6、竜騎士、歪んだ正義
「其処に居る二名に告げる。そのアークエンシェントを速やかに討ち、此方に引き渡せ」
竜騎士が何か、訳の解らない事を言っている。ミトロギアの首を討ち、引き渡せだと?こいつ、一体どのような事があってそんな事を言っているのだろうか?・・・意味が解らない。
思わず僕とハクアは目を合わせて首を傾げる。どうやらミトロギアも意味が解らないらしい。
・・・竜騎士は反論されるとは全く思っていないのか、余裕そうにドラゴンの上から此方を空高く見下ろしているのが見える。ふむ、どうやら冗談の類ではないらしい。
いや、余裕というよりもあれはむしろ自分の正しさを一ミリも疑っていないのか?
僕はそっと溜息を吐くと、その竜騎士に問い掛けた。
「・・・そもそも、何故僕達がそれを聞く必要がある?」
「む?人間ならそもそも正義を行うべきだろう?」
何を当然の事を言っているのか?そんな言葉が、竜騎士の背後に浮かぶような表情だ。
・・・正義。正義・・・ね・・・
やはり、意味が解らないな。こいつは本当に何を言っているのか?いや、意味は理解出来る。しかし僕はそれを理解したくないだけだ・・・
なるほど?こいつ、そういう性質の人間か。至極面倒臭い。
「正義、か。さて、これの一体何処が正義だ?」
「意味が解らないな。彼の邪悪、エンシェントロードが目覚めた。なら、国家に属さないドラゴンはそれだけで脅威になるだろう・・・。ならば、それを速やかに討つのが正義に他ならないだろう?」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・はぁっ
議論など、最初から無意味か。ならば是非もないな。どうやら、この竜騎士は本気でその歪んだ正義を信奉しているらしい。なら、答えは既に決まっている。僕はそっとミトロギアの前に歩を進める。それを見た竜騎士はぴくりと片眉を吊り上げる。その表情は、不快そうだ。
どうも、自分の思い通りにいかない事に不快さを感じているらしい・・・
「・・・さて、どういうつもりかな?」
「そんな事、既に決まっている。僕は、僕の友の味方に付くだけだ」
「・・・僕も、お前の言う事には従えないな」
ハクアも、僕の隣に立ち静かに剣を構える。もはや議論など無用。後は、その剣を以って自身の意思を押し通すのみだろう。僕も、静かに剣を構える。
最初から議論に意味など無い。言って聞かないなら、もう後は拳でぶつかるしかないだろう。
竜騎士は静かに溜息を吐いた。それは、失望の溜息だ。
「ならばしょうがないな・・・。悪は速やかに討つのが正義だろう。お前達は悪だ」
「ああ、一つだけお前に教えてやろう・・・」
僕は、少しだけ間を開けてからそいつに常識以前の大前提を教えてやる。こいつには、明らかにそれが欠けているだろうからな。それを今更に叩き付けてやる。
「正義の対は悪じゃねえ、異なる正義だ。それも解らないなら、お前は正義を名乗る資格など無い」
「・・・・・・言いたい事は、それだけか?」
竜騎士から表情が抜け落ちた。それは、明らかな怒りだ。しかし、僕はそれも気に留めない。そんな事は僕の知る所では無いからだ。知った事ではない。
・・・そう、これは正義などでは断じてない。
自分と異なる正義を前にした時、それを認められなければもはやそれは正義ではない。歪に歪んだ何かでしかないのだろう。そこに正当性などありはしない。
なら、もう良いだろう。僕だって怒りを覚えているのだから。我が友を悪と断じられた。それを前にして怒りを覚えないなら、それはもう愚鈍と呼んでも良いだろう。
これは正義の為の戦いではない。かといって、悪でもない。これは、純粋に友の為の戦いだ。
どうやら、僕は怒っているらしいから。ならば、それを向けるだけだ・・・
「グレゴリーだ。名を名乗るが良い!!!」
「シリウス=エルピス!!!」
「ハクアだ!!!」
・・・・・・・・・
・・・戦いは終始一方的だった。当然、僕達の勝利だ。
戦いらしい戦いにもならなかった。これはもう、蹂躙と呼んでも差し支えないだろう。
まず竜騎士グレゴリーをドラゴンの上から叩き落とし、その後はもう単純な話だ。グレゴリーから武器の剣を弾き飛ばし、そのまま首元に剣を突き付けた。それで終わり・・・
実にあっけない。もはや、その実力差の前に戦いすらも成立しなかった。
しかし、自身の正義と勝利を寸分も疑っていなかった竜騎士のグレゴリーは当然納得しない。悔しそうに僕とハクアを睨み付ける。睨み付けて、忌まわしげに問う。
「何故だ?何故、それ程の力を持っていながらその力を正義の為に使えないんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
その問いに、僕は答えない。只、冷徹な視線を向けるだけだ。
その視線に、グレゴリーは悔しげに歯を食い縛る。歯を食い縛り、血を吐くような非難を向ける。
「その力は正義の為に行使するべきだ。強い力は正しい事に使うべきだろう、違うのか!!!」
「それはそもそもお前が未熟だからだ、グレゴリー。人は力を持つから何かを成すのではない。成し遂げたい事があるから力を求めるんだろう?力を持つから正しい事に使えだなんて、そんなのもう押し付けがましいだけの暴力に過ぎないよ。そんな事に、一体何処に正しさがある?」
「・・・それは」
グレゴリーは黙り込む。それ以上、何も言えない。
当然の話だ。そもそも、正義とは何だ?正しい事とは一体何だ?そんな事の為に、人はこの世界を生きているのではない筈だろう?人は、もっと自分の為に生きても良い筈なんだ。
人は自分を大切に想う事で、他者を思いやる事が出来るのだから・・・
これは、僕がウロボロスの世界で学んだ事だ。只ひたすらに力を求めた。しかし、その末に手に入れたのは虚無でしかなかった。それは、もはや全てを失ったも同義だ。
それを取り戻させてくれたのがリーナだった。仲間達だった。なら、僕は友の為、仲間の為、愛する者の為にこの力を振るう。正義などという曖昧なものの為になど力は使わない。
・・・何の為に強くなりたいのか?何の為に力を求めるのか?
それが解らなければ、未来など無い。皆無だ。僕はそんなもの、求めてなどいない。
「僕は嫌だぞ?正義などという言葉に踊らされて、力を求める理由も自分が本当に守りたかったものも全て失うなんて事は。そんな事は御免だね」
「なら、俺は一体どうすれば良いんだ?一体何が正しいというんだ・・・」
「そんな事、僕が知るかよ。お前の道くらいお前が決めろ。ただし、それに人を巻き込むな」
———人の生き方など千差万別。違っていて当然なのだから。
それっきり、竜騎士グレゴリーは黙り込んだ。項垂れ、何も言わずぶつぶつと何かを呟いている。
それを背に、僕はハクアとミトロギアの許に歩を進める。ミトロギアは僅かに苦笑していた。
「・・・少しばかり、言い過ぎではないのか?」
「少なくとも、あいつが僕達に喧嘩を仕掛けた。なら、それに多少言い返しても文句は言えないさ」
「ふむ、そうかもしれんがな・・・」
ミトロギアはそう言って黙り込んだ。しかし、心配など無意味だ。
喧嘩を売ったのは奴だし、僕達はそれを買っただけだ。そもそも文句を受ける筋合いなど無い。ならばこれは至極単純な話、これ以上僕達が文句を言う必要など無いんだ。
後は、もうグレゴリー自身の問題だろうから。僕達がこれ以上口出しする事もないだろう。
・・・それに、そんな余裕などもう無いだろうしな。
「それよりも、ミトロギア。そろそろ来るぞ」
「ん?何がだ・・・そういう事か」
言って、ミトロギアは獰猛に唸った。その視線は遥か彼方に向いている。
僕とハクアは遥か彼方に目を向けた。其処には、強大な威圧感を放つ存在が居る。遥か彼方、それはまだ小さな点にしか見えないほどに遠い。しかし・・・
それでもその存在感は既に世界を覆い尽くして余りある程だ。この存在を、僕達は知っている。
原罪の蛇、原初の竜、原初の蛇神。エンシェントロードのお出ましだった。




