番外、信じて待つ者
戦争は終結した。戦争が残した世界に対する傷跡は計り知れない。戦争によって命を落とした者の数は決して少なくないだろう。しかし、それでも人々は大切な人達や世界を守れた事に歓喜し涙した。
その日、世界中で宴が行われた。その宴は連日連夜行われ、人々は亡くなった多くの命を偲び、守れた多くの命に歓喜した。この宴に参加した人達の心にあった想いはただ一つ。
———この戦争で亡くなった人達が死後の世界で、或いは来世で幸せを享受出来ますように。
そう、皆が願っていた。祈っていた。皆の想いは、同じだった。きっと、同じだと信じていた。
だからこそ、この戦争で亡くなった人達の為にも、生きている人達は生きている事に感謝する。感謝しそして飲み食いし楽しく騒ぐのだ。きっと、この宴の騒ぎが遠い死後の世界にも届くと信じて。
・・・そんな中、一人寂しそうに果実酒を飲む少女が居た。リーナ=レイニーだ。
リーナ=レイニーの心の中には、ただ一つの想いだけがあった。無銘の事だ。
無銘、シリウス=エルピス。彼は結局帰ってくる事はなかった。神域の世界は既に木端微塵に破壊され跡形もなく失われていた。其処に、無銘の姿はなかった。
恐らく、神域の世界が破壊される程の戦闘があったのだろう。そして、神域が破壊されてそのまま次元の狭間に二人揃って放り込まれたのだろう。そう、神王が告げた。
通常の世界よりも遥かに高い世界強度を持つ、神域の世界。それが跡形もなく破壊されていた。その事が神域での戦いの激しさを物語っているだろう。もはや、神話の光景を超える超常だった。
次元の狭間に放り込まれて、彼らが生きている保障はない。もう、既に諦めている者も居る程だ。
リーナとて、心配だ。心配でない筈がないのだ。
しかし・・・
「・・・・・・あの、リーナ・・・お姉ちゃん・・・・・・?」
「・・・・・・?」
振り返ると、其処には無銘の家族三人が揃っていた。ミィとマーヤー、そしてハワードの三人だ。
恐らく、家族の悲報を聞いて飛び出してきたのだろう。その表情には、深い悲しみがある。ミィなんか今にも泣きそうだ。他の二人も、とても辛そうな顔をしている。
・・・ミィはリーナの傍に近寄ると、泣きそうな顔で問い掛けた。
「・・・・・・あの、お兄ちゃんは?お兄ちゃんは何処に居るの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
その顔は、言外に此処に来れば兄に会えると言っている。兄が、簡単に死ぬとは思えないと。そんな事は断じて信じられないと。そう告げている。
そんな顔に、リーナは顔を合わせる事が出来ずに背けてしまう。ミィの表情がくしゃりと歪む。
マーヤーが泣き崩れ、それをハワードが支える。しかし、それでも・・・
リーナはこれだけは言った。
「・・・私は、信じています」
「・・・・・・?」
何を言っているのか?そんな顔をして三人はリーナを見る。しかし、リーナは今度こそ真っ直ぐ三人を見据えて伝える。自分の、正直な気持ちを・・・
「私は、信じています・・・。ムメイが、シリウス=エルピスが生きているという事を・・・」
「「「っ!!?」」」
その言葉に、衝撃を受けたように全員が目を見開く。そう、リーナは信じていた。愚直に、呆れる程純粋に信じていたのだ。彼が、無銘が決して死なない事を。生きているという事を・・・
中には、もう諦めたほうが良いとリーナに諭す者も居た。もう、忘れてしまった方が幸せかもしれないとそう告げる人もいた。それは、きっと親切心から来る言葉だろう。優しさからくる言葉だ。
しかし、リーナはそれでも信じていた。彼は生きている、彼は死なないと。そう信じている。
だから・・・
「きっと、ムメイは帰ってきます。帰るべき場所に、此処に帰ってきます・・・」
「それは・・・、それは、巫女としての直感かな・・・・・・?」
「いいえ、私の確信している事です・・・」
そう、真っ直ぐに告げた。確信していると。帰ってくると、そう信じて待っていると告げた。
だから・・・信じて待っていると。リーナは真っ直ぐな瞳でそう告げた。それは、欠片も曇りがない愚直で純粋で真っ直ぐな瞳だった。そう、信じていたから。
・・・それを聞いて、思わずハワードとマーヤーは苦笑を浮かべた。自分よりも遥かに年下の少女ですらこうして信じて待っているのだ。それなのに、自分達はこの体たらくだ。思わず、自らを恥じた。
そんな中、ミィは・・・
「・・・あ、あの」
「なあに、ミィちゃん?」
ミィは、少しもじもじしたように俯く。何か、言いよどむように。
それでも、ミィは真っ直ぐとリーナを見て言った。
「あの、私・・・リーナさんをお姉ちゃんと呼んでも良いでしょうか?」
「っ!!?」
その言葉の意味を、リーナは即座に察する事が出来た。ミィは、リーナの事を義姉と認めたのだ。
リーナを家族と、認めてくれたのだ。
思わず、嬉しくてリーナの瞳が潤んだ。しかし、それを寸での所で堪える。そして、有りっ丈の笑顔を浮かべてそれに答えた。その顔は、恐らくは酷くぎこちない物になっていただろうけど。
「うん、もちろんっ!!!」
そう言って、リーナはミィをそっと抱き締めた。リーナとミィの距離が少しだけ近付いた瞬間だ。
・・・・・・・・・
宴も進み、皆が寝静まった頃・・・リーナは一人月を眺めながら果実酒を飲んでいた。
そろそろ酔いが回ってきたのか、少しだけ頭がぼんやりとしてきた。心地良い感覚に身を置き、そのまま眠りに入ろうか。そう考えた時、ふと近付いてくる足音が聞こえた。
視線を向けると、其処には神王デウスの姿があった。何故、此処に神王が居るのか?彼は、今頃は神大陸に居る筈では無いのか?そう考えたが、リーナはその考えを改めた。
神王デウスは全知全能。神々を統べる王だ。神大陸から人大陸まで一瞬で転移するなど、それこそ造作もない事なのだろう。それこそ、神大陸に居ながら遠く離れた場所に並列存在する事も可能だ。
しかし、それでもリーナは問うた。恐らく、問わずにはいられなかっただろうから。
「何故、貴方が此処に?神王陛下・・・」
「何、少しだけ・・・お前の様子を見に来ただけだ。リーナ=レイニー」
私の?と、少しだけリーナは小首を傾げる。意味が伝わらなかったらしい。
それに対し、神王は頷くだけだった。リーナは更に小首を傾げる。
「私に、一体何の用ですか・・・?」
「無理はするな。それは、お前が一番よく知っている事だろう?」
「・・・・・・・・・・・・」
リーナは黙り込んだ。それは、意味が解らなかったからではない。意味を理解したからこそ、口をつぐみ黙り込んだのだ。顔を俯かせ、視線を落とす。
それは、神王の神託だ。神王が告げる、神の告げる言葉だ。
神王は静かに溜息を吐く。その瞳は、夜の闇の中でも皓々と輝いている。全てを見通す全知の瞳。
「お前が一番よく知っている筈の事を、俺はあえて言わない・・・。それは、お前自身がよく考えてやるべき事なのだろうよ」
「・・・・・・・・・・・・はい」
神王は伝える事を言うと、そのまま空間に溶けるように消えていった。その場には、リーナだけが一人ぽつりと残される。視線を、手元の果実酒に落とす・・・
考える。確かに、これはリーナが一番よく知っていた筈の事だ。何故なら、他でもないリーナ自身の気持ちの問題なのだから。解らない筈がないだろう。
「・・・・・・ムメイ」
ぽつりと、言葉を漏らす・・・。胸の奥に、想いが溢れてくる。寂しいという想いが、溢れる。
解っている。リーナは寂しいのだ。無銘に、シリウス=エルピスに会いたいのだ。
リーナとて、一人の少女だ。寂しくない筈がない。悲しくない筈がないのだ。
それでも・・・
それでも、尚・・・・・・
信じている。きっと、彼は帰ってくると信じている。だから・・・
「待ってるよ、ムメイ・・・」
リーナはそう、静かに呟いた。待っていると。只、信じて待っていると。
月は、只皓々と輝いていた。綺麗な満月だった。




