表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無銘の世界~personaluniverse~  作者: ネツアッハ=ソフ
少年編
15/168

番外、恋する少女

 東方の神山にて、無銘の少年が修行を始めたその頃・・・。ある貴族の屋敷では。


 リーナは自室で夜空を見ながら想いを()せていた。リーナが想っているのは当然無銘の少年の事だ。


「・・・・・・・・・・・・」


 リーナは自身の胸の前で両手を組み、(いの)るように星空を見上げていた。いや、実際に彼女は星空に祈りを捧げていたのだ。少年を想って、祈りを捧げていた。


 あの少年は東方の神山へと向かったという。その神山は死者の国に通じる禁足地。それも、戦士達の霊が集まる聖域でもある。


 あの神山に足を踏み入れて無事だった者は過去、一度も存在しない。そう、一度もだ・・・。


 そうなった以上、生きて帰れる可能性はほぼ皆無(かいむ)だ。もはや生存は絶望的だろう。


 リーナの胸が、締め付けられるように痛む。痛い、胸が痛い。


「ムメイ・・・。どうか、無事帰ってきて・・・」


 必死に祈りを捧げる。その姿はとても健気(けなげ)で、思わず涙を誘う。


 リーナの脳裏に、初めて彼と会った瞬間の記憶が蘇る。彼の事を想うと、胸がきゅんっと締め付けられるような感覚に襲われるのだ。


 山賊を相手にたった一人で果敢に立ち向かった姿。傷を負っても、それでも自分を守ってくれた。


 リーナの為に、少年はあそこまで傷を負いながら山賊に立ち向かったのだ。


 知らない少女の為に、初対面の筈なのに・・・。彼は立ち向かったのだ。


 リーナは決して鈍感(どんかん)では無い。この気持ちが、きっと恋なのだろう。


 リーナは想う。あの時、何故自分は彼を行かせたのか?何故、彼を(おとり)に自分だけ逃げたのか?


 何故、何故、何故・・・。それだけが、頭の中をぐるぐると廻る。ずっと、廻り続ける。


 それが、悔しくて堪らない。それだけが、リーナの心残りなのだ。


「・・・・・・っ」


 ぎゅっとリーナは唇を嚙む。その事を思うと、胸が裂けそうな程に苦しくなる。リーナは今、罪悪感で圧し潰されそうになっているのだ。リーナの頬を涙が(つた)う。


 と、その瞬間・・・。


 こんっこんっ。ドアをノックする音が響く。


「リーナ、まだ起きているか?」


「え?あ、はいっ‼」


 父親の声。リーナは慌てて涙を(ぬぐ)う。


 直後、部屋に父が入ってきた。父は娘の顔を見た瞬間、表情を(くも)らせた。


 この時、リーナは(ひど)い顔をしていた。かなり、酷い顔をしていた。


「リーナ、また少年の事を考えていたのか?」


「・・・・・・・・・・・・はい」


 リーナも表情を曇らせる。此処まで来たら、父親も理解出来る。娘が恋をしている事を。


 父親とて馬鹿者では無い。娘の幸せの為なら、恋の応援だってする。


 娘の初恋、応援してやらねば親として失格だろう。そう、本気で思っている。


 しかし、相手の少年が禁足地の神山に踏み入ったのだ。そうなった以上、もはや生死不明だろう。


 もう、二度と会えない可能性が高いのだ。故に、無念に思う。何故、神山に入るその前にその少年を止められなかったのかと。何故、もっと早くその事実を察知出来なかったのかと。


 止めていれば、こんな事にはならなかった筈なのに・・・。悔やんでも悔やみきれない。


「そんなに、あの少年の事が好きか?」


「・・・・・・っ、はい」


 リーナは悲しげに目を伏せ、答える。その返答に父親は表情を暗くする。


 やはり・・・。娘の返答に、父親は沈鬱(ちんうつ)な表情で唇を嚙む。


「リーナ、お前はその少年をどうして好きになったんだ?」


「・・・・・・それは」


 リーナは考える。どうして、リーナは初対面の筈の少年を好きになったのか?


 リーナにとって、少年とは初めて会っただけの。それこそ言ってみれば全くの他人に近い筈。


 解っている。その少年はリーナを助けてくれた。自分の命も(かえり)みず、それこそ傷を負ってでも。


 しかし、恋をしたのは本当にそれだけか?それだけが、理由か?


 ・・・・・・ああ、なるほど。そういう事か。リーナはようやく理解した。


「私は、きっとムメイの心の中の優しさを理解したんだと思います・・・。ムメイが捨て切れなかった心根の優しさを理解したんだと、そう思います」


「・・・それは、巫女(みこ)としての直感か?」


「はい」


 それを聞いて、父親は渋面(じゅうめん)を浮かべる。


 リーナは巫女の資質を持っている。その副産物として、直感に優れるのだ。


「リーナ、神託(しんたく)はもう聞こえないか?せめて、その少年の生死の事だけでも・・・」


「ごめんなさい。祈ってはいるのですが、あれ以来神託が降りないのです・・・」


「・・・・・・そうか」


 それ以上、父親は何も言えなかった。ついに二人とも黙り込んでしまう。


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


 黙り込む二人。自然と空気も暗くなる。気分が重苦しい。


 ・・・やがて、リーナがぽつりと話し始めた。


「お父様・・・、あの子・・・ムメイの事なのですが・・・」


「・・・・・・ああ」


 父親は真剣な顔で頷く。リーナは悲しげな表情で、話を続ける。


「とても(さみ)しい顔をしていたんです。・・・とても孤独な、それでいて誰も信じる事が出来ない。そんな顔をしていたんです・・・とても、孤独な顔を」


「・・・・・・・・・・・・」


 父親は思わず、悲痛な顔をした。それだけで、その少年の心の闇の深さを垣間見た気がした。


 父親は知っている。その少年の母の、マーヤーの人柄を。彼女の許で育ったなら、何故そんな人格が形成されるというのか?まるで理解出来ない。


 彼女の許で育ったなら、虐待(ぎゃくたい)や育児放棄など絶対にありえない。そんな事をする人では断じてない。


 なら、他に理由があるとしたら・・・。先天的な何かか、或いは別の何かしらの要素があって。


「お父様、私はどうすれば良かったのでしょうか?私はあの子に何がしてやれたのでしょうか?」


「・・・・・・・・・・・・」


 父親は黙り込む。娘にどう声を掛けてやるべきか、判断に迷う。


 リーナは表情を更に暗くする。


「私はムメイに何もしてやれないのでしょうか?私が出来る事など、何も無いのでしょうか?」


「いや、そんな事はないさ・・・」


 父親は優しく微笑んで、リーナの頭を()でた。大丈夫、そう父親は優しい声で言った。


「リーナがその少年に対して真摯(しんし)に、そして献身的に接してやればきっと心を開いてくれる筈だ」


「・・・・・・本当、ですか?」


「ああ、本当だとも。きっと彼もその心を開いてくれる筈だ。・・・その為には、リーナも根気強く接してやる必要がある」


 解るな?と父親はリーナに微笑み掛けた。その笑みは、何処までも優しい笑みだった。


 思わず、リーナも笑みを浮かべた。


「はい、お父様・・・。もしムメイと再会したら私、絶対にムメイの(そば)を離れません!!!」


「・・・うん、その意気だ‼」


 父と娘は互いに笑い合った。どうやら、空気が多少和んだらしい。


          ・・・・・・・・・


 リーナはその日、夢を見た。自分と無銘の少年が結ばれる未来(みらい)を。


 多くの人に祝福される。リーナとムメイは互いに笑みを浮かべ合う。とても幸せで、満たされている。


 とても幸せな日々。そう、リーナはとても幸せだった。


 しかし、それなのにムメイは何処か(つら)そうだ。


 彼は優しい笑みを浮かべながらも、それでも何処か辛そうにしている。何処か、無理に笑みを浮かべている気がするのだ。


 何故?何故、そんなに辛そうなのか?どうして彼は、そんなに満たされないのか?


 解らない。リーナにはとても理解出来なかった。


 こんなに幸せなのに。こんなに満たされているのに。それなのに、リーナにはそれだけが心残りだ。


 自分では、ムメイを幸せに出来ないのか?自分では、ムメイの心を救えないのか?


 何故?どうして?・・・一体どうすれば良かったのか?リーナは彼にどうしてやれたのか?


 闇は、未だ深い・・・。


 もう、何も解らない。リーナの夢は、其処で暗転(あんてん)した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ