番外、戦いと修行の日々
神域に入って修行を始めて、一体どれくらい過ぎただろうか?僕は今、ミコトと組手をしていた。
組手と言ってもほぼ決闘に近い。僕もミコトも木剣を手に打ち合っている。・・・組手?
・・・・・・まあ、良いか。別にどうでも良いや。
ミコトは三つの化身に変化して、変幻自在に攻めてくる。戦神としての姿である少年の化身。山の神としての猪の化身。・・・そして、死神としての姿である黒いボロ布を纏った骸骨の化身だ。
現在、ミコトは少年の化身の姿で僕と打ち合っている。ようやく僕も、まともにミコトと戦えるまでに強くなったらしい。その動きに付いてこれるようになった。
僕もミコトも、もはや人間の限界を遥かに超越した動きをしている。
ミコトの少年の化身が持つ権能は神域の剣技を操る、只それだけの力だ。しかし、それでもかなり厄介である事に変わりはない。それはつまり、剣一本で神々の権能に匹敵するという意味だ。
それは即ち、剣技だけで神の権能と認められる力があるという事でもある。
「ははっ、良いぞ‼よくぞ此処まで研鑽し、磨き上げた!!!」
「ああ、そうかよ!!!」
ミコトの称賛に、僕は軽口で返す。軽口を叩きながら、木剣を打ち合う。
しかし、まだだ。まだ足りない。もっとだ、もっともっと強くなりたい。強くならなければ!!!
こんな物じゃない。僕はまだ、もっと強くなりたいんだ!!!
斬って、結んで、払って、薙いで、激しく打ち込んでいく。
もっとだ。もっともっと上へ、高みへ。僕はまだ往ける‼まだ僕はやれる‼更に更に更に・・・。
・・・しかし。限界は無情にも訪れる。
「・・・・・・っ、ごふっ!!!」
唐突に、僕は血を吐いた。訳も解らないまま、僕は膝を着く。
何だ、これは⁉身体が動かない‼
「ふむ、もう限界か・・・」
「・・・何だって?」
僕は意味が理解出来ず、問い返した。しかし、ミコトはそれを無情に告げる。
「限界だよ。お前の身体が、激しい運動に付いていけずに悲鳴を上げているんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
僕は衝撃を受けた。こんな所で、限界に突き当たるなんて。僕自身思いもしなかった。僕の心を絶望感が満ちていくのが理解出来る。
しかし嫌だ、僕は認めない。こんな限界など、僕は断じて認めない。こんな所で終わってたまるか‼
僕は必死に木剣を地面に突き立て、杖代わりにして立ち上がった。まだだ、僕はまだ終わらない。
もはや、意地だけで僕は立っているような物だ。ああ、そうさ。こんな限界など僕は認めない。
「・・・・・・ほう?まだやるのか?」
「・・・・・・・・・・・・当然だ。僕は、まだやれる」
そう言って、僕は木剣を構えた。そうだ、僕はまだやれる。こんな所で終わってたまるか!!!
「・・・ふむ、ならば是非もないな。此処で終わらせる」
「馬鹿を言うな。僕はまだ終わらない。終わってたまるか・・・」
そう言い、僕は木剣を構えて駆け出した。しかし、その瞬間ミコトは猪の化身に姿を変えた。
純白の、巨大な猪。その猪が、天に向かって吼える。
まずい、あの化身は・・・。そう思った直後、僕の視界を白い光が覆った。
猪の化身が持つ、山の神としての権能は天候操作。即ち、局地的な天候を操る権能だ。天気が崩れやすい山の神だからこその権能だとか。
雷に打たれ、僕の意識は刹那と持たずに暗転した。
「安心しろ。手加減はした・・・」
最後に、そんな声が聞こえた。いや、雷落として手加減とか無くねえか?
・・・・・・・・・
更に、僕の修行は続く。今日も僕は、英霊達を相手に木剣を振るう。
英霊の数は何十万も居る。その一人一人が、一騎当千の猛者だ。数も質も申し分ない。
・・・しかし、僕には足りない。
もはや、英霊クラスの猛者でも僕の相手は通じなくなってきた。高位の英霊の大軍勢を相手に、僕は無双をしていく。しかし、それでも僕には足りない。まだまだ物足りない。
僕は、弱い僕を許せない。僕はもっと強くなりたい。だから、もっともっと駆け上がる。
限界など知らない。果てなど認めない。僕はもっと先を目指す。
もっと先へ。もっともっと最果てを越えて先へ。僕は駆け上がってゆく。
まだまだ、僕はこんな物じゃ無い。此処では終わらない。もっとだ、僕はまだ往ける。
英霊が復活する度に斬る。英霊が復活するより速く斬る。更に速く、もっと強く、まだまだ往ける。
最初は何十万も居た英霊の大軍勢。それがやがて十万に、八万に、一万、やがて千人にまで減った。
「まだまだ、もっともっとだ!!!」
僕が吼える。
僕はまだ往ける。まだ先へ往ける。もっと先へ・・・。限界など知った事か!!!
しかし、英霊の数がやがて十人をきった頃・・・。ついに、それは来た。
「・・・・・・ぐっ、がはっ!!!」
僕はまた血を吐き、膝を着きそうになった。しかし、それを根性で食い止め僕は木剣を振るう。
その瞬間、一瞬僕の中で何かが覚醒しかけた。それが何だったのか。今の僕には理解出来ない。
しかし、今はそんな事はどうでも良い。
僕は、残りの英霊を切り伏せ、そのまま意識を手放した。暗転。
・・・・・・・・・
・・・僕が仮眠を取っていた時、不意にミコトが話し掛けてきた。
「いやはや、正直お前の執念を舐めていた」
「・・・あ?」
僕は片目を開け、ミコトを見る。ミコトは楽しげに笑っている。・・・何だよ?
て言うか、その手に持った酒瓶と酒杯は何だ?思わず、僕は呆れた視線を向ける。
しかし、ミコトは意に介さない。楽しげに笑う。
「いやいや、お前の執念は軽く異常だよ。異質と言っても良い」
「・・・・・・何が言いたい?」
「そう睨むな。俺は只、お前に聞いておきたい事があるだけだ」
ミコトはそう言って、手にした酒杯を煽る。こいつ、酒を飲んでやがる・・・。
僕は溜息を一つ吐き、再び目を閉じた。
「・・・・・・で?僕に何が聞きたいんだよ?」
「少年、お前は強くなって何がしたい?お前は強さの先に何を求める?」
「・・・・・・・・・・・・」
僕は黙り込んだ。別に、答えられない訳じゃない。その回答は明白だ。それは、以前にも話した。
・・・僕が強くなりたい理由。それは。
「お前が強くなりたい理由、それは?」
「・・・僕は只、もう何も失いたくないだけだ。もう二度と、失わない為の力が欲しい」
そう、僕はもう失いたくないだけだ。何も失いたくない。二度と、失わせない。
覆水は盆に返らない。故に、失った物は取り戻せない。
だから、もう二度と失わない。失わせない。失ってたまるか。
それが例え妄執と言われようとも、僕はもう二度と失いたくない。だから、その為の強さが欲しい。
「・・・・・・お前は以前、独りでも生きていける力が欲しいと言ったよな?それはつまり、もうそれ以上失う物が何も無いという事では無いのか?」
「それは、違う・・・」
僕は即答した。それは断じて違う。僕が失いたくない物は、そんな物では断じてない。
「僕が二度と失いたくない物。それは、自分自身だよ・・・」
「自分自身?」
「ああ・・・。あんな、自分の世界が壊れるような思いは二度とごめんだ。だからこそ、もう二度と失いたくないんだよ。もう、断じて失ってたまるか・・・」
自分が不甲斐ない為に、弱かったばかりに、自分すら守れない。そんなのはもう、ごめんだ。
だからこそ、僕は強くなる。独りでも生きていける強さを身に付ける。
「その為に、お前は孤独になっても良いと言うのか?」
「ああ」
「それが、例え独りよがりな強さでもか?」
「それでも構わない。僕は強くなりたいんだ」
「・・・・・・・・・・・・そうか。ならば、もう良い」
ミコトは溜息を漏らすと、最後にそう言った。僕は今度こそ、仮眠に入った。
「・・・・・・やれやれ、まさか固有宇宙に覚醒する間際にまでいくとはな」
最後に、そんな言葉が聞こえてきた。しかし、その言葉の意味を僕はついぞ知らなかった。
最後にミコトが口にした、固有宇宙とは一体何なのか?




