4、友達
・・・ハクアはその光景を呆然と見ている事しか出来なかった。ハクアは言われた通り、農村に結界を張り急いで再び洞窟に転移してきたのだ。しかし、その目に映った光景は信じがたい物だった。
全身ボロボロの姿をした二人・・・厳密には一人と一匹が、高らかに笑いながら地面に座り込んで仲良く談笑をしていたのである。これに驚くなという方が無理だ。
「はははっ、ん?おおっ!ハクア、戻ってきていたのか!」
「む?おおっ、結界を張ってきたようだが悪いな。もう終わったよ」
あっけらかんとそう言う一人と一匹。そのあまりに呑気な姿に、流石にハクアもイラっときた。しかしその怒りを渾身の努力で抑え込み、額に青筋を浮かべながらも問う。
「あー・・・えっと?お前達、何してんの?」
「ん?何って僕達は喧嘩を通して友達になったんだけど?」
「うむ、そうだな。俺はシリウス=エルピスの友達だ」
そのあっさりとした返答に、更にハクアの額に青筋が増える。その口元は怒りに引き攣っている。
———いや、そんな事を聞いているんじゃねえんだよ!!!お前等、馬鹿なのか!!?
その表情は、それを如実に物語っている。どうやら、我慢も限界に近いらしい。笑顔が怖いとはまさしくこの事だと無銘とミトロギアは思わず納得した。納得させられた・・・
流石に、少しふざけすぎたかと思った無銘はそっと溜息を吐いた。僅かに反省する。
「いやなに・・・。少しだけ、ミトロギアと二人きりで語り合いたかっただけでな」
「ほう?何を語り合っていたんだ?」
ハクアの口の端がピクリと動く。額の青筋は、既に切れそうだ。それを見て、無銘は流石に此処で冗談は通じないだろうなと他人事のように考える。呑気に考える。
・・・事実、無銘は別段この状況を脅威に感じていない。まあ、ハクアから漏れる怒りの波動に若干冷や汗を流してはいるが。それも、割と無銘にとってはどうでも良い話だ。
「ああ、少しだけ殴り合いながらな・・・」
そうして、無銘は素直に話した。とはいっても、話は簡単だ。主に、竜との単純な殴り合い。
ミトロギアは主に自身の尾を使って殴ってきたが、無銘はそれに対し徒手空拳で殴り掛かった。そしてその殴り合いの中で、お互いに語り合った(殴り合いながら)らしい。即ち、主に肉体言語。
対等な殴り合いの中で、拳で語り合う。
それを聞いたハクアは呆れ果てて深い・・・それはもう深ーーーい溜息を吐いた。
「・・・・・・はぁっ、そうかよ」
———つまり、主に肉体言語じゃねえかっ!この脳筋どもっ‼
ハクアは未だ不満そうにそう溜息を吐き、呆れた顔で静かに頷いた。納得は出来ないが、もはや呆れ果てて物も言えなかったのだ。ハクアは諦めの境地に至った・・・
・・・・・・・・・
・・・ハクアの奴が何だか疲れっ切った顔をしている?
まあ、それ自体は別にどうでも良いのだが。僕は無事にミトロギアと友達になる事に成功した。まあ別に無事という訳ではないが。身体中ボロボロになったし。
ボロボロになったとはいっても、傷自体は大したものではない。この程度の傷、すぐに治る。しかし衣服は別問題だと思う。そう、竜との殴り合いによって僕の衣服は見れた物ではなくなっている。
これ、もはや只の布切れを通り越してぼろきれじゃねえか?もう衣服ですらねえよ。
・・・流石に、これは仕方がないな。そう思い、僕は能力を少しだけ解放した。
自身の固有宇宙からエネルギーを抽出して、質量に変換する。そして、衣服を創造した。
虚無の固有宇宙を応用した物質創造能力。つまり、質量を創造する力を応用して衣服を創造した。
・・・これで、無事に衣服も元通りになった。そう思ってハクアとミトロギアを見ると、二人とも驚いたような顔をしていた。どうやら、僕が物質創造で衣服を創造した事に驚いたらしい。
まさしく、文字通りに目を丸くしている・・・
「・・・ふむ、よもや物質創造まで使いこなすとはな。流石に驚いたぞ」
「・・・・・・いや、もはや何でもありだな」
「はあ・・・そうか?」
僕は曖昧に頷いた。この程度、只の能力の応用だろうに?そう思ったが黙っておいた。
説明が面倒臭いのもそうだが、言ってもよけいに驚かせるだけだろうしな。まあ、説明がかなり面倒臭いというのも確かにあるが。其処はまあ良い。
よけいな事は、言わぬが花だろう・・・
・・・・・・・・・
同時刻、大陸の南東部にて・・・
とある樹海、その奥地にひっそりと鎮座する社がある。其処は封印の社と呼ばれている、かつて原初の竜を封じたとされる禁足地だ。原初の竜、アークエンシェントの王を封印した社。
そもそも、この樹海そのものが封印した原初の竜の影響による物だ。封印されて尚、漏れ出る竜の力が樹海を形成してその規模を拡大している。今や、その規模は小さな島国なら覆い尽くす程だ。
封印されて尚、絶大な自然エネルギー。それ故、この地に近付く者など基本的に存在しない。
それもそうだろう。何故なら原初の竜とは即ち、原初の地母神に他ならないからだ。
かつて、原始宗教が世界中で信仰されていた頃の古き地母神。最も古き蛇神。
神王の台頭に伴い、全ての罪の根源とされて竜とされた者。即ち、原罪の王である。
原初の竜とはつまり、原初の蛇神に他ならない。
・・・しかし、その禁足地に足を踏み入れる者が一人。いや、そもそも人ではない。
その悪魔は樹海の奥地に入り込むと、容易く社の前に到達した。そして、そっと社に手をかざす。
瞬間、爆音と共に封印の社が砕け散り吹き飛んだ。社の中には小さい、赤く明滅する宝珠が。悪魔は静かに嗤うとその宝珠を握り、そして握り潰した。吹き荒れる自然エネルギーの嵐が周囲を満たす。その絶大な威圧感に思わず悪魔も笑みを深める。吹き荒れる自然エネルギーがやがて収束して・・・
カタチを成す———
それは、人間の女性に近い姿をしていた。いや、人間の女性に竜の翼、角、尾を取り付けたら果たしてこんな姿になるだろうか?とりあえず、人間の女性に近い姿だった。美しい女性だった。
「これはこれは、美しい・・・・・・」
思わず、悪魔も見惚れて呟いた。それは、決してお世辞や軽口などではない。その竜はとても美しい女性の姿をしていた。とても美しく、その美の前には世界すらも霞んで見える程だ。
・・・そして、竜はゆっくりとその目を開く。その瞳は、黄金に輝いていた。美しい、星の黄金。
しかし、竜は冷たい表情で悪魔を睥睨した。その視線が、悪魔を射抜く。
「貴様、私を復活させて一体何の用だ・・・?」
その言葉に、悪魔はようやく意識を覚醒させて頭を左右に振るう。片膝を地に、跪く。
うやうやしく頭を下げ、女王に仕える騎士のように丁寧に話した。
「無礼を承知で申し上げます。俺の・・・私の名はΩ、悪魔Ωと申します」
「ふむ・・・してオメガ、貴様の目的は何だ?」
「はい、私の目的は貴女の力を以って神々と大戦争を起こす事です」
「ほう?神々と・・・・・・」
竜の瞳が、ギラリと光った。それは、魔眼。悪魔Ωの心を読むつもりで魔眼を発動したのだ。その結果竜はこの悪魔が何一つ嘘を言っていないと判断した。その心に、嘘を吐いた痕跡が無かった。
そう、この悪魔は嘘を言っていない。本気で神々と戦争を起こすつもりなのだ。
「私は原罪の王たる貴女の力を以って、世界を滅茶苦茶にしたい。そう思っているのです」
それは狂気の発露。何一つ虚飾されていない純粋な狂気だった。
それを見抜いた原初の竜は、静かに頷く。
「・・・よかろう。私も神々には恨みがある。貴様の狂気に乗ってやろう」
その言葉に、悪魔Ωは口元を狂気に歪めた。
原罪の蛇、再び・・・




