2、洞窟の中に潜む者《ドラゴン》
ある日の朝の事・・・僕の力も大分戻ってきた頃。
「アークエンシェント?」
僕は、首を傾げながら問い返した・・・
突然家に押しかけてきた二人の子供が、口々に騒ぎ立てた。どうやら、農村のほど近くにある大きな洞窟にドラゴンが居たらしい。それが、どうもアークエンシェントだったとか。
子供達が酷く興奮している。それもそうだろう。アークエンシェントとは、エンシェントの中でも最上位に位置する最上位竜だ。その力はおろか、蓄えた知恵も比較にならない。
強大な力を持つエンシェントの中でも、更に強大な力と深淵な知恵を持つ種だ。
・・・下手をすれば、神々すらも超越する程の真の最強生物だ。その知恵は、星天すら操る。
そも、エンシェントとは永い年月を生きる事により知恵を蓄え、宇宙の理を操る術を手にした最上位の竜種の事で古竜とも呼ばれる。即ち、世界の法から外れた存在だ。
神々の法を超えて、自らの法に生きる。その点で言えば、固有宇宙と同格と言えるかもしれない。
子供達は、興奮しながら話す。その興奮ときたら、まさしく伝説上の存在を目前にしたようだ。
事実、その通りなのだが・・・
「そうなんだよっ‼洞窟にでっかいドラゴンが居て、自分の事をアークエンシェントだって!!!」
「自分から、そう名乗ったのか?」
「うんっ‼とても強そうだった!!!」
「とても綺麗だった!!!」
そう言って、子供達は口々にそのドラゴンの特徴を言う。黒い鱗に覆われた、光り輝く竜。頭には二本の巨大な角が生えており、黒い鱗に覆われた身体から黄金の燐光が放出されていたという。
その瞳は青く輝き、何処か神々しい雰囲気を漂わせているとか・・・
・・・ドラゴンの特徴を聞いた僕とハクアは、子供達に問う。
「で、何故それを僕達に話したんだ?」
「うんっ、そのドラゴンが村で一番強い者を此処に連れて来いと言ったんだ!」
「二人に会いたいって言ってたよ?」
・・・どうやら、ドラゴンの方から僕達に接触を望んだらしい。僕は、ハクアと視線を交わす。ハクアは静かに頷いた。ふむ、是非もなしか。
「じゃあ、僕達はそのアークエンシェントに会ってくるよ」
「うんっ‼じゃあね!!!」
子供達は、眩いばかりの笑顔で頷いた。どうやら、子供達にとってそのアークエンシェントはかなり夢のような存在らしいな。僕達は思わず苦笑を漏らした。
しかし、まあ事実そうなのだろう。アークエンシェントとは、半ば伝説上の存在なのだ。
そんな存在が、ある日突然目の前に出現した。しかも、話し掛けてきたのだ。
・・・子供にとって、遭遇しただけで自慢話には充分すぎるのだろう。内心興奮するのも、ある種仕方がないのかもしれない。そういう物なのだろう。
僕とハクアは立ち上がり、部屋を出た。部屋の外には、ルカさんが心配そうな顔で立っていた。傍にはドラコさんも居る。まあ、聞き耳を立てている事は気配で感じていたが・・・
「ドラコさん、ルカさん、では行ってきます・・・」
「お、おうっ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
ドラコさんは歯切れの悪い返事を返し、ルカさんは黙り込んでいる。僕とハクアは苦笑し、そのまま家の外に出ようとした・・・その瞬間、ルカさんが勢いよく顔を上げた。
「あのっ、ハクアさん!!!」
「っ、はい」
一瞬、びくっとハクアは肩を震わすとルカさんの方を見た。其処には、少し涙目のルカさんが。しかしその涙に濡れた瞳は、強い視線をハクアに向けている。その瞳に、ハクアは思わず目を見開いた。
しかし、次の瞬間ルカさんは少しだけ柔らかい笑みを浮かべると、しっかりと頭を下げて言った。
「必ず、帰ってきて下さい。待ってますから・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その言葉に、ハクアは一瞬目を丸くする。そして、そのまま何も言わずに家を出ていった。
・・・僕は苦笑を浮かべてそれに付いていった。最後、見えていたハクアの顔は赤かった。
・・・・・・・・・
農村を出て半時間ほど。洞窟が見えてきた・・・
農村の人達が聖域として祀っていた泉のある洞窟。メサイア洞窟という名のその洞窟は、最奥までほぼ一本道で迷う事など滅多に無い。それ故、子供達でも簡単に行き来出来る。
・・・確かに、この洞窟の奥から強大な気配がピリピリと感じられる。どうやら、この洞窟の奥に件のドラゴンが居るようだ。アークエンシェントが。
僕は、静かにハクアに目を向ける・・・
「なあ、ハクア・・・」
「何だ?」
「アークエンシェントの話だが、僕達に何の用があると思う・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
ハクアが考え込むように黙る。しかし、答えは出ないらしい。やがて、静かに首を横に振った。
僕とハクアは黙って洞窟を見る・・・。洞窟は、岩山に自然に出来た横穴となっている。その最奥に聖域である泉が湧いているという。恐らく、その泉にアークエンシェントは居るのだろう。
「・・・・・・まあ、考えても仕方がない。そろそろ行こうか」
「まあ、そうだな・・・。行こう」
そう言い、僕とハクアは洞窟の中へと入っていった。洞窟は緩やかな坂道となっており、真っ直ぐと地下へと続いているようだ。洞窟の壁にはほのかに光る苔が生えており、ぼんやりと奥が見える。
この苔のお陰で、暗い洞窟の中でも視界が確保出来る。薄緑色の光が、洞窟内を照らしている。
洞窟は地下へ地下へとゆっくりと下ってゆく。その途中に、祭壇と共に石碑があった。
———この奥より聖域あり。邪な者は今すぐに立ち去れ。
そう書かれていた。僕はハクアの方を見る。ハクアは、静かに頷き返した。
どうやら準備は万端らしい・・・
前に進む。しばらく行くと、眩く光り輝く空間に辿り着いた。眩く輝く燐光が立ち上る泉、其処にそのドラゴンは存在していた。そう、アークエンシェントだ。
「よく来たな、異邦の者よ・・・」
ドラゴンが低く唸るように語り掛けてきた。どうやら、僕達に用があるのは間違いないらしい。
真っ直ぐと、僕とハクアを見詰めていた。心なしか、笑みを浮かべている気さえする。
「・・・お前が、アークエンシェントだな?」
「そうだ・・・。だが、俺にも俺の名がある。ミトロギアと呼ぶがいい」
「ミトロギア・・・・・・?それが、お前の名か?」
「うむ、そうだ。異邦の者よ」
「・・・・・・僕の名はシリウスだ。シリウス=エルピス」
「僕の名は、ハクアだ・・・・・・」
ミトロギアと名乗ったその竜は、うむと頷いた。心なしか、満足そうに笑っている気がする。
若干、楽しそうな雰囲気を感じる。いや、これは・・・僕の中に何かを視ている?何を?誰を?
「やはり、お前から奴の気配を感じるな・・・。ソリエスは元気か?」
「・・・・・・ミトロギア。お前、竜王ソリエスを知っているのか?」
僕の言葉に、ミトロギアは楽しげに笑った。何処となく懐かしそうだ。何処か、昔を懐かしむようなそんな雰囲気を感じるが。気のせいではないな・・・
「うむ、ソリエスは俺と同時期に産まれたエンシェントでな。お前から奴の気配を感じたのだ」
なるほど?つまり、ソリエスの気配を僕から感じたから興味を持ったという訳か。
竜王ソリエス。ウロボロスの世界にある七つの大陸の一つ、幻想大陸を統べる王。
・・・しかし、どうも用事はそれだけではなさそうだ。何だか好戦的な気配を感じる。どうも僕と戦いたいとそう目が語っている気がする。それも、やはり気のせいではないだろう。
「・・・・・・で?ソリエスの気配を漂わせる僕と戦いたいと?そう言いたいのか?」
「話が早くて助かる。では、早速戦おうぞ!!!」
その瞬間、ミトロギアの顎が大きく開き、眩い閃光が星を砕く熱量をともない僕達を襲った。
その余波は、遥か彼方まで吹き荒れ飛んでいった。それは、まさしく竜王の息吹だった。




