宇宙だ。
しかし、それでもナハッシュは笑みを崩さない。腕を一振りするだけで、概念宇宙を薙ぎ払う。それはあまりにも出鱈目な一撃だった。剣の概念を内包した宇宙そのものが、腕の一振りで砕け散る。
思わず目を見開く僕を、ナハッシュは嘲笑う。そして、その一瞬の隙を彼女が見逃す筈もなく。
「ははっ‼」
「・・・・・・っ、がはっ!!!」
僕の腹部に強烈な衝撃が奔る。腹部に痛烈な一撃を喰らい、僕の身体は勢いよく吹き飛ぶ。視界の端にミトロギアとハクアの姿が映る。どうやら、Ωと戦っているらしい。かなり苦戦しているようだ。
僕は軽く舌打ちをする。戦況はかなり悪いらしい・・・
「どうした?もう終わりか・・・?」
「・・・・・・一つだけ、聞いても良いか?」
僕はナハッシュに話し掛ける。先程から気になっていた事だ。この状況で一体何をと思うが、聞かずにはいられなくなった。だから、僕はナハッシュを真っ直ぐに見据えて問う。
それを、彼女は黙って先を促すように笑みを向けた。
「・・・お前、本当は神々への復讐なんてどうでも良いんじゃないか?」
「ふむ、何故そう思う?」
ナハッシュは特に不快そうな素振りなど見せる様子もなく、問い返した。しかし、何故か。そんな事は至極単純な話だろう。僕自身、簡単に解った程だ・・・
「お前、復讐に燃えているにしては随分と楽しそうじゃないか?」
「ふむ・・・」
「それにな、どうもお前には何か他の目的があるように視えるんだが・・・」
そう、僕にはナハッシュが他の目的により動いているように見えた。それが何かは解らない。しかし僕にはどうも彼女が復讐心のみで動いているようには見えないんだよ・・・
僕の話に、何かを納得したようにナハッシュは頷いた。
「ふむ、なるほど?その黒髪に青い瞳、お前は私の巫女の末裔だったか・・・」
「ああ、僕は原初の蛇神を祀る巫女の血を引いている」
「ふむ、道理でな・・・。して、話の返答だが。確かに私は復讐心で動いてはいない」
・・・やはり、か。僕は納得して同時に疑問を感じた。なら、何故彼女は戦うのか?復讐心がもう無いなら既に戦う理由など無い筈だ。それなのに戦うという事は、他に理由がある筈だ。
そんな僕の疑問に気付いたのか、ナハッシュは笑みを浮かべながら続きを話した。
「そも、私は最初から神々に対して復讐心など抱いてはいなかったという事だ・・・」
「・・・何だって?」
最初から復讐心を抱いていなかった。つまり、そもそもの始まり。竜種と神々との戦争も彼女には何かしら他の意味があるという事になるだろう・・・それは一体?
「我が子孫達には本当に悪い事をした、その自覚はある。しかし、当時の神々から人類を守る為に彼等にはある意味で犠牲になってもらう他なかったのだ」
「・・・・・・それは、何故?」
「・・・当時の神々が、人類を本気で管理支配しようとしていたからだ」
「・・・・・・・・・・・・っ」
管理支配・・・?
その事実に、僕は思わず目を見開いた。それは、ナハッシュが他の竜種にした事と全く同じだ。では何故それを彼女は実行したのだろうか?気付けば、僕はナハッシュの話に聞き入っていた。
それに気付きながら、僕は話しを聞く事を止められなかった・・・
「神々は人類が自ら自滅に向かわないよう、神々の手で自由意思を奪い管理しようとした。しかし当時私はそれに反発したのだ。無論、神々はそれを良しとしなかった。故に、私はそれを止める為に一つ策を巡らせる事にした。それが、実際に自由意思を奪われた者がどうなるかを私自身が証明する事だ」
「・・・・・・その結果が、あの戦争か」
「そう、私は信じていた。自由意思を奪われても、その中から反発する者が少なからず現れると」
実際、自由意思を奪われ管理支配された竜種の中から反発する個体が現れた。
そして、その結果があの戦争か。戦争が起こり、反発されてその結果、封印されたと。
・・・しかし。
「だとしたら、何故今もナハッシュは戦う?復讐心が無いなら、そもそも今戦う理由が無い筈だが」
「・・・うむ、それは———」
僅かに間を開けるナハッシュ。それは、その事実を果たして言うべきか悩むような雰囲気がした。
しかし、どうやら覚悟を決めたらしい。目を開くとナハッシュはゆっくり告げた。
「・・・人類は、何れどうあっても滅びる運命だからだ。どうあっても、どう足搔いてもだ」




