4、王子と騎士団長、悪魔
オーフィス王子、クルト=ネロ=オーフィス。現在、その目前にはかつてない強大な敵が居た。
悪魔Ω。純血の悪魔にして、最強の悪魔。自らの快楽の為、世界すらも巻き込み翻弄する度し難いまでの快楽主義者である。まさしく、絵に描いたような悪魔と言えるだろう。
その表情は心底愉しそうに笑みを浮かべており、その手には黒い十字剣が握られている。その黒い十字剣には神に対する冒涜の文言が書かれていた。恐らく、魔剣の類だろう。
悪魔Ω。快楽主義の悪魔は心底愉しそうに笑いながら話し掛けてくる。嘲笑しながら語り掛ける。
「よう、また会ったな。少年」
「・・・・・・・・・・・・」
クルト王子はその悪魔を黙って睨み付ける。そして、静かに長剣を構える。正眼に構えたその剣はとても美しく一言で言えば、隙が無い。しかし、それ故に悪魔は嗤う。嘲笑う。
———なんだ、この程度か。
そう、悪魔は静かに嘲笑を向ける。この程度、悪魔にとってはどうという事もない。そう、たかが隙のない構えを見せられたところで、この悪魔からすれば児戯にしか見えないだろう。
悪魔が口元を三日月に裂いて嗤った。その瞬間。悪魔の身体がブレた。
「ふっ!!!」
「っ、ガッ!!?」
全ての守りをすり抜け、悪魔Ωの剣が王子を斬り付けた。特殊な異能ではない。純粋な剣技だ。
純粋に悪魔の剣技が速く、巧みなだけだ。その事実に、クルト王子は愕然と目を見開いた。
そして、其処からはやはり一方的だった。一方的な暴力だった。
「ふははははははははははははっ!!!!!!」
「ぐっ、がああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
悪魔が動く度、王子は切り裂かれて血が舞う。それはあまりに一方的で圧倒的な攻撃だった。最後には王子は自分の血だまりに崩れ落ちた。その姿は、あまりにも痛ましい。
———やはり、俺はこいつに勝てないのか?
———俺は、こいつに届かないのか?
そう思い、絶望に沈み掛けた。その瞬間・・・
「クルト殿下っ!!!」
クルト王子の耳に、一人の女性の声が聞こえた。その声に、王子はぴくりと反応する。
満身創痍のクルト王子に駆け寄る者が一人。ビビアン騎士団長だ。白銀の鎧に身を纏ったビビアンがクルト王子に駆け寄り抱き寄せる。その顔は、悲痛に歪んでいる。悲痛に歪み、今にも泣きそうだ。
悪魔Ωはそんな二人の様子を愉しそうに嗤って見ている。
「ビビアン・・・逃げ、ろ・・・・・・」
「嫌です、逃げませんっ‼」
ビビアンは首を横に振る。その表情は一種の覚悟を固めたような顔をしている。即ち、一生をかけて王子と生涯を共にする覚悟だ。絶対に離れないし放さない。そう、言外に口にしている。
しかし、王子はそれでも騎士団長に逃げるよう必死に説得する。
この悪魔は圧倒的だ。ビビアン騎士団長では勝てないだろう。
「頼む・・・逃げて、くれ・・・・・・」
「絶対に嫌です‼私は、私も共に戦います!!!」
「頼む、ビビア———っ!!?」
その瞬間、ビビアン騎士団長はクルト王子にそっと口付けした。王子は思わず目を大きく見開く。
だが、ビビアンはそれでも王子を放そうとしない。熱烈に、求めるようにキスをする。
そして———やがてビビアンはそっと離れるとクルト王子を真っ直ぐ見詰めた。その瞳は真剣そのもので決して王子から離れないという意思の現れでもある。要するに、一種の覚悟だろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「殿下、私を見くびらないでください。私は貴方の事を愛しているんです」
「・・・・・・ビビアン」
「私は殿下の傍から離れたくないのです。だから、どうか傍に置いてください」
その言葉に、クルト王子の胸の奥が熱くなった。この感覚は一体何なのか?この胸の奥から湧いてくる感情は一体何なのだろうか?それは、きっと・・・
クルト王子とビビアン騎士団長はじっと見詰め合う。真剣な表情で見詰め合う。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
やがて・・・
「・・・ふふっ」
「・・・くくっ」
どちらからともなく、さも愉快そうに笑った。そしてクルト王子が伸ばした手をビビアンが取る。
立ち上がり、前を見ると其処には愉快そうに笑いながら此方を見る悪魔Ωの姿があった。その姿はさも獲物を前にして今か今かと待つ獣のようだ。実に狂っている。
「終わったか?」
「何故、待っていた?お前に待つ理由は無いだろうに」
「知れた事・・・」
そう言い、更に愉快そうに悪魔は嗤う。その笑みは、実に悪魔的だ。狂的で悪意に満ちている。
「お前達をそのまま放っておけば、何れ俺に嚙み付ける程に強くなるかもしれないだろう?」
「・・・何だと?」
意味が解らない。そう言うようにクルト王子が眉をひそめる。しかし、さもそんな事はどうでも良いかのように悪魔は嗤った。嗤って、告げた。
嘲笑を浮かべながら、悪魔は告げた。
「解らないか?お前達が強くなる可能性があるというのに、その芽を摘み取るなんて面白くない」
「っ、実に度し難い・・・」
王子は思わず、眉をしかめた。それは理解出来なかったからではない。理解したからこそ、その価値観の相違に理解を拒んだのだ。要は、理解したくなかったのだ。
ビビアンはよく解っていないかのようにクルト王子を見る。その瞳は、不安そうだ。
「殿下、一体どういう事ですか?」
「つまりだ、あいつは自分の快楽の為なら自分が敗北しても構わないという事だ・・・」
「っ⁉」
ビビアン騎士団長は愕然と目を見開く。そして、理解出来ないモノを前に恐怖を覚える。
つまりはそういう事だ・・・
悪魔Ωの本質は何処までいっても快楽主義だ。自身の快楽を満たす為なら、例え自身が敗北して死のうがそれも良しと出来るだろう。故に、度し難い。
自身の死すらも厭わず世界そのものを混乱に陥れる。それが悪魔Ωの本質であり、彼が最悪と言われるその所以であろう。そして、だからこそ彼は最強の悪魔なのだ。
「そんなの狂ってる・・・・・・」
「何を今更・・・」
Ωはくつくつと嗤う。そんな事、それこそ今更の話だ。全て今更の話だ。だからこそ、そんな事は言われずとも全て理解している。そう、全て理解している事だ。
だからこそ、Ωは嗤う。嘲るように嗤う。
「ああ、ハクアは全ての契約を守った。俺は今、実に愉しいっ!!!!!!」
「「っ!!?」」
両腕を広げ、声高々に叫ぶΩ。その表情はこれ以上なく愉悦と快楽に満ちている。
そして、その狂気を宿した瞳が二人を向く。
「来るが良いっ‼敵は此処に居る、俺は此処に居るぞ!!!」
「っ、おおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああっっ!!!!!!」
咆哮が響いた。それは、クルト王子の咆哮だ。
クルト王子が一息に距離を詰め、Ωに斬り掛かる。しかし、それを彼の悪魔は呼吸をするように軽く受け流し逆に斬り掛かった。姿勢が崩れ、避ける事が出来ない。
あわや斬られると思ったその瞬間、悪魔と王子の間に割って入る人影があった。ビビアンだ。
鋭い金属音が響く。刃と刃がせめぎ合う。ビビアンが悪魔の魔剣を受け止めたのだ。
「殿下っ、今です!!!」
「っ、あああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!」
クルト王子の剣が、その手に持った刃が、悪魔の胸を貫いた。ついに、その身体に刃が届いた。
やった。そう思い、クルト王子もビビアン騎士団長も思わず笑みを浮かべる。
・・・しかし。
「・・・・・・この程度で、俺を滅ぼせると思ったか?」
「っ!!?」
「・・・・・・っ、なぁ!!?」
驚愕。悪魔は胸を貫かれて尚、それでも嗤っていた。それでも悪魔は滅びなかった。
「さあ、来いっ!!!まだまだ戦争は始まったばかりだ!!!」
そう言い、悪魔は嗤った。その哄笑が、何処までも響いていった。




