エピローグ
次元の狭間・・・其処を漂うように僕とハクアは居た。
「んっ、んぅっ・・・・・・」
「目を覚ましたか?ハクア・・・」
ハクアが、薄っすらとその目を開く。その瞳は何処かぼんやりとしていて、以前までのどす黒い悪意は一切感じられない。何処か、憑き物が落ちたようだ。
周囲を確認すると、ハクアは状況を把握したらしく苦笑を浮かべた。その顔は、何処か自嘲を含んだ笑みのように感じられた。それでいて、何処か寂しそうな笑みだった。
まるで、迷子の子供のように見えたのは恐らく気のせいではないだろう。
「此処は・・・そうか、僕は負けたんだな」
「ああ、そうだな・・・・・・」
敗北した。そう、ハクアは敗北したのだ。それを悟ったハクアは、静かに俯く。
言葉が続かない。沈黙が支配する・・・
僕も、何を言った物かが全く解らない。果たして、一体こんな時はどうすれば良いのだろうか?それが全く解らないのだ。沈黙が痛い・・・
しかし、何か言わなければ。そう思い、口を開きかける。そんな時・・・
「ふむ、何とも辛気臭いのお・・・・・・」
「っ!!?」
「・・・!!?」
突然聞こえた声に、僕とハクアは愕然とする。果たして、何時から其処に居たのか?いや、或いは最初から其処に居たのかもしれない。何故なら、その男は途方もなく巨大だったからだ。
まるで、超超高層ビルのような。いや、その例えすらも相応しくない。まるで、世界のようだ。
その身一つで世界を体現するかのように、巨大な巨人だった。
途方もなく巨大な、そして筋肉質な戦士が其処に居た。それは、まさしく神話の巨人だった。僕とハクアの前には一体の巨人が居た。とても筋肉質で、自らの尾を喰らう蛇を背に負う巨人だった。
背後の蛇が、まるで後光のように光り輝いている。その姿は、あまりにも神々しかった。
思わず、僕とハクアは絶句した。
「貴方は、一体・・・・・・?」
「わしの名はウロボロス。世界巨人、ウロボロスよ・・・」
「「っっ!!?」」
世界巨人ウロボロス・・・。その名は知っている。世界の素となったはじまりの巨人だ。
その巨人が、何故こんな場所に?疑問が湧いてくる。
「何故、世界巨人がこんな場所に?」
「まあ、巨人とは言ってもわしは霊体じゃからのう・・・。今はこう、引退した身じゃし?」
そう言って、ウロボロスはカカと笑う。何とも食えない性格をした巨人だった。しかし、実に愉しそうに笑う巨人だと僕は感じた。そう、実に愉しそうだ。
思わず、僕達は毒気を抜かれた気分だった。まあ、良い。
「・・・で?何でその引退した巨人が次元の狭間を漂っているんだ?」
「ふむ、わしは一度死んだ身じゃし?此処でこうしてあらゆる世界を眺めているのじゃよ」
・・・引退後の無聊の慰めじゃな。そう、ウロボロスは答えた。
どうやら、それは本当の事らしい。ウロボロスはカカッと笑った。笑って、その目を愉快そうに細めるとハクアを見て静かに告げた。
「しかし、ふむ・・・お主はどうやらヤミを取り込みおったな?」
「っ!!?」
びくっとハクアは怯えたように震える。目を伏せ、怒られた子供のように硬直した。
しかし、ウロボロスはそれでも愉快そうに笑うだけだった。愉快そうに、そして孫を見る祖父のような目でハクアを見ていた。それは、何処までも優しい瞳だった。
「良い良い、其処まで気にするでないわ。誰にだって失敗や間違いはあるからの・・・」
「っ、けど・・・」
「そんな気持ちで、お主の恋人は一体どうすれば良いのか?」
「っ、え・・・・・・?」
驚き、ハクアは思わず顔を上げた。其処には・・・
其処には、一人の少女が居た。長い黒髪に黒い瞳、笑顔が可愛い少女だった。その少女を見て、ハクアは思わず泣きそうな顔になった。泣きそうになって、それでも必死に涙を堪えた。
恐らく、彼女がハクアの恋人だろう。僕は、ふとそんな気がした。
何故なら、彼女はハクアを見て笑っていたから。嬉しそうに笑っていたから。
その笑顔が、まるで恋人と再会出来て喜んでいるように見えたから・・・
「ハクア・・・・・・」
「御月・・・。ごめん、僕・・・・・・」
泣きそうな顔で、ハクアは恋人の御月に謝る。それはさながら、自分のやった事を後になって後悔する子供のようでもある。しかし、御月は嬉しそうに笑うだけだ。
笑って、ハクアをそっと抱き締める。
「大丈夫・・・大丈夫だよ、ハクア・・・・・・」
「でも、僕は御月を・・・家族を・・・」
御月はそれでも笑顔で首を横に振る。まるで、罪悪感に圧し潰されそうな彼を諭すかのように。まるでそんな彼の事をそれでも愛していると言うかのように・・・
「大丈夫、それでも私は・・・私達はハクアの事を愛しているから・・・・・・」
「っ、御月っ!!!」
御月の姿が、徐々に薄くなって消えてゆく。まるで、心残りが消えてゆくかのようだ。
心残りが消えてゆき、そのまま成仏していくかのようだ。事実、その表情はとても晴れやかで、とても嬉しそうな笑顔だった。晴れやかな笑顔だった。
そんな笑顔のまま、御月はゆっくりと溶けてゆくかのように消えていった。
———何時までも、ハクアの事を見守っているよ。
そんな、言葉を残して消えていった。その言葉は、ハクアの心に深く染み渡ったようで・・・
「・・・僕こそ、御月の事を愛してるよ」
そう言って、ハクアは静かに笑った。それは、不格好ながら晴れやかな笑みだった。
・・・・・・・・・
「もう、良いか?」
「ああ、ありがとうよ。ウロボロス」
「カカッ良いって事よ」
ウロボロスは快活に笑う。実に愉しそうだ。久しぶりに、人間と話せて楽しかったのだろう。その表情は嬉しそうでもある。心底からの笑顔だった。
そして、どうやらウロボロスは僕達を何処か近くの世界に転移させてくれるようだ。ウロボロスの世界に転移させる事は、距離の問題で不可能だった。しかし、この近くの何処かの世界は可能らしい。
其処で、僕とハクアはしばらくその世界で滞在する事に決めた。僕の力が戻り、ウロボロスの世界に戻る事が出来るまでの、少しばかりの寄り道だ。
・・・そして、僕とハクアを眩い光が包み込んだ。
「じゃあな、ウロボロス。元気でな」
「おうっ、久方ぶりに楽しかったぞ?」
そう言って、ウロボロスは笑った。僕とハクアも、笑った。そして、景色が一変した・・・




