1、竜と人の共生する世界
この世界にきてからもうすぐ、一ヶ月になるだろう。僕とハクアは、農村で家畜を喰らう魔物の退治をしながら過ごしていた。僕達が世話になっている農家の人は、とても人の良い優しい人だった。
・・・時々、少し天然が入っているのではと思う時がある。まあ、それは別に良い。
この世界は、どうやら人と竜種が共生を果たしている世界らしい。この世界において、竜種は然程珍しい物でもないようだ。農家の子供ですら、ワイバーンと戯れていたくらいだ。
王都に行くと、竜騎士隊と呼ばれる騎士団が存在するらしい。それも、飛竜ではなく上位の竜種。
即ち、アークドラゴンに乗り操る騎士だ。その話を聞いて、僕もハクアも大層驚いたものだ。
アークドラゴンとは、竜種の上位種。知性も高く、力も強く、そして何よりも誇り高い。
本来、人にその背を預けるような真似はしない筈の存在だ。それが、騎士団を形成するとは。僕もハクアも開いた口が塞がらなかった。それくらいに驚いた。
この世界においては、ワイバーンくらい乗れないと一人前と認められないようだ。つまり、竜に乗れるか否かが一人前と認められる指標になっているらしい。
世界が違えば、文明も違う。この世界は竜と共に生き、発展してきたのだろう・・・
・・・ちなみに、竜には明確な階級が存在する。最下位から最上位まで約六種は居る。
その竜種の階級とは、以下の通りだ———
下位から数えてレッサードラゴン、ワイバーン、グレータードラゴン、アークドラゴン・・・
そしてその更に上位の竜種として、遥か永い年月を生き知恵を蓄えた竜種のエンシェントが居る。
エンシェントにも、どうやら上位種のアークエンシェントが存在するらしいが。それは割愛する。
一般的に、広く大多数を占めるのはグレータードラゴンまでらしい。上位竜であるアークドラゴンからはごく少数だとそう聞いた。故に、アークドラゴンの大半は王国の騎士団が保護しているとか。
エンシェントにもなると、もはや伝説上の存在となるらしい。その存在を目にする機会など、それこそこの世界でも皆無に近いようだ。まあ、それは良い。
あのウロボロスの世界でも、エンシェントなどたった一匹しか居なかった。アークエンシェントの竜王ソリエスである。それ故に、彼は竜王と呼ばれていた。
閑話休題・・・
僕とハクアは現在、世話になっている家で朝食をとっていた。搾りたての牛乳と、チーズ、そして燻製された肉はとても美味かった。思わず、黙々と食べる。
その姿を見て、この家の主であるドラコさんは快活に笑っていた。髭のたくましい、豪快な男だ。
「はははっ、何時も美味そうに食ってくれて何よりだ‼アンタ達が居てくれて本当に助かるよ‼」
「こちらこそ、何時も世話になって助かっています。こんな事しか手伝えないですみません」
「ははっ、良いってことよ!!!」
ドラコさんはそう言って、再び快活に笑う。その隣では、ドラコさんの娘であるルカさんがハクアの方を見ながら楽しそうに笑みを浮かべている。ルカさんは、ハクアに好意を抱いているのである。
・・・当然、ハクアはルカさんの気持ちに気付いている。しかし、当人はそれを表に出さず黙々と朝食を食べ続けている。それは何故か?そんな事、解りきっている・・・
ハクアは、昔自らの手で殺した恋人を忘れられないのだ。その後悔が、圧し掛かっている。
自分が幸せになる事に、恐れを抱いているのだろう。そんな、不安が見てとれた。
恐らく、自分でも解ってはいるだろう。もう、昔の事だと。それでも、忘れられないのだろう。
「ハクアさん、何時もありがとうございますね」
「い、いや・・・。別に良いんだ」
ハクアはそう言い、顔を背けた。そんな彼の姿を見て、ドラコさんは楽しそうに笑う。
「はははっ、ルカは本当にハクアさんの事が好きみたいだなあ‼いっそ、二人結婚すればどうだ?」
「いえ・・・、それは・・・・・・」
ハクアは苦笑を浮かべ、丁重に断る。しかし、それでもドラコさんに諦めた様子はない。当のルカさんも嬉しそうに笑みを浮かべている。ハクアは思わずたじろぐ・・・
よく見ると、ルカさんの頬はほんのりと赤く染まっていた。
・・・うん、結構良いカップルになると思うんだけど。そこはやはり仕方のない事か。
すると、ハクアは話題を逸らすべく僕の方に話題を振ってきた。露骨な急転換だ。
「そ、それはともかくっ‼お前の力はどれくらい戻ってきたんだ?」
その露骨な話題の転換に、僕は思わず苦笑した。こんなハクアも珍しいだろう。少し面白い。
或いは、これがハクアの素なのかもしれない・・・
「まあ、一応かなり力は戻ってきたな。元の世界に帰るだけなら、もうすぐだと思うが・・・」
「え⁉帰ってしまうのですか!!?」
「・・・いや、それは・・・まあ」
悲しそうな顔をするルカさんに、ハクアは言葉に詰まる。僕もドラコさんも苦笑した。ハクアはルカさんに詰め寄られてたじたじだ。ルカさんの方は、涙目だ。
うん、やはりこいつだけ此処に残った方が良いのでは?そう、僕は思った。そんな僕に、少しうらめしげにハクアが睨み付けた。少しも怖くなかった。
・・・・・・・・・
僕とハクアは、離れにある一室を借りている。少し古びた木造の小屋だ。
現在、ハクアはドラコさんと近くの町に納品に向かっている。規模の大きな町だ。帰ってくるまで少しだけ時間が掛かるだろう。僕は、部屋の中央で休息中だ。
サボっている訳ではない。これも、力を取り戻すのに必要だからだ。いわゆる、瞑想だ。
気を集中させ、意識を内側に向ける。精神の内側に、深く心の奥底に目を向ける・・・
・・・と、その時。こんっこんっと戸を叩く軽い音が聞こえてきた。今、この家に居るのは僕を除いてルカさんだけだろう。事実、気配もルカさんの物だ。
「どうぞ・・・」
「えっと、少しお聞きしたい事があるのですが・・・・・・」
ルカさんは、少し緊張した様子でそう言ってきた。その様子に、僕はある程度察した。
「・・・ハクアの事ですか?」
「・・・・・・はい、それもあります」
「?」
それも?一体どういう事だ?思わず、僕は首を傾げた。
しかし、どうやらルカさんにとって重要な話らしい。僕は姿勢を正した。少なくとも、ハクアではなく僕に聞くような内容の話なのだろう。ルカさんからぴりぴりと緊張した雰囲気を感じた。
何か、何時ものルカさんとは違う雰囲気を感じる?
ルカさんは、意を決したように呼吸を整えて言う。
「実は、私は前世の記憶を持っているんです・・・」
「・・・・・・・・・・・・はい?」
前世の・・・記憶・・・・・・?つまり、転生者という事か?
「私、前世はミヅキという名前でした・・・」
「ミヅキ?それって・・・・・・」
「はい、ハクアさんの恋人・・・でした・・・・・・」
少し照れたように、ルカさんは答えた。つまり、ハクアの恋人であるミヅキの転生者が今此処に居るルカさんという事だろうか?つまり・・・
・・・・・・ああ、なるほど。そういう事ね。
僕は、少しだけ話の内容が見えてきた気がした。
「つまり、どうハクアと接すれば良いのか解らないとか。そういう事でしょうか?」
「・・・・・・はい、そうですね」
・・・ふむ。僕は、少しだけ考える素振りをする。
ハクアは昔、恋人であるミヅキと自分の家族を殺している。それに、深い後悔の念を抱いている。
つまり、そんなハクアにどう接すれば良いのか解らないという事か?
「この事は、ハクアは?」
「知らない・・・と思います・・・・・・」
つまり、ハクアにはまだ言っていないらしい。確かに、知っていたらもっとハクアも対応を変えていただろうと思うだろうしな。しかし・・・
僕は考える。どうも、作為的な何かを感じる・・・
僕の転生の事もそうだけど・・・。こうも都合良く、ハクアの恋人の転生者がハクア本人と再会したりする物なのだろうか?それは、果たしてどれくらいの確率での奇跡だろう?
僕は、神王デウスの意図によって転生を果たした。しかし、ルカさんは?本当に、これは偶然か?
何か、釈然としないものを感じる。何かが引っ掛かる。
・・・まあ、今はそれは良い。
「とりあえず、ルカさんからハクア本人に直接伝えるべきだと思う。少なくとも、今のハクアなら大丈夫だとそう思いますけど?」
「・・・・・・はい、そうですね。ありがとうございますっ」
そう言うと、少しだけ緊張が取れたのかルカさんは笑みを浮かべた。
その笑みは、とても自然な笑みだった・・・




