9、次元の狭間
其処は、天と地が曖昧な未知の空間だった。僕の知らない世界だ。
世界が砕け、僕と蛇は謎の空間に飛び出した。果たして、其処は一体何処なのか?解らない、しかしそれでも何か途方もなく広大で巨大な力の渦を感じる。その力の奔流に、僕は目を大きく見開く。
「っ、此処は!!?」
「此処は次元の狭間。世界と世界の間に存在する深淵・・・」
次元の狭間。そう、蛇は言った。此処は次元の狭間、世界の境界とも呼ばれる深淵。世界と世界の間にたゆたう余剰次元であり、カラビ=ヤウ多様体とも呼ばれる場所。即ち、世界の深淵に他ならない。
要するに、世界と世界の狭間に存在する超高次元空間という事だろう。
・・・しかし、恐らくは次元の狭間=世界の真の外という訳ではないだろう。僕はそう直感した。
次元の狭間は数多とある多次元並行宇宙の境界にわだかまる深淵だ。しかし、それが即ち世界の真の外というかは答えはNOだろう。次元の狭間≠世界の真の外という事だろうか?
少なくとも、僕の瞳にはそう映った。何故、そう視えたのかはよく解らないけど・・・
いや、本当は既に解っている。僕の母は古の魔女の血筋だ。そして、その特徴として僕とミィは青い瞳を受け継いでいる。その青い瞳こそ、原初の魔眼だ。
恐らく、僕の場合は固有宇宙に覚醒した事で原初の魔眼にも目覚めたのだろう。原初の魔眼、それは文字通り全ての魔眼のオリジナルに相当する。即ち、最高位の魔眼だ。
しかし、少なくとも・・・
「今は、考えている暇などないか」
「ふはっ、面白い・・・」
僕は、ブロードソードを構えて蛇を睨み付けた。蛇は、心底愉快そうに嗤う。
原罪の蛇・・・少なくともこいつを倒さねば、僕は帰る事など出来ないだろう。僕は、こいつを打ち倒さねばならない。それだけは、理解出来る。
ならば、後は簡単な話だ・・・
「お前を、討つ!!!」
吼える。刹那、僕は蛇の背後に回り込みその首に向けてブロードソードを振るった。しかし、その必断の威力を秘めた斬撃は振り返った蛇のひと睨みで弾かれた。瞬間、致命的な隙を晒す事となる。
蛇が獰猛な笑みを浮かべながら、その手刀を構えて引き絞る。避けられない、防ぐ事など不可能。
どうする?どうも出来ない。何時の間にか、僕の身体が硬直していた。金縛りだ。
・・・身体が、縛られる。
「かはっ、死ぬが良い!!!」
「っ、ごふっ・・・」
瞬間、貫かれる身体。僕の身体全体に激痛が奔る。視界が鮮血に染まり、世界が赤に染まる。身体から力が抜けてゆき、そのまま腕がだらんと垂れ下がる。死が、その身体を支配してゆく。
その刹那・・・その身体が光の粒子を放出して解けた。
「む?」
「おおおおおおおおおあああああああああああああああっっ!!!!!!」
その直後、刹那の瞬間に蛇の背後の空間から僕は飛び出した。今、死んだのは僕の偽物。云わば概念創造能力を利用した疑似体である。そのまま、蛇の意識が疑似体に向いている間、本体が奴を・・・
しかし、僕の振るった刃は何かに阻まれたかのように虚空で止まった。蛇の瞳が、僕の方を向いて見開かれているのが見えた。僕は舌打ちをする。魔眼だ。
次の瞬間、僕の身体が何か大きな力で弾き飛ばされた。恐らく、反発力を発生させたのだろう。
「っち‼まだまだあっ!!!」
僕は次元の狭間、空間を足場に踏み締めて一気に距離を詰め・・・
・・・ようとした瞬間、僕の手に持ったブロードソードの刃が砕け散った。まるで、巨大な力により握り潰されたかのようにだ。思わず、僕は愕然と目を見開いた。
蛇は、相変わらず嗤っている。醜悪な、悪意的な笑みだ。恐ろしいまでに、醜悪な笑みだ。
・・・直後、僕の身体に黒い二匹の蛇が絡みつく。まるで、十字架に掛けられたかのように僕の身体が一切動かなくなる。黒い蛇が、僕の首筋に嚙み付いている。蛇の毒だ。
どす黒い悪意が、僕の意識をむしばんでゆく。醜悪な悪意が、蛇の毒が僕を縛り付ける。
意識が朦朧とする。身動き一つ、取れない。しかし、それでも視線だけで不屈を訴える。だが、それで一体何が出来るのだろうか?蛇が、原罪の蛇が邪悪に嗤う。その手刀が、引き絞られる。
その直後、僕の身体に鈍い衝撃と共に胸に激痛が奔った・・・
・・・・・・・・・
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・?
此処は何処だ?
気付けば、僕は深い暗闇の中に居た。いや、此処は・・・無か?絶えず、量子エネルギーがゆらぎ続けているのが理解出来る。要は、原初宇宙が産まれる場なのだろう。
絶えずゆらぎ続ける、原初の虚無。虚無の宇宙。という事は此処は僕の固有宇宙、虚数宇宙か?しかし一体どうして僕が此処に居る?いや、此処は一種の精神世界のようなものか?
しかし、いや、だが、うぬぬぬぬっ・・・・・・
僕は思考を奔らせる。本当は、考えている暇など無いのかもしれないが。それでも、僕は思考を奔らせ続けるのを止めない。そんな時・・・
《そう、此処はお前の固有宇宙。虚無だ》
「っ!!?」
愕然とする。
唐突に声が聞こえてきた。それ自体にも驚いたが、僕はこの声に聞きおぼえがあった。
・・・この声は。
「星の聖剣・・・虚空・・・・・・」
《・・・そうだ。久しぶりだな、マスター》
その声を聞き、僕は僅かに安堵を覚える。星の聖剣、虚空。母から譲り受けた短剣。確か、ハクアの手により壊された筈だったのだが?しかし、何故此処に?
「確か、虚空はハクアの手によって壊された筈では?」
《確かに、私はあの者によって一度は壊された。しかし、壊されたのはカタチだけだ。私は、星の聖剣は永久不滅にして不朽の聖剣である。故に、決して朽ちず滅びない》
「・・・・・・・・・・・・」
その言葉に、僕は思わず絶句した。即ち、星の聖剣はカタチだけ壊されようと滅びないらしい。
それに、と星の聖剣は続ける・・・
《それに、私はあの時はまだ封印状態だった。故、封印さえ解けていれば壊される事も無かった筈》
封印状態でなければ、もっと状況は変わった筈だと星の聖剣は語る。或いは、勝利する事も不可能では無い筈なのだと。そう告げた。
それは、つまり・・・即ち・・・・・・
「それは、つまり・・・。封印さえ解ければあの蛇に勝てるという事か?」
《・・・約束しよう》
星の聖剣は、そう宣言するように告げた。それは、まさに希望の湧く話だった。
僕は、星の聖剣に問う。
「じゃあ、その封印を解く方法とは?どうすれば良いんだ?」
《簡単な事だ。私に触れて、封印を解く事を承諾すれば良い。そうすれば、私が自ら封印を解く》
そう言った瞬間、僕の目前に短剣が出現した。星の聖剣だ。僕は、一切迷う事なく短剣に手を伸ばしてその封印を解く事を承諾した。その瞬間、短剣から眩いばかりの極光が放たれた。
その極光は、虚無の宇宙を満たしていき。やがて・・・
・・・・・・・・・
次元の狭間、その空間に原罪の蛇と無銘の二人が居た。蛇の鋭い爪、手刀は無銘の胸を貫き、胸骨を砕いて心臓を貫通していた。明らかに致命傷だ。
蛇は嗤う。無銘を嘲笑う。何処までも邪悪に、醜悪に、悪意的に。
「なんだ、所詮はこんなものか?」
しかし、次の瞬間。無銘の腕が上がり、蛇の腕を握り締めた。その力はかなり強く、僅かに蛇は眉間に皺を寄せたくらいだ。その手の力は、更に強くなる。
蛇は、僅かに舌打ちをした。そして、無銘から腕を引き抜き距離を取る。無論、二匹の黒い蛇を回収する事を決して忘れない。黒い蛇が、ハクアだった彼の身体に絡みつく。
「・・・・・・・・・・・・っ」
「・・・よもや、これ程の深手を負いながらまだ生きているとはな?」
蛇は嗤う。しかし、無銘は笑わない。静かに、真っ直ぐと蛇を睨む。既に、身体に傷は一切無い。
その手には、一振りの太刀が握り締められている。柄頭に青い宝石が嵌められ、刀身には黄金に輝く七つの星印が刻まれている。そのカタチは、明らかに日本刀。封印が解かれた星の聖剣だ。
・・・さあ、反撃の開始だ。




